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佐藤と香寧と弟子



───弟子たち三人が真っ当に生きる手助けをすることを、天と子供たち、そして白宵しらよい師兄に誓います!



 佐藤の誓いの言葉を最後まで聞いた白宵しらよいは深く頷いた後、快晴のような爽やかな笑顔になる。


「そうか。師兄はしっかりと聞き届けたよ。それで、具体的に何をするんだい? 」


 佐藤は固まった。 

 元の人格、香寧こうねいと手を組み、無垢な子供たちを悪役に育てた白宵しらよいに対して、今の人格の佐藤は違うということを明示するために思わず啖呵を切ったはいいものの、そう聞かれると困った。

 実際、現代人の佐藤が知識も無しに他人が作成した架空ファンタジーの世界で幼い子供をどうやって指導をしていくのか、把握しているはずもなかった。


「……分かりません。でも」

「でも? 」

「とりあえずお菓子を食べます! 」


 佐藤の背中に居る少年がうんうん、と頷く気配がする。 


「でしたら私が持ってきたお菓子がありますので話しつつ食べましょう。皆、お茶の準備を」 


 白宵しらよいが手叩いて声をかけると、弟子三人が佐藤の体から一斉に降りて同じ方向へ向かう。きっとそちらに台所があるのだろう。切り替えが早い子供の背中を微笑ましく眺めていると、袖から伸びた少女の右手に違和感を覚える。


(ん?灰色?)


 少女は既に他の二人に続いて突き当りの横の通路へ消えた。……もしかしたら見間違いかもしれない。

 佐藤が放心していると視線を感じる。ふとそちらを向くと白宵しらよいが何を考えているか分からない表情で香寧こうねい、もとい佐藤を見つめていた。


「な、なんですか。私の顔に何かついていますか?」

「ええ。目と鼻と口がついています」

「あ! 作者と同じこと言ってる! 」


 作品へのアンチコメント「作者は本当に見る目がない」に対して、作者の伊手オロギー先生は「いえ、私の顔には目と鼻と口があります」と返したのは読者の中で有名な話しだ。

 すごい!やっぱり作品は作者に似る!

 佐藤は感動した後、改めて絶望した。やはりここは中華ファンタジー『初雪戦火はつゆきせんか』の世界なのだとひどく実感し溜息をつく。

 隣で赤くなったり青くなったりと百面相を行う師弟の香寧こうねいに対し、白宵しらよいは閉口した。




– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –




「師匠、全部食べていいんですか?」

「師匠、お茶を飲んでください」

「師匠、これはなんていうお菓子ですか?とても可愛いです 」


「夕飯もあるからほどほどにね。お茶ありがとう、今は大丈夫だよ。花の形で可愛いね、でもなんだろう、白宵しらよい師兄に聞いてみようか」

 

 机の中央に広げた色とりどりのお菓子を子供たちと囲み、香寧こうねいはそれぞれ面倒を見る。

 口からお茶を零した金の瞳の少年の口元を布巾で拭いながら、白宵しらよいの方へ顔を向けた。


梅花糕メイファーガオと言います。香寧こうねい、あなたの大好物ですよ」

「あれ、そうでしたっけ」


 すっとぼける佐藤を白宵しらよいがまたじっと見つめる。気のせいでなければ、なんだか哀愁の念が込められているような。


「師匠はこのお菓子がお好きなんですか?では師匠が食べてください」


 少女がお菓子を差し出す。佐藤は無意識に少女の右手をさっと盗み見る。袖で半分隠されてはいるが、やはり毛が生えた手が覗いていた。恐らくだが、大型犬の手のようだ。


「師匠はお腹がいっぱいだから今はいらないよ。ありがとう。皆で沢山食べなさい」


(あ、また弟子たちの名前を聞きそびれた……)


「弟子たちのことは思い出したのかい? 」


 子供たちの名前を聞くためにどう切り出そうかと悩んでいると、白宵しらよいから助け舟が出される。ナイス質問、と脳内で親指を立てて佐藤はその船に勢いよく乗り込む。


「それが、実は曖昧でして、改めて教えてくれると助かりますんだけど」


 変な言葉遣いもそろそろ直さなければ。 


「……師匠、俺たちの事忘れたの? 」


 金の瞳の少年が菓子をボロボロと溢しながら驚いた顔をしている。よく見ると彼は前歯が一本抜けていた。それを見つけた佐藤は思わず口角が上がる。


「ごめんごめん。一時的なものだとは思うんだけど」

(すみません無理です!永遠に思い出せない! 闇落ち後の黒焔魔尊とか血冥鬼王とか万妖女帝みたいな中二病全開の二つ名ならすぐ思い出せるんだけど!)


