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佐藤と月澄

 雲香宮うんこうきゅうは元々、丹新山に修行に来た者のために建設された楼閣だ。なので大勢の修行者を受け入れるために様々な用途の部屋が多数ある。浴場も大浴場と小浴場、更に個室に備わった簡易浴場まで設置されている手厚い仕様だ。

 だが悲しいかな、今はたった四人暮らし、しかもその内三人は成人もしていない子供だ。大浴場はほとんど使われることはなく手入れもされていないため、宝の持ち腐れとしてただの荷物置き場になっている。

 佐藤は自室から少し離れた小浴場に向かいながら、今更ながら後悔していた。


(勢いでキスしちゃったけど、あれって実はセクハラだったのでは? 将来、「本当は嫌でした!」なーんて言われても文句言えんぞ……)


 佐藤は親にキスをされたことは一度もない。しかし施設に居た時に一度だけ、おやすみ前のキスを施設の職員にされたことがあるのだ。確か施設に来たばかりの頃、慣れない場所で佐藤が眠れなくてぐずっていたのを見かねた職員からの優しさだった。それも同じように頭にだったが、佐藤はそれがとても嬉しくて安心したまま眠りについたのを覚えている。

 なので最大級の親愛表現として三人へキスしたのだが、冷静になった今になって本当は間違いだったのでは……と佐藤は怯えていた。


(どうしよう! 肉塊にされる時、俺も同じようにキスしてやるーとか言われて頭を食べられたら! )


 呑気な妄想をしながら小浴場の脱衣所へ着く。阿野あやは先に入っているようで、床や棚に脱ぎ散らかした服が散乱していた。全く、彼には躾けることが山ほどある、と佐藤は呆れながらそれらを片付けて自分も服を脱ぐ。転生してきた時は仕組みが分からなかった服でも、今では自分でも着替えることができた。朝の手伝いは今でも弟子たちに甘えているが……。

 白い湯衣を纏って浴場へ入る。小浴場と言っても室内ではなく、露店仕様になっているので湯に浸からないと少し肌寒い。高い柵の向こうは無数の竹が生えており、時折動物が一緒に入ってくると微明びめいが漏らしていた。ちなみに微明びめいは一番の綺麗好きなので風呂に毎日二時間は入る。


「あ! 師匠!」

「ぶっ」


 白い泡の塊が動いているので思わず佐藤は笑った。走ってこちらに向かってくるので、注意をしようとしたら案の定滑って転ぶ。転ぶ際に服架を巻き込んだので派手な音が鳴った。他の二人が心配しなければよいが。


「風呂場では走らないよ」

「はい……」

「怪我は? 」

「ありません」


 佐藤は彼を起こして巻き込まれた物を定位置に戻す。

 りん 香寧こうねいの体は修意の境地が高いので風呂や食事などを頻繁に行わなくてよかった。しかし子供たちは違う。佐藤は彼らの日常に付き合いながらそれとなく生活習慣の指導や礼儀作法を教えていた。

 

「師匠、体の洗い残しがあるか見てくれませんか? 」

「うん、いいよ」


 佐藤はしゃがんで、風呂の一角にある呪符が照らしている灯りをもっと強くした。阿野あやが佐藤の前でくるりと回転する。背中に泡がついていなかったので、手巾で洗ってやる。


「足の裏は拭いた? 」

「いいえ。師匠がやってください」

「私がやってもいいの? 」


 佐藤はニヤリと笑う。無防備に差し出された足裏を擦ると阿野あやはむず痒さに悶えて大声を上げて笑う。


「師匠!くすぐったいっ、ははっ、はははっ! 」

「自分でしなさい」

「はい、次は優しくしてください」


(ん?次?)


