『王からの褒美と空送りの真実』
「兄との話もあるだろうが、それは後にするとよい。そして今王国が明かせる真実を話す前に、まずは王としてお前へ伝えねばならぬことがある」
王は玉座からロウを見下ろした。
先ほどまで騒然としていた重臣たちも、王の言葉を待つように口を閉ざしている。
「お前が討ち果たした骸の主は、数百年にわたり王国を苦しめ続けてきた災厄だ。討伐隊を派遣するたびに多くの命が失われ、あの湿原を通る街道も長く閉ざされてきた。お前はその脅威を、たった一人で終わらせた」
王は一度言葉を切った。
「その功績に、王国を代表して感謝する。よくぞ骸の主を討ち果たしてくれた」
「ありがとうございます。でも、僕一人でここまで来られたわけではありません。ザルヒさんたちが王都まで案内してくれましたし、空の大陸で僕を鍛えてくれた人たちがいたから倒せたんです」
「功績を独り占めせぬか。幼い頃から変わらぬな、お前は」
王はわずかに笑みを浮かべた。
だが、すぐに王としての顔へ戻る。
「功績には、相応の報いが必要だ。土地、金銭、爵位、武具、あるいは王国が叶えられる範囲の望みであれば、遠慮なく申してみよ。骸の主を倒した者に対する褒美だ。多少無理な願いであっても、余は可能な限り応えるつもりでいる」
広大な領地か。
莫大な金貨か。
あるいは、公爵家の次男という立場を越える特別な爵位か。
しかし、ロウは少し考えたあと、静かに答えた。
「何もいりません」
「…………なぬ?」
王の眉が動いた。
「い、今、何と?」
「褒美が必要ないと申したのか?骸の主を討伐した褒美だぞ?」
「理由を聞かせてもらおう。遠慮しているのなら、その必要はない。これは慈悲でも施しでもなく、お前が自らの力で勝ち取った正当な褒賞だ」
「遠慮しているわけではありません」
ロウは王を真っ直ぐ見上げた。
「僕は、また空の大陸へ戻るつもりです。向こうには仲間がいますし、果たさなければならない約束もあります。だから、この地上で土地を頂いても、自分で治めることはできません。金銭を頂いても、空の大陸ではほとんど何の役にも立たないと思います」
ロウは言葉を続ける。
「爵位や屋敷を頂いたとしても、僕がここにいないのなら、結局は誰かに任せることになります。それなら、最初から必要な人や、この国のために使ってもらった方がいいと思います。ですから、僕個人に対する土地や金銭は、本当に必要ありません」
「空へ戻ることを、すでに決めているのか」
「はい。いつ戻れるのか、どうすれば戻れるのかは、まだ分かりません。でも、必ず戻ります」
王はしばらく、ロウの顔を見つめていた。
やがて、わずかに息を吐く。
「骸の主を討伐した英雄が、褒美を断るとはな。長く王を務めてきたが、このような返答を受けたのは初めてだ」
王は少しだけ笑った。
「だが、褒美を受け取らぬという答えだけでは、余も納得できぬ。お前が本当に望むものを申してみよ。金や土地でなくとも構わない。王として叶えられることであれば、余は約束しよう」
「……では、二つだけお願いがあります」
ロウの表情が、少しだけ変わった。
「申してみよ」
「一つ目は、これまで空の大陸へ送られた人たちの記録を見せてほしいです。名前や、生まれた場所、家族のこと。この国にどれだけ記録が残っているのかは分かりませんが、確認できるものは、すべて見せていただきたいです」
「何のために、その記録を求める」
「空の大陸には、今も生きている人たちがいます」
その言葉に、謁見の間の空気が変わった。
「今も……生きているだと?」
「はい。僕が出会った人たちの中には、地上から送られてきた人もいました。どこの国から来たのかも分からない人や、家名を覚えていない人もいます。でも、記録があれば、その人たちがどこから来たのか分かるかもしれません」
王の目が細くなる。
「空の大陸に、人が生きている……」
「全員ではありません。でも、諦めずに生きている人たちはいます。だから僕は、誰が送られたのかを知りたいんです。空へ戻った時に、家族が今も待っているのか、それとも帰る場所がもう残っていないのか。それだけでも伝えられるかもしれません」
ロウは少しだけ視線を落とす。
「それと、もう一つあります」
「申せ」
「空の大陸で亡くなった人や、今も帰れずにいる人たちの家族へ、その人たちが生きていたことを伝えてください」
「生きていたことを……?」王が息を飲む。
「はい。戻れなかったからといって、すぐに死んだわけではありません。何年も生きた人もいました。仲間を守った人も、毎日帰る方法を探し続けた人もいます。自分の家族の名前を、最後まで忘れなかった人もいました」
ロウは王を見つめた。
「だから、何も分からないまま待ち続けている家族がいるのなら、せめて伝えてほしいんです。空へ送られた人たちは、最初から存在しなかったわけでも、何もせずに死んだわけでもない。苦しみながらも、最後まで生きようとしていたと」
謁見の間に、長い沈黙が落ちた。
王は何も言わず、ロウを見つめている。
その瞳には、先ほどまでとは違う感情があった。
「……分かった」
やがて、王は重く頷いた。
