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空の大陸の落ちこぼれ  作者: 滝本りお


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『あの日の四人へ』

ロウは階段を駆け下りる。


 玄関へ向かう。


 扉へ手を伸ばす。


 そして――


 勢いよく開いた。


 その先には。


 五年間。


 ロウの帰りを待ち続けた三人がいた。


「…………。」


 誰も。


 すぐには動かなかった。


 ゴードも。


 ラッツォも。


 マユリカも。


 ただ目の前に立つロウを見つめている。


 五年前より背が伸びて。


 顔つきも変わって。


 それでも。


 間違えるはずがない。


 ロウも、何を言えばいいのか分からなかった。


 だから。


 五年前と同じように笑って。


「……久しぶり。」


 そう言った。


 次の瞬間。


 ゴードの顔がぐしゃりと歪んだ。


「……っ、この……。」


 拳を強く握りしめる。


「この、馬鹿野郎がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 そして。


 ゴードがロウへ向かって、全力で走り出した。


「え、ちょ――」


 ドンッ!!


「ぐえっ!」


 殴られる。


 一瞬、そう思った。


 だが違った。


 ゴードはそのままロウの身体へ飛び込み、両腕で力いっぱい抱きしめていた。


「……ば、馬鹿野郎……っ!」


「ゴード……。」


「何が久しぶりだよ……! 何が……五年ぶりだよ……!」


 ゴードの声が震える。


「死んだと思ってたんだぞ……! もう二度と会えないって……ずっと……ずっと……!」


 ロウの服を掴む手に、さらに力が入る。


「勝手にいなくなりやがって……! 勝手に帰ってきやがって……! なんなんだよ、お前……!」


「……ごめん。」


「謝んな!!」


「えっ。」


「謝ったら……ほんとにいなくなってたみたいだろ……!」


「…………。」


 ロウは言葉を失った。


 ゴードは顔を上げない。


 ただ、子供みたいに泣いていた。


 五年前。


 いつも誰よりも大声で笑って。


 くだらないことで張り合って。


 喧嘩しても次の日には忘れていたゴードが。


 今は。


 ロウの胸元へ顔を押しつけたまま、声を殺すことすらできずに泣いている。


「……ゴード。」


 ロウはゆっくりと、その背中へ腕を回した。


「ただいま。」


「……っ。」


「ちゃんと帰ってきた。」


「……遅ぇんだよ……。」


「うん。」


「五年も遅ぇよ……!」


「……うん。」


 少し離れた場所で。


 マユリカは両手で口元を押さえていた。


「…………。」


 涙が。


 次から次へと溢れている。


 ロウがその姿に気づく。


「マユリカ。」


「……呼ばないで。」


「え?」


「今、呼ばないで……。」


 マユリカは顔を伏せたまま、震える声を絞り出した。


「声聞いたら……もっと泣いちゃう……。」


「…………。」


「昨日、噂を聞いた時も……信じなかった。」


 一歩。


 マユリカが近づく。


「ロウが帰ってきたって聞いても……そんなわけないって思った。」


 もう一歩。


「だって……空の大陸だよ?」


 声が震える。


「帰ってきた人なんて、誰もいないって言われてたのに……。」


 また一歩。


「なのに……本当にいるんだもん……。」


 とうとう。


 ロウのすぐ前まで来た。


「ずるいよ……。」


「マユリカ……。」


「ずるい……!」


 次の瞬間。


 マユリカもロウへ抱きついた。


「ちゃんと帰ってきてよぉ……!」


「…………。」


「五年前……何も言えなかったんだから……! 行かないでって言いたかったのに……! 絶対帰ってきてって言いたかったのに……! 何も言えないまま、いなくなっちゃったんだから……!」


