『話をしよう』
「今日は逃がさねぇからな。」
ゴードがロウの肩へ腕を回した。
「五年だぞ、五年。何があったか全部聞かせてもらうからな。空の大陸で何してたのか、何食ってたのか、どんな奴と会ったのか、それから昨日の骸の主ってやつも本当にお前が倒したのか。今日一日じゃ足りなくても知らねぇぞ。」
「全部って……本当に長くなるよ?」
「当たり前だろ。五年分を一時間で終わらせようとすんな。」
「それならゴードたちの話も聞かせてよ。僕だけ五年分話すのは不公平だろ?」
「もちろん。」
マユリカが涙の跡を拭いながら笑った。
「私たちにだって五年分あるんだから。ロウがいなくなってから、三人ともいろいろあったんだよ。ずっと昔のままだと思ったら大間違いだからね?」
「そうなの?」
「なんだその反応!」
ゴードがロウの首へ回した腕に力を入れる。
「俺なんて今じゃ冒険者だぞ! しかもこの前ようやく――」
「待て。」
ラッツォが遮った。
「こんな屋敷の玄関先で五年分の報告会を始めるつもりか? 少なくとも座れる場所へ移動してからにしろ。」
「それもそうだな。」
「相変わらずだね、みんな。」
「お前にだけは言われたくねぇ。」
「なんで?」
「五年ぶりに帰ってきた翌日に平然としてる奴が言うな!」
「平然とはしてないよ。」
「してる!」
四人の声が重なる。
ロウは笑った。
本当に。
何も変わっていない。
◇◇◇
しばらくして。
四人は王都の一角にある小さな食堂へ入った。
昔から何度も来たことのある店だった。
「……ここ、まだあったんだ。」
「当たり前でしょ。」
マユリカが椅子へ座りながら笑う。
「私たち、今でも時々来るんだから。」
「三人で?」
「ああ。」
ラッツォが答える。
「お前がいなくなってからもな。」
「…………。」
ロウの表情が少しだけ止まる。
ゴードが慌てて口を挟んだ。
「変な顔すんなって! 別に毎回お前の話してたわけじゃねぇぞ! 普通に飯食って、仕事の話して、それぞれ帰るだけだ。」
「ゴード。」
「なんだよ。」
「余計なこと言わなくていい。」
「なんでだよ!?」
マユリカが呆れたようにため息をついた。
「ロウの話、毎回してたじゃない。」
「おい!」
「『あいつ今頃どうしてんのかな』とか、『生きてたら絶対俺より強くなってる』とか、『帰ってきたら一発殴る』とか。ほとんどゴードが言ってたけど。」
「マユリカァ!」
「…………。」
ロウは俯いた。
「……ありがとう。」
「だからそういうのやめろって!」
ゴードの顔が赤くなる。
「今日は湿っぽいの禁止! さっき散々泣いただろ! ここからは五年間で誰が一番強くなったかの話だ!」
「そんな話だった?」
「今決めた!」
ラッツォがため息をつく。
「なら、まず俺たちから話した方がいいだろう。ロウは五年間、地上にいなかった。今の王都のことも知らないだろうからな。」
「うん。聞きたい。」
ゴードが待ってましたとばかりに胸を張った。
「じゃあ俺からだな。」
「どうぞ。」
「驚くなよ?」
「うん。」
「マジで驚くなよ?」
「早く言え。」
ラッツォに睨まれ、ゴードが咳払いする。
「俺は今、冒険者やってる。」
「へえ!」
「しかも――C級だ!」
ドン、と胸を叩く。
「十五歳でC級って、結構すごいんだぞ。魔獣討伐もやってるし、護衛依頼も受けてる。この前なんかLv42の岩牙熊を三人で倒したんだからな!」
「Lv42……。」
「お?」
ゴードがニヤリとする。
「驚いたか?」
「うん。」
「だろ!?」
「三人で一緒に戦ってるんだ。」
「そっち!?」
マユリカが吹き出した。
「ロウ、そこじゃないでしょ!」
「だって三人とも冒険者になったの?」
「ああ。」
ラッツォが答える。
「同じパーティーだ。ゴードが前衛、俺が中衛、マユリカが後衛。昔からの腐れ縁が、そのままパーティーになったようなものだ。」
「すごいな……。」
ロウは本当に嬉しそうだった。
「じゃあ、みんな強くなったんだ。」
「当然!」
ゴードが身を乗り出す。
「俺なんて今Lv57だぞ!」
「私はLv53。」
「俺はLv61だ。」
「ラッツォが一番高いんだ。」
「今のところはな。」
「くそっ! あと四つなんだよ! すぐ抜くからな!」
「その台詞、半年ほど聞いている。」
「うるせぇ!」
ロウは三人を見ながら笑っていた。
五年前。
同じ場所にいた三人が。
自分の知らないところで、それぞれ歩いていた。
戦って。
失敗して。
強くなって。
ちゃんと五年を生きていた。
「……なんか、嬉しいな。」
「何が?」
「みんながこうして一緒にいること。」
三人が少しだけ黙る。
マユリカが微笑んだ。
「一人、足りなかったけどね。」
「…………。」
「でも。」
マユリカはロウを見る。
「今日からは四人。」
ロウも笑った。
「うん。」
その時。
ゴードがテーブルを叩いた。
「よし!」
「急に何?」
「俺たちの話は後でもできる!」
「お前が始めたんだろ。」
「今度はロウだ!」
ゴードが身を乗り出した。
「空の大陸。」
三人の表情が変わる。
「ずっと聞きたかった。」
ゴードの声から、少しだけふざけた調子が消えた。
「お前、向こうでどうしてたんだ?」