 桶で湯を掬い泡を流してやる。彼の普段は長くてあちこち向いている毛先が今はすっかり濡れて大人しくしている。阿野あやが己の髪を搔きあげて結った後、湯に浸かるその姿に佐藤は感嘆する。


(イケメンすぎる……)


 日中は爆発した頭に歯抜けの顔で笑っているのであまり感じないが、こうして観察すると素材が実に良い。

 小さな顔に大きな金の瞳に綺麗な鼻筋と口がピッタリと収まっていて、体は無駄な脂肪がなく引き締まっている。クラスに居たら女の子にキャーキャー言われているタイプだ。白宵しらよいを見ている時も思ったが、やはり美しいものを見るのはとても気分が良い。

 佐藤は美術館に置いてあるかの有名な彫刻を眺めている気分だった。落ち着かない様子で動く彫刻品が口を開く。


「なんですか? 」

「いや、格好いいなと」

「……!? ありがとうございます。 もっと見ていいですよ」


(俺やばい。いくら綺麗だからって大人が子供の体をじろじろ見るって変態だろ)

 佐藤は身を乗り出してきた彼から目を逸らす。いくら性的な意味合いがなくたって相手に失礼なことを反省した。


「それに風呂には毎日入った方がいい」

「善処します」


 いつの間にそんな返事を覚えたんだ……。佐藤は片手を上げて、離れた場所にある強すぎる光源を和らげる。


「蘭の香りが心地いいね」

「はい。微明びめいが用意しました」


 さすが風呂マスター。湯に浮いている花びらもそうなのだろう。風情があって大変いい。佐藤は頭を縁に預けて息を吐く。夜空には満点の星で、ここは霊気が高い。気持ち良すぎて寝てしまいそうだ。少し風があるので、顔を出したと思った月がすぐに雲に覆われてしまうのが残念だ。


「師匠」


 ぱしゃ、と水音を立て阿野あやが佐藤に更に近づく。そちらを見ると金の瞳が佐藤をじっと見つめていた。


清揺せいようには肩車をして、微明びめいにはぎゅーてしながらキスしてましたよね。俺にも何かしてください」

「こうして一緒に風呂に入っているじゃないか」

「違います。明日は微明びめいと入るかもしれないじゃないですか。それにこれは師匠が言い出した取り決めで毎日俺達」


 まだくどくどと言い続けるので佐藤はあしらうのが億劫になった。


(この独占欲に底はないのか! ていうか微明びめいはぜっっったいに俺と風呂に入ってくれない気がする。それにハグだってお前ともした! 気持ちよく風呂に入っているんだから少しはのんびりしようよ! ああ、俺って皆を甘やかしすぎたのか? )


 佐藤は考えながら無意識に空を見上げる。月が見え隠れしているのを眺めて、あることを思い出す。


「師匠、もし思いつかないのなら俺からいいですか、その、あの、ちゃんとくちに」

月澄げっちょう

「え? 」

「新しい名前だ。君につけるって言っただろう」


 りん 香寧こうねいがつけた阿野あやという名前も的を得ているが由来が酷い。佐藤はここ数日縁起がいい名前を考えていたが結局どれもしっくりこなくて見たままのイメージで名付けることにした。


「月に澄むで月澄げっちょう。初めてその金色の目を見た時、満月みたいだと思ったんだ。だから月。どうかな。あ、気に入らないなら考え直すし、元の阿野あやがいいならそれでも」

月澄げっちょうがいいです。師匠、ありがとうございます! 」

「……よかった」


 佐藤はほっとして月澄げっちょうの頭を撫でる。心残りが一つ解消された。


「俺、二人に自慢してきます! 」

 

 月澄げっちょうが勢いよく湯から上がったので佐藤の顔に水しぶきが散る。それを拭いながらバタバタと走っていく背中に声をかけた。


「いいけど、二時間経ってないよ? 」


 またバタバタと走って戻って来る。


「早く上がりましょう! 俺、いやこの月澄げっちょう、熱くて干からびそうです!」

「干からびないよ。百数えるまで浸かろう」

「え~」

「え~じゃない」


 月澄げっちょうは文句を言いながら渋々風呂に戻る。二人は互いに数えて風呂を終えた。



– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –



月澄げっちょう!」

月澄げっちょう

月澄げっちょう!」

「漢字書ける? 」

「書けない!でも微明びめいも書けない! 」

「書ける! 」

「読めない! 」

「殴る! 」

「殴らないよ……」



 次の日、弟子たちは新しい名前で大盛り上がりだったので佐藤は少々居心地が悪かった。

 特に月澄げっちょうは「月澄げっちょうが野菜を切る!」「月澄げっちょうは剣の稽古をする!」と一人称を名前にするぐらいご機嫌だった。他の弟子も、事あるごとに月澄げっちょう月澄げっちょうと呼んであげて、その度に月澄げっちょうは嬉しそうに返事をしていた。


