『骸の湿原』
王都へ向かう道中。
ロウは湿原へ視線を向けながら、ふと口を開いた。
「そういえば。」
「ザルヒ。」
「何で、あんな場所にいたの?」
ザルヒは前を向いたまま答える。
「素材採集だ。」
「素材?」
「ああ。」
湿原の先を指差す。
「《骸の湿原》でしか採れない薬草や鉱石がある。」
「公爵家からの依頼だった。」
「へぇ。」
ロウは感心したように頷く。
「でも。」
「あんなに魔獣が多い場所なのに、大丈夫なの?」
ザルヒは少しだけ真剣な表情になった。
「本当は。」
「来ちゃいけない場所なんだ。」
「え?」
「小さい頃から何度も言われてきた。」
「父上にも。」
「母上にも。」
「絶対に《骸の湿原》へ近付くな。」
「そう教えられて育った。」
ロウは首を傾げる。
「なのに、どうして今回は?」
ザルヒはゆっくりと答えた。
「理由は一つ。」
「骸の主が眠っているからだ。」
「骸の主?」
「ああ。」
「この湿原を支配する魔獣。」
「数百年もの間、一度も目覚めていないと言われている。」
「だから今だけ。」
「素材採集の許可が下りた。」
「父上も、それを確認した上で俺を送り出した。」
ロウは湿原を見渡した。
果てしなく広がる黒い水面。
ところどころに突き出した枯れ木。
どこか不気味な静けさが漂っている。
「何だか……。」
「嫌な場所だね。」
その瞬間だった。
ズン……。
足元が、小さく震えた。
ロウが立ち止まる。
「……?」
再び。
ズズズズズ……。
今度は、はっきりと分かる地響きだった。
「ザルヒ様!!」
護衛の一人が叫ぶ。
「何だ!?」
ザルヒが振り返る。
護衛は湿原の奥を指差していた。
「あれを!!」
全員が視線を向ける。
そこには。
湿原に棲む魔獣たちが、一斉に逃げ始めていた。
一匹や二匹ではない。
何十。
何百。
いや。
見える限りの魔獣が、何かから逃げるように散り散りになっていく。
「何だ……あれ。」
ロウも息を呑む。
ザルヒの表情からも余裕が消えた。
「こんなこと……。」
護衛の顔が青ざめる。
「ザルヒ様……。」
「あの水面。」
「見えますか……。」
湿原の中央。
黒い水面が、ゆっくりと盛り上がっていた。
まるで。
水の下で、とてつもなく巨大な何かが動いたように。
ザルヒが目を見開く。
「まさか……。」
護衛は震える声で呟いた。
「骸の主じゃ……。」
「いや!!」
「まだ眠っているはずです!!」
「目覚めるはずがありません!!」
「だからこそ!!」
「ここへ来ることが許されたのです!!」
「お父上も!!」
「そう仰っていました!!」
誰も動けなかった。
黒い水面だけが、不気味に揺れ続ける。
そして。
ボコッ。
巨大な泡が、一つ。
静かに水面へ浮かび上がった。
ロウは、その泡を見つめたまま、小さく呟く。
「……何か。」
「来る。」




