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空の大陸の落ちこぼれ  作者: 滝本りお


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43/57

『話をしよう』

「今日は逃がさねぇからな。」


 ゴードがロウの肩へ腕を回した。


「五年だぞ、五年。何があったか全部聞かせてもらうからな。空の大陸で何してたのか、何食ってたのか、どんな奴と会ったのか、それから昨日の骸の主ってやつも本当にお前が倒したのか。今日一日じゃ足りなくても知らねぇぞ。」


「全部って……本当に長くなるよ?」


「当たり前だろ。五年分を一時間で終わらせようとすんな。」


「それならゴードたちの話も聞かせてよ。僕だけ五年分話すのは不公平だろ?」


「もちろん。」


 マユリカが涙の跡を拭いながら笑った。


「私たちにだって五年分あるんだから。ロウがいなくなってから、三人ともいろいろあったんだよ。ずっと昔のままだと思ったら大間違いだからね?」


「そうなの?」


「なんだその反応!」


 ゴードがロウの首へ回した腕に力を入れる。


「俺なんて今じゃ冒険者だぞ! しかもこの前ようやく――」


「待て。」


 ラッツォが遮った。


「こんな屋敷の玄関先で五年分の報告会を始めるつもりか? 少なくとも座れる場所へ移動してからにしろ。」


「それもそうだな。」


「相変わらずだね、みんな。」


「お前にだけは言われたくねぇ。」


「なんで?」


「五年ぶりに帰ってきた翌日に平然としてる奴が言うな!」


「平然とはしてないよ。」


「してる!」


 四人の声が重なる。


 ロウは笑った。


 本当に。


 何も変わっていない。


◇◇◇


 しばらくして。


 四人は王都の一角にある小さな食堂へ入った。


 昔から何度も来たことのある店だった。


「……ここ、まだあったんだ。」


「当たり前でしょ。」


 マユリカが椅子へ座りながら笑う。


「私たち、今でも時々来るんだから。」


「三人で?」


「ああ。」


 ラッツォが答える。


「お前がいなくなってからもな。」


「…………。」


 ロウの表情が少しだけ止まる。


 ゴードが慌てて口を挟んだ。


「変な顔すんなって! 別に毎回お前の話してたわけじゃねぇぞ! 普通に飯食って、仕事の話して、それぞれ帰るだけだ。」


「ゴード。」


「なんだよ。」


「余計なこと言わなくていい。」


「なんでだよ!?」


 マユリカが呆れたようにため息をついた。


「ロウの話、毎回してたじゃない。」


「おい!」


「『あいつ今頃どうしてんのかな』とか、『生きてたら絶対俺より強くなってる』とか、『帰ってきたら一発殴る』とか。ほとんどゴードが言ってたけど。」


「マユリカァ!」


「…………。」


 ロウは俯いた。


「……ありがとう。」


「だからそういうのやめろって!」


 ゴードの顔が赤くなる。


「今日は湿っぽいの禁止! さっき散々泣いただろ! ここからは五年間で誰が一番強くなったかの話だ!」


「そんな話だった?」


「今決めた!」


 ラッツォがため息をつく。


「なら、まず俺たちから話した方がいいだろう。ロウは五年間、地上にいなかった。今の王都のことも知らないだろうからな。」


「うん。聞きたい。」


 ゴードが待ってましたとばかりに胸を張った。


「じゃあ俺からだな。」


「どうぞ。」


「驚くなよ?」


「うん。」


「マジで驚くなよ?」


「早く言え。」


 ラッツォに睨まれ、ゴードが咳払いする。


「俺は今、冒険者やってる。」


「へえ!」


「しかも――C級だ!」


 ドン、と胸を叩く。


「十五歳でC級って、結構すごいんだぞ。魔獣討伐もやってるし、護衛依頼も受けてる。この前なんかLv42の岩牙熊を三人で倒したんだからな!」


「Lv42……。」


「お?」


 ゴードがニヤリとする。


「驚いたか?」


「うん。」


「だろ!?」


「三人で一緒に戦ってるんだ。」


「そっち!?」


 マユリカが吹き出した。


「ロウ、そこじゃないでしょ!」


「だって三人とも冒険者になったの?」


「ああ。」


 ラッツォが答える。


「同じパーティーだ。ゴードが前衛、俺が中衛、マユリカが後衛。昔からの腐れ縁が、そのままパーティーになったようなものだ。」


「すごいな……。」


 ロウは本当に嬉しそうだった。


「じゃあ、みんな強くなったんだ。」


「当然!」


 ゴードが身を乗り出す。


「俺なんて今Lv57だぞ!」


「私はLv53。」


「俺はLv61だ。」


「ラッツォが一番高いんだ。」


「今のところはな。」


「くそっ! あと四つなんだよ! すぐ抜くからな!」


「その台詞、半年ほど聞いている。」


「うるせぇ!」


 ロウは三人を見ながら笑っていた。


 五年前。


 同じ場所にいた三人が。


 自分の知らないところで、それぞれ歩いていた。


 戦って。


 失敗して。


 強くなって。


 ちゃんと五年を生きていた。


「……なんか、嬉しいな。」


「何が?」


「みんながこうして一緒にいること。」


 三人が少しだけ黙る。


 マユリカが微笑んだ。


「一人、足りなかったけどね。」


「…………。」


「でも。」


 マユリカはロウを見る。


「今日からは四人。」


 ロウも笑った。


「うん。」


 その時。


 ゴードがテーブルを叩いた。


「よし!」


「急に何?」


「俺たちの話は後でもできる!」


「お前が始めたんだろ。」


「今度はロウだ!」


 ゴードが身を乗り出した。


「空の大陸。」


 三人の表情が変わる。


「ずっと聞きたかった。」


 ゴードの声から、少しだけふざけた調子が消えた。


「お前、向こうでどうしてたんだ?」


「…………。」


