『旅立ち』
朝になり、洞穴の入口に目を向けるロウ。
黄金色に輝く異核が、静かに置かれていた。
「……これ。」
ロウは恐る恐る手を伸ばす。
ひんやりとしている。
今まで拾ってきた異核とは違う。
触れた瞬間、一瞬だけ淡い光を放った。
「きれい……。」
少女も覗き込む。
「私も初めて見るん。」
「誰が置いていったんだろ。」
ナルドは腕を組んだまま口を開く。
「知らねぇ。」
「持っとけ。」
「え?」
「拾ったもんは、お前のもんだ。」
「……はい。」
ロウは黄金色の異核を大切そうに袋へ入れようとした。
だが。
「……何となく。」
袋ではなく、胸元の内ポケットへそっとしまう。
なぜそうしたのか、自分でも分からなかった。
ロウはナルドに聞いてみたいことがあった。
「ねぇ、ナルドさん。地上から1割の落ちこぼれが空の大陸に送られるよね?そのうち生きられるのはどれくらいなの…?」
「更に1割だろうな。」
「うぅ…そんなぁ…そんなの空に送られた時点で死ねってことじゃないですかぁ…」
「用無し、落ちこぼれ、地上人の恥。だから空へ送られるんだよん。生きるとか死ぬとか知らないんだよん、地上の人たちは」と、女の子は言う。
その夜。
三人は珍しく何も話さなかった。
焚き火の音だけが静かに洞穴へ響く。
ロウは疲れ切った身体を横たえ、そのまま眠りへ落ちた。
◇
翌朝。
「……ん。」
眩しい光で目を覚ます。
「朝か。」
ロウは大きく伸びをした。
「ナルドさん。」
返事はない。
「……あれ?」
洞穴を見回す。
大剣もない。
荷物もない。
「ナルドさん?」
洞穴の外へ飛び出す。
「ナルドさん!」
どこにもいなかった。
「そんな……。」
ロウの胸が締め付けられる。
「置いて……行かれた?」
その時。
後ろから聞き慣れた声がした。
「旅立ったよん。」
振り返る。
少女が木にもたれ、優しく笑っていた。
「え……。」
「昨日の夜にねん。」
ロウはしばらく言葉を失う。
「何も言わずに……?」
「ナルドらしいん。」
少女は苦笑した。
「別れが苦手だから。」
「…………。」
ロウは俯く。
「ちゃんと……。」
「お礼、言いたかったな。」
少女はロウの頭を軽くぽんと叩く。
「きっと伝わってるよん。」
「そう……ですか。」
「うん。」
少しだけ元気を取り戻したロウだったが。
少女が荷物を肩へ担ぐ。
「あ。」
「私も行くねん。」
「え?」
「私も旅の途中だから。」
「そ、そんな……。」
ロウは思わず一歩前へ出た。
「僕、一人になるんですか!?」
「うん。」
「えぇぇぇ!?」
「がびーん……。」
少女は肩をすくめる。
「そんな顔しないでよん。」
「無理ですよ!」
「まだ十歳ですよ!?」
「うん。」
「でも。」
少女は真っ直ぐロウを見る。
「君なら大丈夫だよん。」
「生きていける。」
「強くなれる。」
「私、信じてるから。」
その一言が、不思議なくらい胸に響いた。
ロウは何も言えなかった。
少女は歩き出す。
「あ!」
ロウは慌てて呼び止める。
「最後に!」
少女が振り返る。
「名前!」
「まだ聞いてません!」
「あ。」
少女は笑った。
「忘れてたねん。」
少し照れ臭そうに頭を掻く。
「私は――」
一歩。
風が銀色の髪を揺らした。
「【ミマリ】」
「【ミマリ・ゴーセント】だよん。」
ロウはその名前を胸の中で何度も繰り返す。
「ミマリさん。」
「うん?」
「また……。」
「会えますか?」
ミマリは少しだけ空を見上げた。
そして。
いつもの笑顔で答える。
「もちろんだよん。」
「生きてたらね。」
その言葉を残し。
ミマリは木の枝へ飛び乗る。
ひらり。
また一つ。
また一つ。
森の奥へ姿を消していく。
「さようならーん!」
最後まで明るい声だけが響いた。
ロウはその背中が見えなくなるまで立ち尽くしていた。
「……よし。」
両手で自分の頬を叩く。
「泣くな。」
「僕。」
「生きるって決めたんだ。」
洞穴の中へ戻る。
枯れ草を束ねる。
細く裂く。
編み込む。
何度も失敗しながら、背負える大きさの簡単なリュックを作った。
水を入れる。
猛毒の果実を入れる。
食べられる草も詰める。
最後に。
胸の内ポケットへ手を当てる。
黄金色の異核は、まだそこにあった。
「行こう。」
ロウは誰もいなくなった洞穴へ一度だけ頭を下げる。
「ありがとうございました。」
そして。
一人、深い森へ歩き始める。
これが。
落ちこぼれロウの、本当の旅の始まりだった。




