『密談』
「皆の者。」
王はゆっくりと立ち上がった。
「本日の謁見は、これにて終わりとする。骸の主の件については後日正式に報告を受ける。それまで、この件を軽々しく口外することは許さん。」
重臣たちが一斉に顔を見合わせた。
「へ、陛下!? ですが骸の主討伐は建国以来の大事件です! 今すぐ各公爵家へ通達し、討伐隊の編成や周辺地域の安全確認も――」
王は静かに首を横へ振る。
「分かっておる。しかし、それ以上に優先すべきことがある。余は今、この少年と二人で話がしたい。それが国にとって最も重要だと判断した。」
誰も反論できなかった。
「……御意。」
重臣たちはゆっくりと退室していく。
ザルヒもロウの肩を軽く叩いた。
「ロウ、肩の力を抜け。陛下はお前を責めるつもりじゃない。むしろ、お前が帰ってきたことを誰よりも喜んでおられる。」
「……分かりました。」
ザルヒも頭を下げ、謁見の間を後にした。
やがて広い部屋には。
王とロウ、二人だけが残る。
しばらく沈黙が続く。
王は玉座から降りると、ロウの正面に置かれた椅子へ視線を向けた。
「そう固くなる必要はない。今日は王と公爵家の子としてではなく、一人の年長者として話をしたい。そこへ座るといい。」
「失礼します。」
ロウは少し緊張した様子で腰を下ろした。
王も向かいへ腰掛ける。
王が笑う。
「ふふ……昔と変わらぬな。幼い頃も、お前は礼儀だけは誰よりも真面目だった。城へ遊びに来ても、毎回緊張しておったのを覚えておる。」
ロウも少しだけ笑った。
「父によく言われていました。『王城では粗相をするな』って。」
「ハハハ、それはジグルザルソン公爵らしい。」
二人の間の空気が少しだけ和らぐ。
しかし。
王はゆっくりと表情を引き締めた。
「さて……ここからは王として話をする。」
ロウも自然と姿勢を正す。
「ロウ。余はまず、お前に礼を言わねばならん。骸の主を討伐したことではない。五年間、生き抜き、この国へ帰ってきてくれたこと。そのことに、心から感謝している。」
ロウは少し驚いたように目を瞬かせる。
「ありがとうございます。でも、僕は帰ってくるのが当然だと思っていました。」
王は静かに微笑んだ。
「だからこそ、お前は何も知らぬのだ。」
「え……?」
「この国の歴史で、空の大陸から帰還した者は一人もいない。余が知る限り、誰一人として生還した記録は存在しない。だからこそ、お前がこの扉をくぐった瞬間、余は骸の主討伐よりも、お前の帰還そのものに驚いた。」
ロウは困ったように頭をかいた。
「そうだったんですね……。僕はてっきり、何人かは戻ってきているものだと思っていました。だから皆さんが骸の主より帰還したことに驚いているのを見て、正直そっちの方が驚きました。」
王は思わず笑みを漏らす。
「やはり面白い男だ、お前は。普通なら『生きて帰った』ことを誇る。だが、お前は『誰も帰っていなかった』ことに驚くのか。」
「はい。向こうでは帰る方法を探している人もいましたから、いつか帰れるものだと思っていました。」
その言葉で。
王の表情が変わる。
「……今、何と言った。」
「え?」
「もう一度言ってくれ。」
「帰る方法を探している人もいました、って。」
王はゆっくりと息を吐いた。
「やはり、そうか……。」
その呟きには、五百年分の重みがあった。
ロウは首を傾げる。
「陛下?」
王はロウを真っ直ぐ見つめる。
「ロウ。余はお前に、いくつか確認したいことがある。」
「はい。」
「焦って答える必要はない。一つ一つでいい。余は、お前の見てきた世界を知りたい。そして、それがお前にとってどんな世界だったのかを、誰よりも正確に聞きたい。」
ロウは静かに頷いた。
「分かりました。僕に話せることなら、全部お話しします。」
王はゆっくりと目を閉じる。
そして、小さく息を吐いた。
「……ならば、一つだけ先に答えてくれ。」
「はい。」
「お前は空の大陸で――」
王の瞳が、真っ直ぐロウを射抜く。
「誰と出会った。」
その一言で。
ロウの表情から笑みが消えた。
ナルド。
少女。
そして、共に十年を生き抜いた仲間たち。
様々な顔が脳裏をよぎる。
王は、その変化を見逃さなかった。
「……やはり、いたのだな。」
「え?」
「いや。」
王は静かに立ち上がる。
その横顔には、驚きと、どこか安堵が入り混じっていた。
「これで五百年続いた王家の予想は、一つ覆された。」
そして。
王はロウへ向き直る。
「次は、余が話そう。」
「なぜ、この国が子どもたちを空の大陸へ送り続けてきたのかを。」