「そうか。じゃあ簡単に説明しよう。そもそも香寧こうねい、君はなぜ弟子を取ったか自分で思い出せるかい? 」


 白宵しらよいが袖を払って姿勢を正したので佐藤も思わず背筋を伸ばす。


「ええと、私が優秀だからだと思います」


 半分冗談だったが、子供たち三人ともが頷いたので、佐藤は胸がキュンとなった。

 

「うん。ほぼ合っている。君は幼いころから優秀で、私の次に飛昇すると言われている。その才を次世代に繋げることは大事だ。───でも、一番の理由は君の特殊な体質にある」

「体質ですか? 」


佐藤はそんな設定あったっけと考える。弟子がパワーアップするためのアイテムとして香寧こうねいが八十六の肉塊にされたことだけは覚えていたが、細かいことはすっかり抜けていた。

 というかパワーアップするためになんでわざわざミンチにする必要があるんだ!?


「人間界と仙界以外の生き物は穢気えき魔瘴ましょうといった悪念あくねんを身に纏っている。人間はそれらに侵されると腐敗したり疫病にかかったりと負の影響を受ける。なので通常は結界を張って他世界から悪念あくねんに侵入されないようにし、る」

「はい」

「だが香寧こうねい、君は生まれつきその悪念あくねんの影響を一切受けない。それどころか、弱い悪念あくねんの持ち主だと香寧こうねいに近づくことすらできず、相殺されて滅されてしまう」

「おお、すごい。所謂チートってことですね……」

「うん? うん。君が理解していると受け取るよ」


 佐藤は少し咳払いをして真剣な表情を作った。思ったことが口に出てしまったみたいだ。

 白宵しらよいはチラリと三人の弟子を見て話を続ける。


「この子たちはそれぞれ悪念あくねんを纏っている。香寧こうねいや私以外の人間が近づくと少なからず悪い影響を受け、最悪の場合死に至る。生まれついての災厄だ」

「師兄!そんなことをわざわざこの子たちの前で言わなくてもいいでしょう! 」

香寧こうねい、これは大事なことで彼らにも自覚させるべきだ。それに話には続きがある。彼らは今は確かに災厄だが、その分霊脈れいみゃくが特殊でかなり強い。体内で悪念あくねんと常に拮抗しているほどだ。もしかしたら霊脈を操り、悪念あくねん自体を消すとまでは言わず、縮小させることができるかもしれない。そこで香寧こうねいの出番というわけだ」


 佐藤はようやく納得がいった。


「なるほど。私の特殊体質と才能で、彼らを教え導き悪念を制御させる方法を弟子に授けるという訳ですね」


(彼らを良い方向に進めさせることもできれば、わざと悪い方向を教えて闇落ちさせることもできるってことだな。きっと俺が転生する前の作品内での香寧こうねいは、その悪念あくねんってやつを増幅させて人工的に魔王を作りだし、弟子たちを悪役として主人公に差し向けたんだな……)


 佐藤は複雑な思いを抱えて、菓子を頬張る子供を見た。


(というか、この子たちは将来人間界を脅かすほどの存在にもなるポテンシャルを持っているのか?こんなに可愛いのに? 一人は歯が抜けている子も居るのに! というか、皆の身長を合わせても俺の背丈に到達できるかも怪しい……)


 実際はそんなこと無いのだが、佐藤は自覚がないまま既に弟子たちにメロメロだったので、子供たちが小さく愛らしく見えた。


三煞さんさつ、改めて師にご挨拶なさい」

「ごほっごほっ」 

「ああ、私は急がないからゆっくり食べてからでいいよ」

(ん?今なんか弟子たちを悪く言わなかったか? )

 

