『鍛冶師』
細い通路を抜けると、そこには思いもよらない空間が広がっていた。
「……うわ。」
ロウは思わず息を呑む。
外からは想像もできないほど広い洞窟。
天井には青白く光る鉱石が埋め込まれ、昼間のように辺りを照らしている。
壁際には綺麗に積まれた薪。
干した魔獣の肉。
革袋へ丁寧に保存された水。
食べ頃の木の実。
奥には、石で組まれた立派な炉。
巨大な金床。
何本もの金槌。
見たこともない道具が整然と並んでいた。
「すごい……。」
ロウは辺りを見回す。
「全部ジェフさんが?」
「おう。」
ジェフは短く頷いた。
「全部俺だ。」
「散らかってっと落ち着かねぇ。」
「がはは。」
ロウは鍛冶場へ近付く。
金床には細かな傷が無数に刻まれていた。
どれだけ長い年月、この場所で武器を作ってきたのか。
想像もつかない。
「毎日ここで?」
「ああ。」
「しばらく使ったら移動する。」
「炉だけ残してな。」
「もったいなくないですか?」
「命の方が大事だ。」
ロウは静かに頷いた。
この大陸では、それが当たり前なのだ。
ランは洞窟の壁へ寄り掛かり、小さく笑う。
「綺麗好きなんだねぇ。」
「前に見た鍛冶師なんて、洞窟中が道具だらけだったよ。」
ジェフは鼻を鳴らす。
「腕が良くても整理できねぇ奴は嫌いだ。」
「欲しい道具がすぐ出ねぇ。」
「職人失格だ。」
「厳しいねぇ。」
「キャハッ♪」
ロウは思わず笑ってしまう。
「何か……。」
「ジェフさんらしいです。」
「そうか?」
「はい。」
ジェフは照れ隠しのように咳払いをした。
「それより。」
「ロウ。」
「はい?」
「ちょっと立て。」
「え?」
ロウは言われるまま立ち上がる。
ジェフは腕を組みながら、頭の先から足元まで眺めた。
「…………。」
「……?」
「…………。」
「な、何ですか?」
ジェフは額へ手を当てた。
「お前。」
「よくその格好で五年も生き残れたな。」
「え?」
ロウは自分の服を見る。
魔獣の皮を縫い合わせた服。
何度も補修した靴。
枯れ草で編んだ背負い袋。
そして、刃こぼれだらけの剣。
ランも苦笑する。
「本当。」
「逆に才能だよねぇ。」
「私だったら途中で嫌になっちゃう。」
ロウは照れくさそうに頭を掻いた。
「これしか無かったので。」
「壊れたら直して。」
「また壊れたら縫って。」
「そんな感じでした。」
ジェフはロウの剣を受け取る。
何度か振る。
刃を指で弾く。
カン。
鈍い音が響いた。
「駄目だ。」
「限界だな。」
そう言うと、剣をロウへ返した。
「次の戦いで折れてもおかしくねぇ。」
ロウは黙って剣を見つめる。
五年間。
ずっと一緒だった剣。
何度も命を救ってくれた。
愛着もあった。
ジェフはそんなロウの表情を見て、小さく笑う。
「安心しろ。」
「もっといい相棒を作ってやる。」
「え?」
ロウは顔を上げる。
「俺がお前専用の武器と防具を作る。」
「本当ですか!?」
「がはは!」
「人のために作るのは嫌いじゃねぇ。」
ランも静かに頷く。
「賛成。」
「ロウには必要だと思う。」
ロウは二人を見回した。
「でも……。」
「素材なんてありませんよ?」
ジェフは不敵に笑う。
「ある。」
「今、手元に使える素材は一つだけだ。」
「《カオスアイアン》。」
ランが頷く。
「カオス系魔獣からしか採れない鉱石。」
「まあ。」
「十分かな。」
ロウは目を丸くした。
「え?」
「カオス系って鉱石が採れるんですか?」
二人が同時にロウを見る。
「知らなかったのか?」
「はい。」
ロウは苦笑する。
「カオス系なら何度も倒しましたけど。」
「素材を剥ぎ取るなんて考えたことありませんでした。」
「倒したら、そのまま食べ物を探してましたし。」
ジェフは思わず吹き出した。
「がはははは!!」
「そりゃもったいねぇ!!」
ランも笑う。
「本当。」
「かなり、もったいない。」
ロウは肩をすくめる。
「取得したところで。」
「僕には関係ありませんでしたから。」
「武器なんて作れませんし。」
ジェフは豪快に笑いながらロウの肩を叩いた。
「まあ。」
「勘弁してくれや。」
「タダで作ってやるんだ。」
「今ある素材で我慢しろ。」
ロウは勢いよく頭を下げた。
「十分です!」
「よろしくお願いします!」
ジェフは満足そうに頷く。
「任せとけ。」
そう言うと炉の前へ立つ。
薪を放り込む。
火打石を鳴らす。
ゴォォォォォッ――!!
真っ赤な炎が、一気に燃え上がった。
ジェフは巨大な金槌を肩へ担ぐ。
その姿は、戦士ではなく。
一人の職人だった。
「待ってろ。」
「最高の一振りを作ってやる。」
ロウは燃え上がる炉を見つめながら、小さく拳を握った。
五年間。
誰かが自分のためだけに何かを作ってくれることなど、一度もなかった。
その事実だけで、胸が熱くなっていた。




