『空を裂く者』
「……そんなはずは。」
ジェフが低く呟いた。
「何が――」
ロウが言い終わる前だった。
胸元へしまっていた黄金色の異核が、小さく震え始める。
ドクン。
「……え?」
まるで心臓のような鼓動。
もう一度。
ドクン。
ドクン。
「何だ、これ……。」
ロウが胸元へ手を伸ばす。
「触るな!!」
ジェフの怒声が炎の森へ響いた。
「お前、それをどこで手に入れた!?」
「え!?」
「わ、分かりません!」
「気付いたら持っていて……!」
その瞬間だった。
バキッ――!!
空が鳴いた。
二人は同時に空を見上げる。
青空へ一本の黒い亀裂が走る。
その亀裂は一本では終わらない。
バキッ。
バキバキバキッ!!
まるで世界そのものが砕け始めたかのように、黒い裂け目が空いっぱいへ広がっていく。
「……何だ、あれ。」
ロウは息を呑んだ。
ジェフも戦斧を構えたまま空を睨みつける。
「こんなの……見たことがねぇ。」
次の瞬間。
裂けた空間の奥から、一筋の銀色の光が走った。
シュン――。
何かが歩いてくる。
空間の裂け目を。
まるで地面でも歩くように。
「……人?」
ロウは目を凝らす。
ゆっくりと姿を現したのは、一人の人物だった。
全身を黒いローブで包み、深く被ったフードが顔を隠している。
背中には一本の細身の剣。
その人物は裂け目から一歩踏み出すと、重力に従ってゆっくりと落下した。
ドォォォォン!!!!
着地しただけで、大地が大きく陥没する。
衝撃波が炎の森を駆け抜け、赤い葉が一斉に舞い上がった。
それでも、その人物はロウたちを見ることなく、小さく息を吐く。
「……やっと追いついた。」
低く落ち着いた声だった。
ロウもジェフも、その声だけで男だと思った。
「おい!!」
ジェフが叫ぶ。
「何者だ、お前!!」
フードの人物は軽く肩をすくめる。
「あとで。」
「今は、ちょっと忙しい。」
「……?」
その人物が森の奥へ視線を向けた瞬間だった。
ドドドドドドドドドドドドッ!!!!
地鳴り。
炎の森全体が大きく揺れ始める。
木々を押し倒しながら現れたのは、巨大な黒い猿のような魔獣だった。
一体。
二体。
十体。
二十体。
五十体。
まだ増える。
「うそだろ……。」
ロウの視界へ表示が浮かぶ。
────────────────
【ゾーマコング】
【Lv3500】
────────────────
「三千五百……。」
しかし。
驚くべきはレベルではなかった。
「百匹……。」
「百匹以上いる……!」
ジェフの顔色が変わる。
「馬鹿な……。」
「あいつらは群れを作らねぇ!」
「縄張り意識が強すぎる魔獣だぞ!!」
「こんなこと……あり得ねぇ!!」
百を超えるゾーマコングが、一斉に咆哮を上げる。
ゴォォォォォォォォォッ!!!!
ロウは剣へ手を掛けた。
「ジェフさん!」
「行きましょう!」
ジェフも戦斧を構え、一歩踏み出す。
だが。
「よー、よー。」
のんびりした声が二人を止めた。
フードの人物が、片手を軽く上げている。
「二人とも。」
「手は出さなくていい。」
「え?」
「全部。」
「こっちで片付けるから。」
ジェフが豪快に笑った。
「がはははは!!」
「この男、やりおる!!」
「俺ほどじゃねぇがな!!」
ロウも思わず苦笑する。
「百匹ですよ!?」
「さすがに無茶ですって!」
フードの人物は、小さくため息をついた。
「…………。」
そして。
腰の剣へ、静かに手を添える。
カチッ。
鞘が、ほんのわずかに鳴った。
その瞬間。
姿が消えた。
「……え?」
ロウの目が見開く。
見えない。
速すぎる。
斬った瞬間どころか、動いたことすら見えなかった。
静寂。
風だけが吹き抜ける。
ゾーマコングたちは、その場で止まっている。
一秒。
二秒。
三秒。
ズルッ――。
最初の一体が崩れ落ちた。
続いて。
二体。
三体。
十体。
二十体。
五十体。
百を超える巨体が、時間差で次々と地面へ倒れていく。
ドドドドドドドドドドドン!!!!
炎の森が大きく揺れた。
ロウは呆然と立ち尽くす。
「…………。」
ジェフも目を見開いたまま固まっていた。
「見えたか……?」
「いえ……。」
「俺もだ。」
森の中央。
フードの人物だけが何事もなかったように剣を鞘へ納める。
カチン。
そして、ゆっくりとロウたちへ振り返った。
「あら。」
「まだいたんだね、君たち。」
ジェフが豪快に笑う。
「がははは!!」
「この男、本当にやりおる!」
「俺ほどじゃねぇがな!」
その言葉を聞いたフードの人物は、小さく首を傾げた。
「……男?」
ゆっくりとフードへ手を掛ける。
ふわり。
黒いフードが外れた。
風に揺れる、長い銀色の髪。
透き通るような白い肌。
凛とした青い瞳。
ロウは思わず息を呑んだ。
「……え。」
ジェフも固まる。
「お、おんな……?」
彼女は二人の反応を見て、小さく笑った。
「久しぶり。」
「魔獣以外に会ったの。」
「なんだか、嬉しいな。」
そう言って優しく微笑む。
「私は――」
「ラン・マシュリ。」
炎の森へ、一陣の風が吹き抜けた。