(まあその、喜んでもらえて嬉しいよ……)


 それに特別扱いしてほしいというしつこい要望もこれでチャラになったらしいので佐藤は本当に安心した。


 夜。机を挟んで微明びめいと向かい合ってた佐藤が彼に喋りかける。


微明びめい、私とお風呂に入る? 」

「入りません」

「だよね。聞いたみただけ」


 今日は微明びめいに付き合う日だ。微明びめいの部屋は相変わらず綺麗に整理整頓されていて、埃一つない。きっとかけてある服の角度も彼なりの決まり事があるのではかろうか。彼の爪の垢を煎じて月澄げっちょうに飲ませたい。



微明びめいとは何をしようか」

「はい。どちらの手でも、物を扱えるようになりたいです」

「ええと、微明びめいは今左利きだから、右手でも字を書いたり、剣を振るったりしたいってことで合ってる? 」

「はい」

「理由を聞いてもいいかな」

「……」


 答えたくないようだ。真一文字に結んだ唇の端が下がっている。


「ちょっとの興味で聞いてみただけ、気にしないで。早速練習しよう」


 佐藤は準備をしていた和紙を取り出して机に広げる。利き手と逆の手で彼の名前の「微明びめい」と書いてもらった。一種の芸術作品みたいだった。


「うーん、良い感じ」

「すぐ上手くなりますか」

「うん。五年は見よう」

「……」


 彼のいつも吊り上がっている目じりと眉が下がった。



– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –


 朝早くから白宵しらよいが訪ねてきたので、佐藤は寝起きで対応した。彼はいつ見ても浮世離れした雰囲気を保っているので感心しながら話をする。


月澄げっちょう、いい名前だね。登籍司の帳簿にも記録しておくよう手配するよ」

「ありがとうございます。……あの、何しに来られたんですか? 」

「師弟の顔を見に来るのに理由がいるのかな」

「いや、それは有難いんですけど、ちょっと時間が早すぎるんじゃないかと思って」

「……以前はこの時間にもう起きて瞑想を済ませていたはず」

「あ、そうでしたっけ」


 佐藤はギクリとして目を逸らす。中身が入れ替わったことを白宵しらよいに知られるのは都合が悪い。どう悪いか言語化できないけど悪いったら悪いはずだ。

 ていうか、雲香宮うんこうきゅうのスケジュールとりん 香寧こうねいのスケジュールは違うのかよ! と佐藤は内心で毒づいて話題を変えた。


「またお菓子を持ってきてくれたんですね。普段私は人里に降りないからこういうのを弟子に買ってやれないので助かります」

香寧こうねいは菓子を弟子にあげることはしなかった」


(もう帰れよコイツ~!)


– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –


 佐藤は手のひらサイズの兎の型に切った紙に息を吹きかける。地面に落ちた白いそれが膨らんで、等身大の大きさになった後に鼻先の部分をぴくぴくと動かす。


「逃げろ。捕まるな」


 そう聞くや否や、兎の敷き紙は猛スピードで林の中へ駆け込みあっという間に見えなくなった。二十数えた後に弟子がその後を追う。微明びめいは音もなく木の上から、月澄げっちょうはただただ匂いを追って猪みたいに真っ直ぐ進み、清揺せいようは術で式神の居場所を突き止めた後に少し遅れて走り出す。そのバラバラな動きに佐藤は頭を抱えた。


(うん、皆で協力して捕まえてって言ったよね!)

 

 目を閉じて皆の動きの気配を探る。どうやらほぼ同時に見つけたようだ。兎が立ち止まって草を突いているところを、動きが一番速い微明びめいが取り押さえようと飛び込む。それより先に兎の近くに石が投げられ、怯えた兎がまたとんでもない速さでその場から姿を消した。腕が空を切った微明びめいが着地し、石が投げられた方へ向く。


「直接当てて気絶させればよかったのに」

「そしたら微明びめいの手柄になる」

「逃がしたら意味がない」

「また追いかければいいだけ、 じゃあな!」


 男二人が地面と空中から競いながら兎を追いかける。兎は丁度空洞ができた木のうろの中で縮こまっていたので、互いに足に力を入れてそこへ踏み込む。手を伸ばして我先に兎を捕まえようとした瞬間、とんでもない悪念の気配を感じてすぐさま振り返る。右手を巨大化させる術を使った清揺せいようがそれを振り下ろすところだった。清揺せいようは二人に構わず、容赦なく獣の手を兎がいる場所へ叩きつける。鈍い音が響いた。


