表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空の大陸の落ちこぼれ  作者: 滝本りお


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/57

『生き抜いた2人』

炎の森を、ロウとジェフは並んで歩いていた。


 赤く染まった木々の隙間から差し込む光が、地面を揺らめく炎のように照らしている。


 先ほどまで一人だった道を、今は二人で歩いている。


 それだけのことが、ロウにはまだ不思議だった。


「ジェフさん。」


「何だ?」


「聞いてもいいですか?」


「腹が減ったなら、もう少し我慢しろ。」


「違います。」


「毒が食いてぇなら、その辺の草でも齧っとけ。」


「僕を何だと思ってるんですか?」


「毒を食って回復する変な人間。」


「否定できない……。」


 ジェフが豪快に笑う。


「がははは!」


 ロウも小さく笑った。


 それから、少しだけ表情を曇らせる。


「聞きたいのは、空の大陸へ送られた人たちのことです。」


「……ああ。」


 ジェフの笑い声が止まった。


 ロウは前を向いたまま続ける。


「地上では、初期スキルが一つしかなかった人が、全体の一割くらいいるって聞きました。」


「そうらしいな。」


「その一割が、全員ここへ送られる。」


「ああ。」


「その中で……。」


 ロウは一度、言葉を止めた。


「どれくらいの人が、生き残れるんですか?」


 ジェフはすぐには答えなかった。


 大きな戦斧を肩へ担いだまま、黙って歩き続ける。


「知らねぇ。」


「え?」


「正確な数なんざ、誰にも分からねぇよ。」


「そうなんですか?」


「この大陸は広すぎる。」


「生き残った奴がどこにいるのかも、死んだ奴がどこで倒れたのかも分からねぇ。」


 ジェフは赤い木々の向こうへ目を向けた。


「ただな。」


「かなり前に会った女が言ってた。」


「女の人?」


「ああ。」


「妙な喋り方をする、変な女だった。」


 ロウの眉がわずかに動く。


「妙な喋り方……。」


「そいつの話じゃ、空へ送られた奴の中で生き残れるのは、更に一割程度らしい。」


「更に……一割。」


 ロウは足元へ視線を落とした。


「百人送られても、十人。」


「千人なら百人だな。」


「じゃあ僕は……。」


 ロウは自分の手を見る。


 幾つもの傷跡。


 五年間、生きるために使い続けた手。


「運が良かったんですね。」


「違ぇ。」


 ジェフが即座に否定した。


「え?」


「運が良かった奴は、最初の一日くらいなら生き残れる。」


「運が良けりゃ、危険な魔獣に会わずに済む日もある。」


「食える物を偶然見つけることだってある。」


 ジェフは歩みを止めず、低い声で続けた。


「だがな。」


「運だけで五年は生きられねぇ。」


「……。」


「五年間、一人で飯を探して。」


「魔獣と戦って。」


「何度も死にかけて。」


「それでも今、ここを歩いてる。」


 ジェフが横目でロウを見る。


「お前は、生き残ったんじゃねぇ。」


「生き抜いたんだ。」


 ロウは何も言えなかった。


「胸張れ。」


「お前は、その一割の中に自分の力で残ったんだ。」


 胸の奥が、じんわりと熱くなる。


 ナルドは、生きろと言った。


 ミマリは、強くなれると言った。


 けれど。


 五年間を生き抜いた自分を、真正面から認めてくれたのは初めてだった。


「……ありがとうございます。」


 ロウは少し照れながら笑った。


「礼を言われることじゃねぇ。」


「俺も、その一割ってだけだ。」


 ジェフは自分の胸を親指で示す。


「つまり、俺も運が良い!」


「がはははは!!」


「今の話、台無しですよ!」


「難しい話は性に合わねぇ!」


 ロウは呆れながらも、思わず笑った。


 しばらく歩いたあと。


 ふと、気になっていたことを思い出す。


「そういえば、ジェフさん。」


「今度は何だ?」


「何歳なんですか?」


「俺か?」


 ジェフは待ってましたと言わんばかりに胸を張った。


「二十三歳だ!」


「…………。」


 ロウは足を止めた。


「何だ、その顔は。」


「いや……。」


 ジェフの顔を見る。


 濃い髭。


 深く刻まれた皺。


 岩のように太い腕。


 もう一度、顔を見る。


「どう見ても四十代です。」


 ゴンッ!


「いてっ!」


 拳骨がロウの頭へ落ちた。


「誰が四十代だ!!」


「痛いですよ!」


「俺は二十三だ!」


「絶対に嘘です!」


「本当だ!」


「四十三の間違いじゃないですか?」


 ゴンッ!


