『慢心』
木漏れ日が森を照らしていた。
ロウは一人、深い森の中を歩いている。
「静かだなぁ……。」
誰もいない。
返事をしてくれる人もいない。
「ナルドさんなら。」
「『うるせぇ。』って言うんだろうな。」
思わず苦笑する。
「ミマリさんなら。」
「『あはは! 一人だねん!』とか言いそう。」
少しだけ寂しい。
でも。
「よし。」
「今日からは全部一人だ。」
ロウは頬を叩く。
歩きながら木の実を見つける。
「これは……。」
紫色。
「猛毒。」
「よし。」
リュックへ入れる。
今度は青い葉。
「これも食べられる。」
少しずつ。
少しずつ。
空の大陸で生きる知識が増えていく。
「水もある。」
小さな湧き水へ革袋を沈める。
「これで今日一日は何とかなるかな。」
その時だった。
木々が途切れた。
「わぁ……。」
目の前には大きな湖。
透き通る水面が太陽を反射している。
「きれい……。」
思わず駆け寄ろうとした。
しかし。
「……ん?」
湖の畔。
何かいる。
大きい。
二本足で立っている。
全身が黒緑色の甲羅で覆われた、人型の亀。
身長は三メートルほど。
太い腕。
岩のような拳。
「亀?」
ロウは岩陰へ身を隠した。
「何だあれ。」
すると。
頭の中へ数字が浮かび上がる。
────────────────
【Lv1900】
────────────────
「…………。」
ロウは固まる。
「せ、千九百?」
「いやいや。」
「見間違いだよね。」
もう一度見る。
────────────────
【Lv1900】
────────────────
「うそでしょ!?」
ロウは思わず小さく叫んだ。
「でも……。」
亀は動かない。
湖を眺めているだけだ。
「遅そう。」
「亀だし。」
「今の僕なら。」
「いける……かも?」
その瞬間だった。
亀の姿が消えた。
「……え?」
次の瞬間。
目の前。
鼻先数センチ。
巨大な顔があった。
「は?」
ゴォンッ!!!!
鋼鉄同士がぶつかったような衝撃。
亀の頭突きがロウの顔面へ直撃する。
「がっ――!!」
視界が真っ白になる。
身体が宙を舞った。
何本もの木をへし折りながら吹き飛ばされる。
ドゴォォォォォン!!!!
背中から地面へ叩き付けられた。
「かはっ!!」
息ができない。
立ち上がろうとする。
だが。
目の前からまた亀が消えた。
「うそ……。」
ドンッ!!
次は胸。
巨大な影が真上から降ってきた。
「ぐっ!!」
人型の亀はロウへ馬乗りになる。
「ま、待っ――」
ゴン!!
拳。
ゴン!!
また拳。
ゴン!!
ゴン!!
ゴン!!
ゴン!!
ゴン!!
何度も。
何度も。
何度も。
岩のような拳が胸を打ち砕く。
骨が軋む。
血が噴き出す。
「ぁ……。」
声も出ない。
最後の一撃。
ドゴォォォォォン!!!!
地面が陥没した。
ロウの身体は土の中深くまで埋め込まれる。
全身が動かない。
亀はしばらくロウを見下ろえていた。
やがて。
興味を失ったように背を向ける。
のっそりと。
のっそりと。
湖の方へ歩いていった。
静寂だけが残る。
土の中。
ロウの意識はゆっくりと闇へ沈んでいく。
(死ぬ……。)
(今度こそ……。)
(本当に――。)
視界が暗く閉ざされていった。