「私の勝ち! 」


 掴めるところ全てを握りしめたその手を見て男二人はゾッとする。咄嗟に横に避けたからいいものの、少しでも遅れていたら手に潰されて重傷を負っていただろう。


「おい清揺せいよう! 危ないだろ!」

「避けてって言ったわよ。心の中で」

「聞こえなかった」

「残念」


 小さくなった手のひらから、またもや小さくなった兎の型が現れた。直ぐに師匠がいる場所へ戻った三人は、師の表情を見て何を言われるか察した。


「私は何と言った? 」

「「「兎を捕まえる」」」

「『協力して兎を捕まえる』ね! 今日は清揺せいよう、昨日は微明びめい、一昨日は月澄げっちょうが他の二人に怪我させそうになったよね。毎回反省してるって言ってるけど口だけだよね」


 師匠が愚痴モードに入ったので、弟子たち三人は無言でお前のせいだと互いに責任をなすりつけあう。最終的に捕まえたのだから、過程は大目に見てくれていいではないか。


「はぁ、もし将来三人に悪念退治の依頼が来たら嫌でも協力しなきゃいけないんだよ。これはその練習であって……」

「師匠、この月澄げっちょうは一人でやれます」

「うるさい!驕るな! 」

「はい! 」


 怒られても嬉しそうな月澄げっちょうを横目に他の二人は呆れる。


「三人とも普段はいい子なのにこれに関しては反抗ばっかりだ。もういい。白宵しらよい師兄からもらった菓子はお預けだ」

「そんな! 」


 清揺せいようが思わず嘆く。佐藤は心を鬼にして自室へ戻った。

 それを見送った月澄げっちょうは意味ありげに二人に視線をやる。三人は顔を突き合わせて小声で作戦会議を始めた。


「いいか。師匠はお菓子は棚の上に置く。いつも朝の着替えの時に確認してるから間違いない」

「棚って入って右か」

「そう。本棚じゃない方。清揺せいよう、師匠の気が引けるやつ出せるか」

「毒蛇は? 噛まれたって言って騒げば師匠は優しいから慌てて降りてくる」

「箱ごと消えると怪しまれるから一人一個分しか盗めない」

「毎日ちょっとずつ盗ろうぜ。で、誰が噛まれる? 」

 

 月澄げっちょうは二人の視線を受けて舌打ちをした。三人の中で多数決は絶対だという取り決めがある。

 それぞれの配置についた少し後、全員佐藤が仕掛けた罠に捕まって正座させられていた。


「お前たちは! どうして訓練で私の言うことが聞けないのに! 悪戯では! 一致団結するんだ! 」

「師匠~、この月澄げっちょう、毒が回って死にそうです……撫でてください」

「うるさい!! もう治りかけてるだろ! 」


 実際その通りだった。月澄げっちょうの皮膚から取り出された毒が地面へ流れ落ちて蒸発した。


「今夜私と過ごすのは誰だっけ」

「はいはい!この月澄げっちょうです! 」

「今日は無しにしよう」

「おいお前ら! 今すぐ謝れ! 」

「師匠! これは月澄げっちょうが言い出したことです! 私は脅されて蛇を召喚しただけです! 」

「師匠、明日はさすがにありますよね……? 」


 師匠の微笑んだ顔を見て、三人はすぐに黙った。



– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –



 日に日に我が強くなる三人を微笑ましいと思いながら佐藤は困っていた。

 自分に素を見せてくれるのは本当に嬉しかったが、反面訓練では相手を陥れようとしたりその素質ゆえに修行の手順を踏まずに終わらせようとする。現代の価値観の、頭がいいから飛び級して勉強を先取りするのとは訳が違う。そのガタは己の精神を蝕むのだ。今はいいけど将来高位術を学ぶときにその癖は必ず仇となる。

 どうやって教えようかと頭を悩ませていると、白宵しらよいから何か困ったことがあれば手助けすると便りが届いた。正直、白宵しらよいに関しては信頼していない節があるが、彼はこの世界でりん 香寧こうねいの師兄であり人界最高の主導者だ。それとなく相談に乗ってもらおうと返事をしたところ、とんでもない答えが返ってきた。



