『王都に蠢くもの』
王は静かにロウを見据えた。
「そして、その日を境に――」
その瞬間だった。
――バァンッ!!
謁見の間の大扉が、激しい音を立てて開かれた。
「へ、陛下!!」
一人の近衛騎士が、息を切らしながら駆け込んでくる。
肩で荒く呼吸を繰り返し、その額には大量の汗が滲んでいた。
謁見中に無断で飛び込むなど、本来ならば許される行為ではない。
それでも止められなかった。
それほどまでの緊急事態なのだと、その場の誰もが悟る。
王は眉一つ動かさず、低く問いかけた。
「何事だ」
「し、失礼を承知でご報告いたします!」
騎士は膝をつき、震える声を絞り出した。
「王都北門より緊急伝令!」
「第二級警戒指定魔獣の出現を確認しました!」
謁見の間がざわめく。
「第二級だと……?」
「この近辺に、そのような魔獣が現れるはずがない!」
王はゆっくりと玉座から立ち上がった。
「ロウ、話の続きは後だ。」
その一言に、謁見の間の空気がさらに張り詰める。
王は近衛騎士へ鋭い視線を向けた。
「被害状況は。」
「はっ! 現在、北門周辺は封鎖しております! しかし、魔導研究所の観測では魔力反応が急速に増大中! このままでは市街地へ到達する恐れがあります!」
重臣たちの表情が一変する。
「第二級警戒魔獣が市街地へ……?」
「あり得ん! 王都の結界はどうした!」
「現在も正常に稼働しております! ですが……」
騎士は言葉を詰まらせた。
「その魔力は、結界を内側から侵食するように広がっております!」
「内側から……?」
ザルヒが息を呑む。
「侵入ではないというのか……」
その場にいた誰もが言葉を失った。
結界を突破したのではない。
まるで、王都の内部で生まれたかのような魔力反応。
そんな現象は、王国史上、一度として記録されていない。
その時だった。
ロウが静かに目を閉じる。
空気を震わせる魔力。
肌を刺すような圧迫感。
それは紛れもなく、彼が十年間生き抜いた世界で幾度となく感じてきたものだった。
「……違う。」
ロウが小さく呟く。
誰にも届かないほど小さな声。
だが、その一言を王だけは聞き逃さなかった。
「何が違う?」
ロウはゆっくりと目を開く。
その瞳には、確信にも似た光が宿っていた。
「骸の主じゃありません。」
謁見の間が静まり返る。
「同じ魔力に見えるだけです。」
「これはもっと……古い。」
ロウは北の空を見つめた。
「僕も一度しか感じたことはありません。」
一拍。
「でも、間違いない。」
「この気配は――空の大陸のものです。」
「……なに?」
王の声が震えた。
空の大陸。
五百年前に魔王が姿を消した日から、王家が誰よりも調べ続けてきた禁忌の地。
その名が、この場で語られるとは誰も思っていなかった。
王は静かに拳を握る。
「ロウ。」
「もし、お前の言葉が真実なら……」
王は深く息を吸い、力強く命じた。
「直ちに現場へ向かう。」
「余も同行する。」
その宣言に、重臣たちが一斉にざわめく。
「へ、陛下! 危険です!」
「なりません!」
「王自ら前線へ出るなど!」
しかし王は一歩も引かなかった。
「五百年間、待ち続けた答えが、ようやく姿を現そうとしている。」
その目には、王ではなく、一人の歴史を追い続けた男の執念が宿っていた。
そして誰も知らない。
王都北門の上空で蠢くその魔力が、骸の主とも、魔王とも違う――さらに古い"始まり"の気配であることを。