「いてぇっ!!」


「次は五十三って言ってみろ!」


「それはさすがに言いません!」


「さすがにって何だ!!」


 ロウは頭を押さえながら笑う。


「あははは!」


「笑うな!」


「だって、二十三は無理がありますって!」


「ドワーフは人間と見た目の育ち方が違うんだよ!」


「じゃあ、本当に二十三?」


「最初からそう言ってるだろうが!」


「……若いんですね。」


「何で少し残念そうなんだ!?」


「いえ。おじさんだと思ってたので。」


「まだ言うかぁ!!」


 二人の笑い声が、炎の森へ響いた。


 ジェフは不機嫌そうに鼻を鳴らしながらも、口元は笑っている。


「まったく。」


「人間の十五歳は、みんなこんなに失礼なのか?」


「五年間、誰とも話してないので分かりません。」


「便利な言い訳だな!」


「本当のことです。」


「余計に質が悪ぃ!」


 再び歩き始める。


 ロウは赤い森の先を見ながら尋ねた。


「この大陸って、どれくらい広いんですか?」


「知らん。」


「また知らないんですか?」


「仕方ねぇだろ。」


「端まで行った奴がいねぇんだから。」


「端まで?」


「ああ。」


 ジェフは周囲を見渡した。


「山を越えても森。」


「森を抜けても荒野。」


「荒野を越えた先に、また別の山がある。」


「俺が昔会った奴の中には、何百年も歩き続けてる奴がいた。」


「何百年……。」


「そいつでも、端は見たことがねぇって言ってた。」


 ロウは思わず空を見上げた。


 果ての見えない空。


 どこまでも続く森。


 自分が五年間歩いた範囲など、この大陸のほんの一部なのかもしれない。


「そんなに広いんだ……。」


「地上より広いらしいぞ。」


「地上より?」


「ああ。」


「どれくらいかは知らん。」


「知らないこと多いですね。」


「拳骨が欲しいか?」


「いりません。」


 ロウは即答した。


「でも。」


「それだけ広いなら、他にも生きてる人はいるんですよね?」


「いるだろうな。」


「人間だけじゃなくて?」


「もちろんだ。」


 ジェフは指を折りながら数え始める。


「エルフ。」


「獣人。」


「魔族。」


「竜人。」


「俺みてぇなドワーフ。」


「他にも、聞いたことのねぇ種族が山ほどいる。」


「そんなに……。」


「ただし。」


 ジェフの声が少し低くなる。


「会えるかどうかは、別の話だ。」


「え?」


「この大陸じゃ、十年歩いても誰とも会わねぇことがある。」


「近くにいたとしても、互いに魔獣だと思って逃げることもある。」


「生き残ることを優先して、他人を助けねぇ奴だって多い。」


「……。」


「だから。」


 ジェフは前を向いたまま言う。


「誰かと出会えたら、それだけで奇跡だ。」


 ロウは、隣を歩くジェフを見る。


「じゃあ。」


「ジェフさんと会えたのも、奇跡ですか?」


「おう。」


「俺にとっては災難だけどな。」


「何でですか!」


「会った瞬間に殴りかかってくる奴だったからだ!」


「それは……ごめんなさい。」


「がははは!」


 ジェフは豪快に笑った。


「まあ。」


「悪くねぇ奇跡だ。」


 ロウも静かに笑う。


「はい。」


 そのときだった。


 ジェフの足が、突然止まった。


「……。」


 あまりに急だったため、ロウは一歩先へ出てから振り返る。


「ジェフさん?」


 返事はない。


 ジェフの大きな手が、肩に担いだ戦斧の柄を強く握る。


 ギリッ。


 金属が軋むほどの力。


 先ほどまで笑っていた顔から、完全に表情が消えていた。


「どうしたんですか?」


「黙れ。」


 低い声。


 ロウも反射的に口を閉じる。


 炎の森は静かだった。


 風もない。


 魔獣の声もしない。


 あれほど周囲に潜んでいた気配が、すべて消えている。


(何だ……?)


(急に、静かになった。)


 ジェフの額から、一筋の汗が流れ落ちた。


 それを見た瞬間。


 ロウの胸の奥に、嫌な感覚が広がる。


 ジェフが恐れている。


 自分を殴り飛ばした、この大男が。


「……そんなはずは。」


 ジェフが小さく呟いた。


「何が――」


 言い終わる前だった。


 ロウの胸元。


 内ポケットにしまっていた黄金色の異核が、震えた。


 ドクン。


「……え?」


 まるで、生きている心臓のように。


 もう一度。


 ドクン。


 ドクン。


「何だ、これ……。」


 ロウが胸元へ手を伸ばす。


「触るな!!お前何を連れてきた‼︎」


 ジェフの怒声が響いた。


 ロウの手が止まる。


 その瞬間。


 炎の森の遥か上空から。


 世界そのものが軋むような音が鳴り響いた。


 バキッ――。


 二人は、同時に空を見上げる。


 青空に。


 一本の黒い亀裂が、走っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