【では道侶を作るのはいかがだろうか。君一人なら難しくても、他の者の言うことなら聞くかもしれない。丁度君に会いたいと言っている者がいるので紹介しよう。また、弟子の悪念の影響についてだが、彼は高位修行者だから問題ないだろう。それに君と双修することによって更に耐性がつくはずだ。彼は三日後の昼にはそちらに着く予定だ。私も手が空き次第そちらへ向かう。良い答えを待っている】


「いやおかしいだろ!!!!」


 佐藤はその手紙を何度も読み直して力いっぱい叫んだ。


(例えるならば、お母さんだけでは子供三人の面倒が見れないから怖いお父さんを作ってみればってことだろう! 双修って言葉も知ってるぞ! 大体がえっちな意味の修行! 作品で出てきた時はすけべ展開になるから読んでてワクワクしたのを覚えているけど! でも、でも! )


 佐藤はまた恐る恐る手紙を見た。やはり「彼」と書いてある。


(本当にお父さん来ちゃう~~~!!!!!)


 佐藤は親からの虐待の影響で人間不信なところがあり、他人と距離を詰めるのが苦手だった。なので実は恋愛関係になった人物がこれまでにいないのだ。性的指向は異性に向いていると思うのだが、面食いなので綺麗な男性の裸でもドキドキすることがあった。

 しかし、佐藤ではなく、りん 香寧こうねいはどうなのだろうか。


(もしかして原作ではりん 香寧こうねいに道侶が居たのか? それも男の……)

 

 ここで白宵しらよいがわざわざ男を紹介し、且つ双修を勧める意図が分からなかった。それがこの世界の普通なのか。それともりん 香寧こうねいは男が好きなのか? 答えが分からずに部屋をウロウロする。

 確か原作では主人公に女性の道侶らしき人物がいた。両片思いだったがお互い立場があったのでなかなかくっつかず、読んでてやきもきしたものだ。しかし、よくある展開の天気が悪くて崖下に閉じ込められてしまった二人が不可抗力で……ってやつで繋がったのは佐藤を含む読者が大盛り上がりした。

 ええと確か主人公の他にも……。


(あ! 黒焔魔尊にも居た! )


 佐藤は月澄げっちょうの笑顔を思い出して気持ちが少し沈んだ。例えるなら、親しい人が佐藤に黙って恋人を作っていた感覚に近い。佐藤は原作の展開を必死に思い出す。


(確か将来の月澄げっちょう───黒焔魔尊の伴侶は、主人公との闘いの最中に黒焔魔尊を庇って命を落とした。それに怒った黒焔魔尊は主人公を追い詰め、何万もの無関係な命を奪って人間界にとんでもない被害をもたらした。主人公はこの満身創痍状態でどうやって黒焔魔尊と最終決着を着けるのか、ってとこで更新が止まったんだよな)


 白宵しらよいに「私って男が好きなんですか? 」と聞くのは憚られるし、そもそも手紙が届くのに丸一日かかる。そんなことしていたら雲香宮うんこうきゅうにお父さん(仮)が先にやってきてしまう。


「師匠~? ご飯ですよ~? 」


 扉の向こうから月澄げっちょうの声がするので佐藤は一緒に下に降りた。

(そうだ! 子供たちにりん 香寧こうねいに親しい人がいたのか聞いてみよう! )


 弟子たちは庭の稲の育て方について議論していた。ひとまず清揺せいようの意見が通り、話題がひと段落したところで佐藤は話を切り出した。


「こほん、皆、聞きたいことがあるのだけど、私って、以前に付き合ってる人とか、恋人っていたのかな」


 一斉に音が止む。まるで少しでも動くと見えない暗殺者に狙われるような緊張感が漂っている。


(え……聞いちゃダメなやつ? でも雲香宮うんこうきゅうでは周りを巻き込む過度な恋愛は禁止ってだけで、基本的に自由だったはずだぞ)


 少し間があって、弟子が順に応える。


「いないと思います」

「はい」

「いません。どうしてそんなこと聞くんですか? 」


 いないことにホッとしつつ、最後の月澄げっちょうの反応に佐藤は後悔した。しつこいやつだ~。


「気になっただけ。いないなら問題ない。ところで話は変わるけど、明日お客さんが昼過ぎに来るから準備しておいてね」

「師匠の恋人が来るんですか? 」


(俺も喋っててそうなる流れだなって感じてたよ! )


