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空の大陸の落ちこぼれ  作者: 滝本りお


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29/52

『骸の主』

 黒い泥と濁った水が空高く吹き上がる。


 ゆっくりと。


 まるで大地そのものが起き上がるように、一つの巨体が姿を現した。


 全身は泥と腐敗した苔に覆われ、長い年月を物語っている。


 皮膚はほとんど失われ、剥き出しになった巨大な肋骨と腕の骨が、不気味な音を立てながら軋んでいた。


 首から上は、巨大な骸骨。


 何本もの折れた角が頭部から伸び、その眼窩の奥では紫色の光が妖しく燃え続けている。


 胸の中心には、人間ほどもある禍々しい漆黒の魔核。


 鼓動するたびに、湿原全体へ濃密な魔気が放たれた。


 ドクン――。


 ドクン――。


 その一歩だけで。


 ズシンッ!!


 地面が沈む。


 水面は大きく波打ち、周囲の木々が悲鳴を上げるように軋んだ。


 まさに。


 この湿原を何千年も支配してきた”王”。


 ――《骸の主》。


「う……。」


 護衛の一人が膝をつく。


「立って……いられない……。」


「これが……。」


「骸の主……。」


 別の護衛も剣を握る手を震わせた。


「初めて見た……。」


「こんな魔物……存在するのか……。」


 ザルヒでさえ息を呑む。


「父上が……。」


「決して近付くなと言っていた理由が……。」


「やっと分かった……。」


 骸の主はゆっくりとロウたちを見下ろした。


 そして。


 骨だけになった顎を、ギギギ……と軋ませながら開く。


 ゴォォォォォォォォォォッ!!!!


 湿原中の空気が震えるほどの咆哮が響き渡った。


 その咆哮だけで、近くにいた魔獣たちは泡を吹き、その場へ倒れていく。


これが主なの?主の手下とかじゃなくて…??ん?

キョトンとするロウ。


「この《骸の湿原》を何千年も支配してきた!」


「最強の主だ!!」


 護衛も青ざめながら叫ぶ。


「この一体がいるから!!」


「誰もこの湿原を統治できなかったのです!!」


「王国も!!」


「騎士団も!!」


「ギルドも!!」


「誰も討伐できなかった……!!」


 ロウは少し考える。


「へぇ。」


「そんなに強いんだ。」


 その瞬間。


 ロウの頭の中へ、いつもの無機質な声が響いた。


 ────────────────


 【骸の主】


 【Lv585】


 ────────────────


「……え?」


 ロウは思わず目を丸くした。


「ぬ、主?」


「本当に?」


「え……。」


 ザルヒたちはロウを見る。


「どうした!?」


 ロウは困ったように頭を掻く。


「えっと……。」


「五百八十五。」


「え?」


「僕が空へ送られた一日目くらいのレベルと同じなんだけど……。」


「それが。」


「主なの?」


「…………。」


 誰も意味が分からなかった。


「何を言っている……。」


 ザルヒが呟いた、その時だった。


 ドォォォォォォォン!!!!


 湿原が爆発した。


 黒い泥が空高く舞い上がる。


 水面を突き破り、巨大な骸骨のような魔獣が姿を現した。


 紫色の眼光。


 腐敗した巨体。


 何十メートルもある腕が、大地を揺らす。


「骸の主だぁぁぁ!!」


 護衛たちが悲鳴を上げる。


「逃げろぉぉぉ!!」


 ザルヒも身体が動かない。


「くそっ……!!」


 その時だった。


 一番後ろにいたロウが、静かに前へ出た。


「ロウ!?」


「何してる!!」


「戻れ!!」


 誰の声にも反応しない。


 ロウは骸の主だけを見つめていた。


 骸の主は咆哮を上げる。


 ゴォォォォォォォッ!!!!


 巨大な拳が、ロウ目掛けて振り下ろされた。


「危ない!!」


 護衛が叫ぶ。


 だが。


 ロウは動かない。


 避けない。


 構えない。


 そのまま。


 ドゴォォォォォォン!!!!


 拳を真正面から受け止めた。


 轟音。


 土煙が舞う。


 誰もが息を呑む。


「終わった……。」


 そう思った。


 煙が晴れる。


 ロウはそこに立っていた。


 服に付いた土を軽く払う。


 パンッ。


 それだけだった。


「……やっぱりか。」


 小さく呟く。


「空の大陸より。」


「ずっと軽い。」


 ザルヒたちは言葉を失う。


 ロウは腰に差した新しい剣へ視線を落とした。


「そういえば。」


「ジェフさんにもらった武器。」


「まだ使ってなかったな。」


「どうやって使うんだろ。」


 その瞬間。


 頭の中へ、無機質な声が響く。


 ────────────────


 【カオス装備を確認】


 ────────────────


 【適性一致】


 ────────────────


 【術式解放】


 ────────────────


 【『混沌黒炎』】


 ────────────────


 【発動します】


 ────────────────


「お。」


 ロウは少し嬉しそうに笑う。


「それ、いいね。」


 剣を静かに前へ向ける。


 ボッ。


 黒い炎が灯る。


 次の瞬間。


 ゴォォォォォォォォォッ!!!!


 黒紫色の炎が一瞬で骸の主を包み込んだ。


 咆哮を上げる暇もない。


 抵抗する間もない。


 炎が消えた時。


 そこには何も残っていなかった。


 灰すら。


 一片も。


「終わった。」


 ロウは剣を鞘へ納める。


 カチン。


 静寂。


 誰も動けない。


 ロウだけが首を傾げる。


「もしかして。」


「この骸の主って。」


「子どもだった?」


「まだ子どもだったなら。」


「悪いことしたな。」


「…………。」


 ザルヒも。


 護衛たちも。


 数秒間、完全に固まった。


 そして。


「んなわけあるかぁぁぁぁ!!!!」


 全員が一斉に叫んだ。


「骸の主だぞ!!」


「何千年もこの湿原を支配してきた上級魔獣だ!!」


「だから誰も討伐できなかったんだ!!」


「王国も!!」


「騎士団も!!」


「ギルドも!!」


「誰一人、勝てなかった魔獣だぞ!!」


 ロウは目をぱちぱちさせる。


「え?」


「そうだったの?」


 その一言に。


 誰も返す言葉を失っていた。

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