『五年ぶりの夜』
「……すまなかった。」
「…………え?」
ロウは父を見つめた。
「父さんが……どうして謝るの?」
「…………。」
ロドリゴはすぐには答えなかった。
何かを言おうとして。
しかし、その言葉を飲み込む。
「ロウ。お前には話さなければならないことがある。五年前、お前が空の大陸へ送られたあの日、本当は何があったのか。そして我々ジグルザルソン家が、何を知っていたのか。そのすべてを、お前には知る権利がある。」
「五年前の……本当のこと?」
「ああ。だが……すまない。今夜はもう遅い。」
ロドリゴは窓の外へ目を向けた。
いつの間にか、王都は深い夜に包まれていた。
「お前が帰ってきたという報せは、すでに王都中へ広がり始めているだろう。骸の主の件もある。明日からはジグルザルソン家にも、王家にも、各方面から問い合わせが殺到するはずだ。私もマルも、しばらくはその対応に追われることになる。」
マルも静かに頷いた。
「俺も明朝から《天秤》へ戻らなければならない。ナルド殿の出現、骸の湿原の調査、北門周辺の警備体制……今日一日で王国が処理しなければならない案件が増えすぎた。」
「そっか……。」
ロウは少し残念そうに呟いた。
その表情を見て、ロドリゴは静かに続ける。
「だが、誤解するな。話さないつもりではない。むしろ今度こそ、何一つ隠さずお前へ話すつもりだ。だからこそ、中途半端な時間で済ませたくない。」
ロドリゴは息子を真っ直ぐ見た。
「三日後。」
「三日後?」
「ああ。その日は私も予定を空ける。マルにも空けさせる。そして母さんも含め、家族四人だけで話そう。五年前、お前が空へ送られたあの日のことを最初からすべて話す。」
「…………。」
「すまないが、それまで今しばらく待ってくれ、ロウよ。」
ロウは少しだけ考えた。
聞きたい。
どうして自分は送られたのか。
父は何を知っていたのか。
なぜ兄はあの日、授与の儀に来なかったのか。
聞きたいことなら山ほどある。
けれど。
「分かった。」
ロウは笑った。
「五年待ったんだから、三日くらい大丈夫だよ。」
「…………。」
ロドリゴの瞳がわずかに揺れた。
「そうか。」
「それに今日は僕も……さすがに疲れたかも。」
その言葉に、母がようやく少しだけ笑った。
「当たり前でしょう? 帰ってきたと思ったら骸の主を倒して、王城へ行って、今度は空からお知り合いまで降りてきたのでしょう? あなた、帰ってきた初日から何をしているの。」
「僕もこんな予定じゃなかったんだけど……。」
「今日はもう何もしなくていいの。お風呂に入って、温かいものを食べて、ちゃんと自分の部屋で眠りなさい。」
「……僕の部屋?」
「ええ。」
母は当然のように答えた。
「ずっとそのままよ。」
「…………。」
ロウの表情が止まった。
「五年間……?」
「五年間。」
母は優しく笑った。
「あなたがいつ帰ってきてもいいように、毎日綺麗にしていたわ。」
「…………。」
ロウは俯いた。
また泣きそうになる。
「母さん。」
「なあに?」
「……ありがとう。」
「お礼なんていらないわ。」
母はロウの髪を優しく撫でた。
「あなたの家なんだから。」
◇◇◇
その夜。
ロウは五年ぶりに、自分の部屋へ入った。
「…………。」
何も変わっていなかった。
ベッドも、机も、本棚も。
幼い頃に集めていた小さな置物も、十歳の自分が途中まで読んで、そのまま机へ置いていた本さえ残っている。
「……本当に、そのままだ。」
ロウはゆっくりとベッドへ腰を下ろした。
身体が沈む。
「……柔らかすぎる。」
思わず笑ってしまった。
空の大陸では、岩の上でも眠った。
木の上で夜を越したこともある。
魔物の死骸が転がる場所で、いつ襲われても動けるよう剣を握ったまま眠った夜だって、一度や二度ではない。
それが今は。
五年前まで毎日のように眠っていた、自分のベッドの上にいる。
「…………。」
ロウは身体を倒し、天井を見上げた。
空の大陸へ送られてからは違った。
明日まで生きられるか。
次に現れる魔物を倒せるか。
仲間を守れるか。
今日より強くなれるか。
明日というものの意味が、まるで違っていた。
「……帰ってきたんだな。」
ロウは小さく呟いた。
母に会えた。
父に会えた。
兄にも会えた。
聞かなければならないことは、まだ山ほど残っている。
父がなぜ謝ったのか。
兄が五年前、なぜ授与の儀へ来なかったのか。
ジグルザルソン家は、どこまで空送りの真実を知っていたのか。
三日後。
家族四人だけで、そのすべてを聞く。
「……三日後か。」
不思議だった。
五年間も帰ることができなかったのに、三日という時間が妙に長く感じる。
それでも。
「今は……いいか。」
ロウは目を閉じた。
今日だけで、あまりにも多くのことが起きた。
「おやすみ……。」
誰に言ったわけでもない。
ただ。
五年ぶりに。
何かに襲われる心配もせず。
剣へ手を伸ばす必要もなく。
ロウは、自分の家で眠りについた。
◇◇◇
翌朝。
「…………ん。」
鳥の声で、ロウは目を覚ました。
「…………。」
しばらく、何が起きているのか分からなかった。
魔物の気配がない。
血の匂いもしない。
誰かが見張りをしている気配もない。
窓から差し込む、柔らかな朝日。
そして。
自分が知っている天井。
「……あ。」
ロウは小さく笑った。
「そうだった。地上なんだ。」
身体を起こし、大きく伸びをする。
「よく寝た……。」
その時だった。
――ドンドンドンドンッ!!!!
「…………?」
遠くから、何かを激しく叩く音が聞こえた。
続いて。
「――ロウぅぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」




