『歴史上初の…』
ロウの兄。
その名は。
マル・ジグルザルソン。
ジグルザルソン公爵家長男。
そして、王直属特務騎士団《天秤》団長。
王国最強と称される男。
その背中は何も語らないまま、静かに謁見の間を後にした。
扉が閉まる音だけが響く。
「…………。」
ロウは閉ざされた扉を見つめ続けていた。
会いたかった。
そう思っていたはずなのに。
五年ぶりに見た兄の背中へ掛ける言葉は、一つも見つからなかった。
そんなロウの様子を見ていた王は、小さく息を吐く。
「……皆の者。」
「この場は少し静まれ。」
その一言で、騒然としていた謁見の間が静まり返る。
王はゆっくりと玉座から立ち上がり、ロウの前まで歩み寄った。
「ロウ・ジグルザルソン。」
「はい。」
「まず最初に伝えておく。」
王は真っ直ぐロウを見つめる。
「骸の主を討伐したことは、確かに王国始まって以来の偉業だ。」
「余も、その功績を軽く見るつもりはない。」
一拍置く。
「……だが。」
「余にとって、それ以上に価値があるのは、お前が生きて戻ってきたという事実だ。」
重臣たちが顔を見合わせる。
「陛下……。」
「しかし骸の主ですよ!?」
「何百年もの悲願が果たされたのですぞ!?」
王は静かに重臣へ視線を向けた。
「分かっている。」
「だが、お前たちは勘違いしている。」
その場の空気が変わる。
「骸の主を討伐した英雄は、また現れるかもしれん。」
「しかし。」
「空の大陸から生還した者は……。」
王はロウを見る。
「歴史上、一人もいない。」
謁見の間が再び静まり返る。
重臣たちは言葉を失った。
ロウだけが首を傾げる。
「え?」
「そうなんですか?」
ザルヒが額を押さえる。
「お前……。」
「そこで驚くのか……。」
「え?」
「僕はてっきり、何人かは帰ってきてるものだと思ってました。」
「だから骸の主を倒したことの方が驚かれるのかと……。」
護衛の一人が苦笑する。
「普通は逆ですよ。」
「私たちからすれば、帰還したことの方が何倍も信じられません。」
「そうなんですね。」
ロウは素直に頷いた。
「じゃあ、帰ってこられたのは運が良かったのかな。」
「運で済ませる話じゃない!!」
ザルヒが思わず叫ぶ。
「お前は五年間も空の大陸で生き延びて、その上骸の主まで討伐して帰ってきたんだぞ!? そんな人間が『運が良かった』なんて言い始めたら、この国の冒険者全員が泣くぞ!!」
「そう言われても……。」
ロウは困ったように頭をかく。
「向こうでは、僕より強い人もいましたし。」
「…………。」
「…………。」
「…………は?」
重臣たちの思考が止まる。
一人の老臣が震える声で尋ねた。
「待て……。」
「今、お前より強い者がいると言ったのか?」
「はい。」
「結構いましたよ。」
「…………。」
謁見の間から音が消えた。
ザルヒはゆっくりと天井を仰ぐ。
「……もう駄目だ。」
「今日はこれ以上聞きたくない。」
「頭がおかしくなりそうだ……。」
王だけは静かだった。
ロウを見つめるその瞳は、驚きではなく確信へと変わっていく。
やはり——。
空の大陸は。
王国が伝えてきた歴史とは、まるで違う場所なのだと。