 ロウは少し考えた。


「どうしてたって言われても……。」


「最初からでいい。」


 ラッツォが言う。


「十歳で空へ送られて、その後どうなったのか。話せる範囲で構わない。」


「そうだね……。」


 ロウは遠い記憶を辿る。


「最初は、本当に何も分からなかった。」


 三人が黙って聞く。


「空から落とされて、気がついたら知らない場所にいて。周りには見たこともない魔物しかいなくて、何を食べていいのかも分からなかった。」


「……十歳で?」


「うん。」


 マユリカの表情が曇る。


「怖く……なかったの?」


「怖かったよ。」


 ロウは即答した。


「最初は毎日怖かった。というより、生きるだけで精一杯だった。」


 そして。


 少しだけ笑う。


「でも、いろんな人に会った。」


「人がいるのか?」


「いるよ。僕みたいに地上から送られた人もいるし、空で生きている人もいる。ナルドさんにも会ったし、他にもたくさん。」


「ナルドって、昨日王都に現れたっていう……?」


「うん。僕の師匠。」


「…………。」


 三人が顔を見合わせる。


「お前、空で師匠まで作ってたのかよ。」


「作ったっていうか……最初は殺されるかと思ったけど。」


「待て待て待て。」


 ゴードが手を上げる。


「今さらっと怖いこと言ったぞ。」


「そう?」


「そうだよ!」


 マユリカまで身を乗り出す。


「ロウ、その辺ちゃんと話して。絶対いろいろ飛ばしてるでしょ?」


「全部話したら本当に一日じゃ終わらないよ?」


「だから一日使うって言っただろ!」


「じゃあ……どこから話そうかな。」


 ロウが考え込む。


 その時。


 ゴードがふと尋ねた。


「そういや。」


「うん?」


「昨日の噂、本当なのか?」


「どれ?」


「骸の主。」


 店の空気が。


 少しだけ変わった。


「お前が倒したって聞いた。」


「ああ。」


 ロウは何でもないことのように頷く。


「倒したよ。」


「…………。」


 三人が固まる。


「本当に?」


「うん。」


「骸の主だぞ?」


「そうらしいね。」


「そうらしいねって……。」


 ゴードが額へ手を当てる。


「お前、あれがどれだけヤバい魔獣か分かってんのか?」


「昨日ザルヒさんたちにも同じこと言われた。」


「だろうな!」


 ラッツォがロウをじっと見る。


「ロウ。」


「なに?」


「一つ聞いていいか。」


「いいよ。」


「今のレベルは?」


「レベル?」


「ああ。」


 ゴードも食いつく。


「それ俺も気になってた! 骸の主を一人で倒したんだろ? さすがに俺たちより上だろうけど……どのくらいなんだ?」


「…………。」


 ロウは少し考える。


「最後に見た時は――」


 三人が身を乗り出す。


「8916。」


「…………。」


 ゴードが止まった。


 ラッツォが止まった。


 マユリカも止まった。


「…………。」


 誰も喋らない。


 ロウが首を傾げる。


「どうしたの?」


「…………。」


 ゴードがゆっくりと口を開いた。


「……悪い。」


「うん?」


「もう一回言ってくれ。」


「8916。」


「…………。」


 ゴードはラッツォを見る。


「聞こえた?」


「ああ。」


「俺、57。」


「知っている。」


「お前61。」


「ああ。」


「マユリカ53。」


「そうね。」


「…………。」


 三人は。


 もう一度ロウを見る。


「8916。」


「うん。」


「…………。」


 ゴードが椅子から立ち上がった。


「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


「えぇ!?」


「何したら五年でそうなるんだよ!! 俺たちの五年間返せぇぇぇぇぇぇ!!」


「いや、返せって言われても!」


「八千ってなんだよ! 千すら見たことねぇよ!」


「落ち着けゴード!」


「お前は落ち着いてられんのか!?」


「無理に決まっているだろう!! 俺だって頭がおかしくなりそうだ!!」


「ラッツォも!?」


 マユリカだけが。


 声を出さずにロウを見つめていた。


「……ロウ。」


「なに?」


「本当に……8916なの?」


「うん。」


「五年前は?」


「えっと……。」


 ロウは記憶を辿る。


「空へ送られた最初の日は――」


 そこまで言って。


 ふと。


 ロウは思い出した。


 昨日。


 骸の主を倒した直後。


 頭の中へ響いた、あの声を。


 ────────────────


 【固有スキル】


 【『骸』】


 【獲得しました】


 ────────────────


「…………。」


 ロウの表情が変わる。


「ロウ?」


「そういえば……。」


「どうした?」


 ロウは自分の手を見る。


「昨日、新しいスキルを手に入れたんだった。」


「……新しいスキル?」


 三人の視線が集まる。


「ああ。」


 ロウは何気なく呟いた。


「【骸】っていうんだけど。」


 その瞬間。


 ロウの視界へ。


 今まで一度も表示されたことのない文字が浮かび上がった。


 ────────────────


 【固有スキル『骸』】


 【発動条件を満たしました】


 ────────────────


「…………え?」


 ロウの笑顔が消えた。


 続けて。


 新たな文字が現れる。


 ────────────────


 【第一骸――】


 【再現を開始します】


 ────────────────


「……再現?」


 ロウが呟いた。


 直後。


 食堂の床から。


 ――黒い骨が突き出した。

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