『生きるために』
闇の奥。
ゆっくりと。
本当にゆっくりと、"それ"は姿を現した。
最初に見えたのは――巨大な髑髏だった。
山よりも大きな白骨の顔。
眼窩には眼球など存在せず、底知れない闇だけが広がっている。
その異形は、ゆっくりと首を傾けた。
何もないはずの眼窩が。
確かにロウとナルドを見た。
「…………。」
ロウは息をすることさえ忘れていた。
声が出ない。
身体も動かない。
怖い。
ただ、それだけだった。
ナルドだけは静かに髑髏を見上げる。
「……帰れ。」
低い一言。
髑髏は何も答えない。
数秒の沈黙。
やがて静かに闇へ溶けるように姿を消した。
それと同時に。
空を裂いていた巨大な亀裂も、ゆっくりと閉じていく。
まるで最初から何もなかったかのように。
「……な、何だったんですか、あれ。」
ロウは震える声で尋ねた。
ナルドは歩き出す。
「今のお前が知る必要はねぇ。」
「えぇ……。」
「歩くぞ。」
「またそれですか!?」
「日は待っちゃくれねぇ。」
ロウは慌てて後を追い掛けた。
しばらく歩く。
静寂だけが続く。
(何か話した方がいいかな……。)
「あの。」
「何だ。」
「さっきの虎。」
「強かったですね。」
「雑魚だ。」
「えぇぇぇ!?」
ロウは思わず叫んだ。
「あれで雑魚なんですか!?」
「腐るほどいる。」
「もう帰りたい……。」
肩を落とすロウ。
「僕、生きて帰れるかなぁ。」
ナルドは少しだけ口元を緩めた。
「安心しろ。」
「え?」
「俺より強い奴は、大勢いる。」
「…………。」
「えええぇぇぇぇぇぇ!?」
ロウの顔色が真っ青になる。
「そんなの無理ですよ!!」
「絶対死にますって!!」
ナルドは肩を震わせ、小さく笑った。
「……冗談だ。」
「え?」
「少なくとも、この辺にはいねぇ。」
「もぉぉぉぉ!!」
ロウはその場へ座り込む。
「心臓止まるかと思いました!」
「その程度で止まる心臓なら、この大陸じゃ長生きできねぇ。」
「ひどい人だ……。」
「褒め言葉だ。」
「違います。」
ナルドは鼻で笑い、再び歩き始めた。
「着いた。」
岩山の中腹。
小さな洞穴だった。
「ここですか?」
「寝床だ。」
「家じゃないんですね。」
「雨風は防げる。」
「十分だ。」
ロウも苦笑した。
「……確かに。」
その瞬間。
グゥゥゥゥゥ……。
盛大に腹が鳴った。
「あ。」
ナルドが黒紫色の木の実を放る。
「食え。」
「ありがとうございます!」
ロウは嬉しそうに受け取る。
「いただきま――」
「毒だ。」
「…………。」
「え?」
「毒だ。」
「いやいやいや。」
「何で渡したんですか!?」
「食うためだ。」
「毒ですよ!?」
「ああ。」
「死ぬじゃないですか!!」
「死ぬ。」
「食べません!!」
ナルドは即答した。
「じゃあ餓死しろ。」
「うっ……。」
お腹が鳴る。
木の実を見る。
ナルドを見る。
また木の実を見る。
「ほんとに食べるんですか?」
「俺は毎日食ってる。」
「平気なんですか?」
「最初は三十回くらい死んだ。」
「全然平気じゃない!!」
ロウは頭を抱えた。
「こんな世界聞いたことないですよ!」
「だから空の大陸なんだ。」
「うぅぅ……。」
お腹は限界だった。
「……いただきます。」
ガブッ。
「…………。」
一秒。
二秒。
三秒。
「……あれ?」
「意外と甘――」
「ぎゃああああああああああっ!!!!」
全身を焼かれるような激痛。
ロウは洞穴の中を転げ回る。
「痛い!!」
「熱い!!」
「死ぬぅぅぅぅ!!」
ナルドは腕を組んだまま見下ろす。
「死ね。」
「えぇぇ!?」
「何度でも死ね。」
「鬼ぃぃぃぃ!!」
「生き返って、また食え。」
「そんな修行あります!?」
「ある。」
「今やってる。」
「うわぁぁぁぁぁ!!」
その夜。
ロウは毒の激痛に耐え続け、気を失うように眠りへ落ちた。
静かな洞穴。
頭の奥で、あの無機質な声だけが響く。
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【成長スキル発動】
【毒を克服しました】
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その頃。
洞穴の外で夜空を見上げていたナルドは、不意に眉をひそめた。
「……あり得ねぇ。」
洞穴の中から、淡い蒼白い光が漏れている。
ナルドはゆっくりと振り返る。
眠っているはずのロウの身体を、見たこともない光が静かに包み込んでいた。
「お前……何者だ。」
初めてナルドの表情から余裕が消えた。