 佐藤は墓穴を掘った。ついでにその穴に潜りたかった。


「違います! 白宵しらよい師兄の大事な友人だ。皆失礼のないようにね。もしかしたら雲香宮うんこうきゅうにしばらく居るかもしれないから、有難い教えを受けられるかもよ」

「私、師匠以外から学びたくありません」

「俺もです」

「でも皆私の言うこと聞かないよね」


 気まずいのか、それ以上弟子たちが話すことはなかった。

 


– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –



「師匠! お客様がいらっしゃいました! 」


 庭で野菜に水をやっていると 清揺せいようが洗濯物をもってこちらに駆け寄って来る。まだ昼じゃないから先に用事を終わらせようと思ったのに……と佐藤は思いつつ、じょうろを清揺せいように預けて室内へ入る。


 

 暖簾を潜って客室に入ると、丸机に腰かける人物が居た。傘と外衣が壁にかけられ、机上には湯気が立つお茶が置かれている。優秀な弟子がきちんと接待してくれたのだろう。ふと霊力の粗ぶりを感じたが、それは一瞬だったことと別の門派の来客もいるので気のせいだろうと佐藤は流した。

 布巾で顔を拭いていた人物は佐藤の姿を確認すると立ち上がって拝礼する。後ろで束ねている黒髪が優雅に揺れる。


(うお!でか! )


渡雲香君とうんこうくん。お目にかかれて光栄です。私は雅心宗がしんしゅう 清峻せいしゅんと言います」

「顧掌門、こんな辺鄙な場所までわざわざ来てくださったお客様に気を遣わせる訳にはいきません。ぜひ名前で呼んでください」

「では……香宗主」


佐藤が促すと清峻せいしゅんも座る。向かいでまじまじと見ると色んなところが大きいというのが分かった。まず身長がりん 香寧こうねいの頭一つ分高く、目もキリっとしていて肩幅も広い。手なんかりん 香寧こうねいの顔を覆えるんじゃないか? 戦隊ものの俳優をしてそうな、かなりの男前だ。

 佐藤は転生後、主に子供たちの相手しかしていなかったので、白宵しらよい以外の大人に会うのは初めてで今更ながら緊張してきた。


「今日はどうやってここへ来られたんですか? 」

(就職面接かよ!)


「途中まで卸剣していたのですが、山の二合目辺りで突然霊力が乱れまして。お恥ずかしい話徒歩で来ました」

「そうだったんですか。ですが予定では昼過ぎに到着と白宵しらよい師兄から……」

「……すみません。見栄を張りました。貴方に早く会いたくて走ってきました」


 照れくさそうに笑う彼に佐藤はギクッとした。道侶候補として紹介されているのは清峻せいしゅんも同意の上なのだろう。本当は今日、佐藤は断る心づもりでいるのだ。


鎮霊司ちんれいしと協力して悪念退治をした際、有難いことに白宵しらよい仙尊に評価していただいたんです。そこで渡雲香君とうんこうくんが弟子の教育に難儀していると小耳に挟み、若輩者ですが雅心宗がしんしゅうで弟子の指導を承っている私でよければお力になりたく、こうして参った次第です」


(えーと、雅心宗がしんしゅうはここよりもっと北にある門派で、 清峻せいしゅんはその門派の掌門でめちゃくちゃ有能で上の立場の人。鎮霊司ちんれいし白宵しらよい師兄が管理している中央修仙司の一つで魂の供養を主にやっている。渡雲香君とうんこうくんりん 香寧こうねいの通り名。正直俺は呼び方を変えたい。間にうんこって入るから)


 佐藤は 清峻せいしゅんをじっと見つめながら頭の中で情報を整理した。喋っている最中、 清峻せいしゅんはひたすら汗を拭いているので佐藤は声をかけた。


「走ってきてお疲れですよね。少し休まれますか? それか冷たいお茶を…… 」

「お気遣いなく。貴方に見られて緊張しているだけですので」


 修行が足りませんね、と朗らかに笑う相手に佐藤も顔が熱くなると同時に、あからさまな好意を向けられてかなり動揺する。


(確か高位修仙者はあんまり汗とかかかないもんね!それだけ相手も緊張してるってことか! )