 ロウの胸元を小さな拳が叩く。


「馬鹿……! ほんとに馬鹿……!」


「ごめん。」


「だから謝らないでよ……!」


「……うん。」


 ロウは苦笑しながら、マユリカの背中へ手を回した。


「ただいま。」


「……おかえり……。」


 掠れた声だった。


「おかえり……ロウ……。」


 そして。


 少し離れた場所。


 ラッツォだけが、黙って立っていた。


「…………。」


 ロウがそちらを見る。


「ラッツォ。」


「ああ。」


「久しぶり。」


「……そうだな。」


 ラッツォは笑った。


 いつも通り。


 五年前と変わらない、少しだけ気取った笑い方。


「まったく。お前は昔から人騒がせだったが、さすがに今回は度が過ぎている。」


「ごめん。」


「だから謝るな。」


「みんな同じこと言うな……。」


「当然だろう。」


 ラッツォは肩をすくめる。


 けれど。


 その声は。


 ほんの少し震えていた。


「……本当に。」


「うん?」


「本当に……生きてたんだな。」


「…………。」


 ロウは静かに頷いた。


「うん。」


 ラッツォも頷く。


「そうか。」


 それだけ言って。


 俯いた。


「…………。」


 肩が震えている。


「ラッツォ?」


「見るな。」


「え?」


「今は見るな。」


「泣いてる?」


「泣いてない。」


「いや泣いてるだろ。」


「泣いてないと言っている。」


 ゴードが顔を上げた。


「めちゃくちゃ泣いてんじゃねぇか。」


「うるさい。」


 マユリカも涙を拭いながら笑う。


「ラッツォ、昔からそういうところ変わらないね。」


「黙れ。」


 ロウも。


 笑った。


 最初は小さく。


 やがて。


「ははっ……。」


 声を出して笑った。


 すると。


 ゴードも笑う。


 マユリカも。


 ラッツォも。


 泣きながら。


 笑った。


 五年間。


 止まっていた時間が。


 ようやく、本当に動き出した。


 しばらくして。


 ゴードがロウの肩を掴む。


「よし。」


「なに?」


「確認する。」


「何を?」


「お前が本物のロウかどうかだ。」


「今さら!?」


「ああ。五年も経ってるんだぞ。顔が似てるだけの偽物かもしれねぇ。」


「そんなわけないだろ。」


「じゃあ答えろ。」


 ゴードが指を一本立てる。


「十歳の時、俺たち四人で川へ行った日に、一人だけ足を滑らせて川に落ちた奴は誰だ。」


「お前。」


「正解。」


「確認終わり?」


「まだだ。」


 ラッツォが続ける。


「そのあと、助けようとして一緒に落ちた馬鹿は?」


「僕。」


「正解。」


 マユリカが涙を拭いながら言う。


「で、二人ともびしょ濡れになって、結局一人で二人を引っ張り上げたのは?」


「マユリカ。」


「よし。本物。」


「そんな確認方法ある?」


 四人でまた笑う。


 その笑い声は。


 五年前と何も変わらなかった。


 ただ。


 ロウだけが。


 その時間を。


 ずっと欲しかったのだと。


 今になって気づいた。


 ゴードがロウの肩へ腕を回す。


「今日は逃がさねぇからな。」


「逃げないよ。」


「五年間分、全部聞く。」


「全部?」


「空の大陸で何してたのか。誰と会ったのか。どんな魔物と戦ったのか。あと昨日の骸の主ってやつ、本当にお前が倒したのかも聞く。」


「……長くなるよ?」


「五年分だぞ。短い方がおかしいだろ。」


 マユリカも頷く。


「私も聞きたい。ロウがどんなところで生きてたのか、ちゃんと知りたい。」


 ラッツォも腕を組む。


「俺たちもこの五年間、いろいろあった。お前だけ話すのでは不公平だから、こちらの話も聞いてもらう。」


「うん。」


 ロウは笑った。


「聞きたい。」


「なら決まりだ。」


 ゴードが嬉しそうに笑う。


「今日は一日、俺たちに付き合え。」


「分かった。」


 そして。


 四人は。


 五年前と同じように並んで歩き始めた。


 ただ。


 誰もまだ知らなかった。


 この日の終わり。


 何気ない会話の中でロウが口にする、たった一つの数字が。


 三人の五年間で築き上げてきた常識を。


 跡形もなく。


 ぶっ壊すことになるということを。

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