『生存者』
遥か彼方。
山頂に立つ、その人影は微動だにしなかった。
「……人。」
ロウは何度も瞬きをした。
「人だ……。」
間違いない。
この地獄に。
俺以外にも生きている人がいる。
その事実だけで胸が熱くなる。
「良かった……。」
思わず笑ってしまった。
「一人じゃなかったんだ。」
涙が込み上げる。
「ゴード……。」
「俺、生きられるかもしれない。」
ロウは山へ向かって歩き始めた。
「会ってみよう。」
「きっと何か知ってる。」
「ここで生きる方法とか。」
「ご飯の探し方とか。」
「帰る方法……は、ないか。」
自分で言って苦笑する。
「でも、誰かがいるだけで全然違う。」
足取りは自然と軽くなっていた。
しばらく歩く。
十分。
三十分。
一時間。
「……。」
山が全然近付かない。
「うそだろ。」
ロウは空を見上げた。
「近くに見えたのに……。」
歩いても歩いても景色が変わらない。
「どれだけ広いんだよ、ここ。」
その時だった。
ザザッ。
「!」
草が揺れた。
ロウは反射的に振り返る。
誰もいない。
「……気のせい?」
また歩く。
ザザザッ。
今度は右。
「だ、誰?」
返事はない。
風だけが吹いている。
「やめてよ……。」
「そういうの、一番怖いから。」
すると。
ザザザザザザザッ!!
今度は四方八方から草木が激しく揺れ始めた。
「え?」
一匹。
二匹。
三匹。
黒い縞模様をまとった巨大な虎。
五匹。
七匹。
十匹。
「え……。」
まだ増える。
十五匹。
二十匹。
「うそ……。」
完全に囲まれていた。
黒鉄のような毛並み。
鋭く湾曲した牙。
丸太ほどもある前脚。
黄金色の瞳が、一斉にロウを見据える。
低く唸るたび、地面が微かに震えた。
逃げ道はない。
「……はは。」
乾いた笑いが漏れる。
「今日は、もう無理かな。」
石を握る。
怖い。
足が震える。
それでも。
「やるしか……ない。」
黒虎たちが一斉に飛び掛かった。
「うわあああああっ!!」
その瞬間だった。
――ドンッ。
まるで巨大な岩が落ちたような衝撃。
ロウの目の前へ、一人の男が静かに着地した。
黒い外套。
背中には、身の丈ほどもある漆黒の大剣。
長い黒髪を無造作に束ね、鋭い黄金色の瞳が黒虎の群れを見渡す。
男は深いため息をついた。
「……面倒なのに見つけちまったか。」
その一言だけで。
二十匹いた黒虎たちの顔色が変わる。
「グルルル……。」
怯えている。
いや。
恐れている。
ロウは思わず男を見上げた。
「た、助けて……。」
男はロウを一瞥すると、面倒くさそうに頭を掻いた。
「ガキ。」
「はい……。」
「一つ教えてやる。」
「……?」
「この空の大陸じゃ。」
男はゆっくり大剣へ手を掛けた。
「助けてもらえるなんて思うな。」
「え……?」
次の瞬間。
男は大剣をロウへ放り投げた。
「なっ!?」
「生きたきゃ握れ。」
「死にたきゃ、そのまま泣いてろ。」
ズシンッ!!
大剣が地面へ突き刺さる。
あまりの重さに、大地が陥没した。
ロウは息を呑む。
「こんなの……持てるわけ……。」
その時だった。
男が初めて笑う。
「――持て。」
その一言と同時に。
森の奥から。
黒虎たちが一斉に逃げ出すほどの、圧倒的な咆哮が響き渡った。
ゴォォォォォォォォォォォッ!!!!
木々がなぎ倒される。
山が揺れる。
ロウは震えながら闇の奥を見つめた。
そこには。
さっきまでの黒虎など赤子に思えるほど巨大な"何か"が、ゆっくりと姿を現そうとしていた――。