「顧掌門、私にそんな緊張しないでください」

「いやいや、渡雲香君とうんこうくんの清らかな姿を御前にして、心が乱れないものはいません」


  清峻せいしゅんの耳が朱に染まる。どうしたもんだと佐藤は視線を漂わせて横にある小さな鏡を見る。そこにはりん 香寧こうねいがおり、 清峻せいしゅんと見比べて佐藤は驚愕した。


(りん 香寧こうねい、美人すぎるだろ!!!!そりゃ俺が愛想笑いすれば気まずい雰囲気になるなと思った!あとりん 香寧こうねいやたら尊敬されてるけどすごい奴なんだな!悪役のくせに! )


 佐藤はこれ以上ここの甘酸っぱい空気を吸いたくなくて腹を括る。


「ええと顧掌門、率直にお伝えします。……今回の道侶の件ですが───」



「道侶!?んっ 」


 月澄げっちょうが大声を出したので、微明びめいが素早く月澄げっちょうの口を塞ぐ。

 三人は屋根に上って師匠と客の会話を盗聴をしていた。清揺せいようが召喚した小さな蜘蛛を壁に貼った呪符の近くに置き、微明びめいが施した伝音術で蜘蛛を媒介にして離れていても会話を聞くことが出来た。しかし師匠に気付かれる可能性があったので、呪符の霊力に紛れるほんの僅かの短い時間しか効力がなかった。会話に雑音が混じり音質がどんどん乱れていく。師匠か来客のどちらかに気付かれるのも時間の問題だった。


白宵しらよい師伯からの手紙を読んだ師匠の様子がおかしかったって思ったの」

「恋人の有無を聞いてきたのも怪しかった」

「殺そう」

「待て。師匠に叱られる」


 月澄げっちょう微明びめいの腕の中で暴れだすので拳骨をするが、石頭なのでビクともしない。


「あ、気づかれた。降りるよ! 」


 弟子三人は十メートルはある高さから音一つ立てずに地面に降り立つ。殺気を隠して落ち込んだような演技をして入口に立ち、師匠を待った。

 案の定、怒った佐藤が姿を現わした。


「こら! 生き物で遊ぶなって言ったでしょ! こんなに小さいのに可哀相だ、呪符の近くで震えてたよ! 」

「はい、ごめんなさい師匠」


 清揺せいようは佐藤の手から小さな蜘蛛を受け取る。どうやら伝音術が相殺されて、清揺せいようの霊力が残った蜘蛛だけが気付かれたようだ。清揺せいようは手で隠した小さな生き物を労いの意味で小指でさっと撫でた。

 佐藤の後ろから 清峻せいしゅんが現れる。一瞬だけその場の空気が張り詰めたが、 清峻せいしゅんがお構いなしに話す。


「こちらが有名なお弟子さんたちですね。初めまして。雅心宗がしんしゅう 清峻せいしゅんと申します」

 

 弟子三人も丁寧に挨拶を返す。横目で師匠を見ると、満足そうに頷いていたので全員誇らしげになる。月澄げっちょうは師匠の目に見えない所で拳を握りしめる。


「顧掌門はしばらく雲香宮うんこうきゅうでご自身の修行も兼ねて滞在することになった。皆の修行も見てくれるそうだから、いい子にして言うことを聞くんだよ」

「え! 師匠、師匠に習います! 」

「私の言うことは聞かないだろう? 」


 佐藤の諦めがついたような笑顔を見て弟子たちに衝撃が走った。確かに、最近は師匠に甘えて好き勝手することが増えた。

 しかし、まさかそれが理由で師匠が道侶を迎えるなんて思いもしなかった! 自分たちの素行の悪さが原因だった事実に子供たちは固まり、戸惑い困惑する。


「私と顧掌門はまだ話があるから、悪戯以外のことをして過ごすんだよ。分かったね、いいね。聞けるね」


 やたら念を押す師匠に弟子たちが素直にこくこくと頷き、それを見た二人は背を向ける。

 建物に入る瞬間、 清峻せいしゅんが師匠に手を伸ばして、触れようとして止めた姿が弟子たちの目に映った。その刹那、大きな音が響いた。

 










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