「…………。」
ロウは少し考えた。
「どうしてたって言われても……。」
「最初からでいい。」
ラッツォが言う。
「十歳で空へ送られて、その後どうなったのか。話せる範囲で構わない。」
「そうだね……。」
ロウは遠い記憶を辿る。
「最初は、本当に何も分からなかった。」
三人が黙って聞く。
「空から落とされて、気がついたら知らない場所にいて。周りには見たこともない魔物しかいなくて、何を食べていいのかも分からなかった。」
「……十歳で?」
「うん。」
マユリカの表情が曇る。
「怖く……なかったの?」
「怖かったよ。」
ロウは即答した。
「最初は毎日怖かった。というより、生きるだけで精一杯だった。」
そして。
少しだけ笑う。
「でも、いろんな人に会った。」
「人がいるのか?」
「いるよ。僕みたいに地上から送られた人もいるし、空で生きている人もいる。ナルドさんにも会ったし、他にもたくさん。」
「ナルドって、昨日王都に現れたっていう……?」
「うん。僕の師匠。」
「…………。」
三人が顔を見合わせる。
「お前、空で師匠まで作ってたのかよ。」
「作ったっていうか……最初は殺されるかと思ったけど。」
「待て待て待て。」
ゴードが手を上げる。
「今さらっと怖いこと言ったぞ。」
「そう?」
「そうだよ!」
マユリカまで身を乗り出す。
「ロウ、その辺ちゃんと話して。絶対いろいろ飛ばしてるでしょ?」
「全部話したら本当に一日じゃ終わらないよ?」
「だから一日使うって言っただろ!」
「じゃあ……どこから話そうかな。」
ロウが考え込む。
その時。
ゴードがふと尋ねた。
「そういや。」
「うん?」
「昨日の噂、本当なのか?」
「どれ?」
「骸の主。」
店の空気が。
少しだけ変わった。
「お前が倒したって聞いた。」
「ああ。」
ロウは何でもないことのように頷く。
「倒したよ。」
「…………。」
三人が固まる。
「本当に?」
「うん。」
「骸の主だぞ?」
「そうらしいね。」
「そうらしいねって……。」
ゴードが額へ手を当てる。
「お前、あれがどれだけヤバい魔獣か分かってんのか?」
「昨日ザルヒさんたちにも同じこと言われた。」
「だろうな!」
ラッツォがロウをじっと見る。
「ロウ。」
「なに?」
「一つ聞いていいか。」
「いいよ。」
「今のレベルは?」
「レベル?」
「ああ。」
ゴードも食いつく。
「それ俺も気になってた! 骸の主を一人で倒したんだろ? さすがに俺たちより上だろうけど……どのくらいなんだ?」
「…………。」
ロウは少し考える。
「最後に見た時は――」
三人が身を乗り出す。
「8916。」
「…………。」
ゴードが止まった。
ラッツォが止まった。
マユリカも止まった。
「…………。」
誰も喋らない。
ロウが首を傾げる。
「どうしたの?」
「…………。」
ゴードがゆっくりと口を開いた。
「……悪い。」
「うん?」
「もう一回言ってくれ。」
「8916。」
「…………。」
ゴードはラッツォを見る。
「聞こえた?」
「ああ。」
「俺、57。」
「知っている。」
「お前61。」
「ああ。」
「マユリカ53。」
「そうね。」
「…………。」
三人は。
もう一度ロウを見る。
「8916。」
「うん。」
「…………。」
ゴードが椅子から立ち上がった。
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「えぇ!?」
「何したら五年でそうなるんだよ!! 俺たちの五年間返せぇぇぇぇぇぇ!!」
「いや、返せって言われても!」
「八千ってなんだよ! 千すら見たことねぇよ!」
「落ち着けゴード!」
「お前は落ち着いてられんのか!?」
「無理に決まっているだろう!! 俺だって頭がおかしくなりそうだ!!」
「ラッツォも!?」
マユリカだけが。
声を出さずにロウを見つめていた。
「……ロウ。」
「なに?」
「本当に……8916なの?」
「うん。」
「五年前は?」
「えっと……。」
ロウは記憶を辿る。
「空へ送られた最初の日は――」
そこまで言って。
ふと。
ロウは思い出した。
昨日。
骸の主を倒した直後。
頭の中へ響いた、あの声を。
────────────────
【固有スキル】
【『骸』】
【獲得しました】
────────────────
「…………。」
ロウの表情が変わる。
「ロウ?」
「そういえば……。」
「どうした?」
ロウは自分の手を見る。
「昨日、新しいスキルを手に入れたんだった。」
「……新しいスキル?」
三人の視線が集まる。
「ああ。」
ロウは何気なく呟いた。
「【骸】っていうんだけど。」
その瞬間。
ロウの視界へ。
今まで一度も表示されたことのない文字が浮かび上がった。
────────────────
【固有スキル『骸』】
【発動条件を満たしました】
────────────────
「…………え?」
ロウの笑顔が消えた。
続けて。
新たな文字が現れる。
────────────────
【第一骸――】
【再現を開始します】
────────────────
「……再現?」
ロウが呟いた。
直後。
食堂の床から。
――黒い骨が突き出した。