「過去五百年分の記録については、王家の書庫を調べさせよう。残されている記録は、お前にすべて閲覧する権利を与える。欠落しているものや、意図的に封じられた記録もあるかもしれぬが、それも含めて可能な限り集めさせる」
王はさらに続けた。
「そして、空へ送られた者たちの家族についても調査する。すでに家系が途絶えている場合も多いだろう。だが、子孫や血縁者が残っているならば、王家の名において伝えよう。その者が空の大陸で生きていたことを。そして、最後まで家族を忘れていなかったことを」
「ありがとうございます」
「礼を言うのは余の方だ」
王の声は静かだった。
「この国は、空へ送った者たちがその後どうなったのか、知ろうともしなかった。帰らぬ者を、死んだものとして扱い続けてきた。お前の願いは、その過ちを正すためのものでもある」
ロウは何も答えなかった。
王は玉座の肘掛けへ手を置き、わずかに身を乗り出す。
「だがな、ロウ。お前が褒美を辞退したとしても、それはお前が受け取らぬというだけのことだ。王が功績へ報いぬ理由にはならぬ」
「え?」
「褒美とは、欲しがる者へ与えるものではない。国のために功績を立てた者へ、王が正しく報いるものだ。それを怠れば、次に国のために命を懸ける者がいなくなる」
王はそう言うと、重臣たちへ視線を向けた。
「骸の主が消滅したことで、あの湿原一帯は長い脅威から解放された。街道を整備すれば、王都と南部を結ぶ新たな交易路にもなるだろう。魔獣の残党や土地の汚染については調査が必要だが、いずれ広大な領地として価値を持つ」
重臣たちが小さく頷く。
「そこで余は、骸の湿原一帯の統治を、ジグルザルソン公爵家へ任せようと考えておる」
ロウは目を瞬かせた。
「僕の家に、ですか?」
「ああ。正確には、お前の兄であるマルに統治を任せる。お前は再び空へ戻るつもりなのだろう。ならば、お前自身に領地を与えても管理できぬ。だが、お前の功績によって得られた土地を、王国が何事もなかったように取り上げるわけにもいかぬ」
王は穏やかに続けた。
「マルならば、あの地を守り、治めることができる。王直属特務騎士団《天秤》の団長としての任務と両立する必要はあるが、補佐を付ければ問題はないだろう。いずれ、お前が空から戻った時には、骸の湿原は新たな町へ生まれ変わっているかもしれぬ」
「構いません」
ロウは迷わず頭を下げた。
「むしろ、ジグルザルソン家として光栄でございます。兄なら、きっと僕より上手く治められると思います」
「ずいぶん即答するのだな」
「僕が統治しても、たぶん何をすればいいのか分かりませんから」
王の口元が緩む。
「自覚があるだけ賢明だ」
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ和らぐ。
しかし、王はすぐに表情を戻した。
「それと、もう一つ確認しておきたいことがある。骸の主を討伐した際、その素材は回収したのだろうな」
「もちろんです」
「どの程度だ」
「骨と魔石、それから核らしきものもあります。身体が崩れる前に、持ち帰れそうなものは全部回収しました」
「全部だと……?」
王はわずかに目を見開いた。
「ロウ。骸の主の素材は、ただ珍しいという程度のものではない。あれほど長く生き、広大な土地を支配した魔獣の骨や核には、我々の想像を超える力が宿っている可能性がある」
「そうなんですか?」
「お前は本当に、価値を理解せずに回収したのか」
「空の大陸では、強い魔物を倒したら素材を回収するのが普通だったので」
「また空の大陸の普通か……」
王は額へ手を当てた。
「よいか。骸の主の骨は、加工できれば王国最高峰の武具となるかもしれぬ。魔石は魔道具の常識を変え、核に至っては、どのような力を秘めているのか想像すらできん。場合によっては、国宝どころか、国家間の均衡を崩すほどの価値を持つ」
「そんなに大変なものだったんですね」
「他人事のように言うでない。それを所有しているのはお前だ」
「でも、僕は使い方が分かりません」
「だからこそ、勝手に売ったり、誰かへ渡したりしてはならぬ。王家の研究者とジグルザルソン家の者を立ち会わせ、慎重に調査させる。所有権はお前にあるが、扱いについては必ず相談してくれ」
「分かりました」
ロウは素直に頷いた。
王はその様子を確認すると、ゆっくりと玉座へ深く腰掛けた。
「褒賞の話は、ひとまずこれでよかろう。」
その表情から、先ほどまでの穏やかさは消えている。
「ロウ」
「はい」
「待たせたな。本題に入ろう。お前は、自分がなぜ空の大陸へ送られたのか、本当の理由を知らぬだろう」
ロウは少し考えてから答えた。
「スキルが一つしかなかったからだと聞いています」
「それは理由ではない」
王は静かに首を振った。
「それは、空へ送る対象を選ぶための条件に過ぎぬ」
「条件……?」
「ああ」
王は肘掛けを強く握った。
「この国が、一つしかスキルを持たぬ子どもを空の大陸へ送り続けるようになったのは、およそ五百年前のことだ」
ロウは黙って王の言葉を待った。
「今から五百年前、この地上の世界を支配し、あらゆる国を恐怖に陥れた者がいた」
王の声が、低くなる。
「その者もまた――」
一拍。
「十歳の時、たった一つしかスキルを持たなかった」
ロウの目が、わずかに見開かれた。