 お茶を飲んで息を整えた少女が手を合わせ、軽やかな声で自己紹介する。

「弟子、やなぎ 清揺せいようが師匠にご挨拶申し上げます」


吊り目の少年が控えめな声量で平坦に続ける。

「弟子、かく 微明びめいが師匠にご挨拶申し上げます」


最後に金の瞳の少年が歯抜けの笑顔で締める。

「弟子、阿野あやが師匠にご挨拶します!」


「おお~」


 佐藤は無意識のうちに拍手をした。子供たちはそれを見て幾分か得意げにしている。

 小さいのによく躾けられた子たちだ。佐藤が同じくらいの年の時は垂れた鼻水を拭いた袖がカピカピだったような気がする。白宵しらよいが小さく微笑み、目線で佐藤の手の動きを制す。


「ありがとう。ええと、清揺せいよう微明びめい阿野あや? 」

でもいいです」

「あ、そっか、「阿」が苗字なのか」

(さすが中華風ファンタジー、日本と違うな)


香寧こうねい、彼は親が居なくてそもそも名前がないため、君がと名付けたんだろう。意味は確か、……野蛮人」


 白宵しらよいは言いにくそうに最後の言葉を付け足した。それを聞いた佐藤は眩暈がして思わず項垂れた。


「……今度また新しい名前を付けてあげよう」

「? はい」

 

 不思議がる阿野あやに佐藤は罪悪感でいっぱいだった。お菓子を食べ終えた弟子たちはそれぞれの自室に戻り、部屋には香寧こうねいもとい佐藤と白宵しらよいだけが残った。子供たちが居なくなると活気が消え、一気に静かになったように感じる。


香寧こうねい、話を聞く限り君はまだ記憶が完全に戻っていないようだね。自分の体質のことも忘れているなんて驚いたよ。他に疑問があれば、帰るまでの間だけだが師兄が質問に答えてあげよう」


 疑問が山ほどある佐藤の心中を察したのか、白宵しらよいが切り出す。


「彼らをどう教え導けばいいのですか」

「君の部屋には無数の指南書があるだろう。そこに方法が書いてある」

「ええと、悪念をコントロールする方法もですか?」


 白宵しらよいが頷く。どうやらとにかくそれらに目を通して佐藤自身が勉強するしかなさそうだ。理解できるのか不安が半分、この時代の本が読めることに半分ワクワクする。


「あと、彼らのことで知っていることがあれば教えてください。それと私、虐待まがいなこともしていたんですけど、どうして偉大な白宵しらよい師兄は止めてくれなかったんですか?」

「教育方針は君に一任している。私を責めても今更遅い。彼らのことについては、また明日にでも霊脈を測ってみればいい」

「霊脈ってどう測ればいいんですか?」


白宵しらよいは何か言いたげにしながらも、白い手で香寧こうねいの腕を掴む。


「霊脈視は基礎中の基礎だ。きっとやり方を忘れていても、香寧こうねいの体が覚えているだろう」


 香寧こうねいの指先が白宵しらよいの手首に当てられる。その瞬間、佐藤は目の前に純白の光を感じ取った。それは清らかで高潔、俗世よりもっと天上に存在する気品を感じた。これが霊脈。人の体内に存在するエネルギーか。


「師兄はなんて美しいんでしょう」

「ありがとう」

「あの、男ですよね」

「師兄の意味も忘れたのか」

 

 白宵しらよいは心なしか香寧こうねいから距離を取り、話を続ける。


「弟子たちの生い立ちを話そう。まずは清揺せいよう。彼女は人間だが、幼いころに先代妖魔王に気に入られ将来の花嫁候補にされた。その証拠に右手が妖魔王の手と取り換えられている」


 少女の右手についている犬の手を思い出す。


「妖魔王の加護があるせいか、中級妖魔以下はほとんどが彼女の言うことを聞く。……良くも悪くも。彼女が傷ついて泣かされたことを知れば泣かせた相手を殺すこともする。それが原因で村を追い出され君のもとへ来た」

 

 佐藤は拳を握った。伊手オロギー先生、いや、伊手オロギー、絶対に許さない。


微明びめいは南方を守護するかく将軍の妾の子だ。しかし母親が血鬼、人の血を吸う鬼女だった。かく将軍はたまたま血鬼に耐性があり、子を為すことができた。しかし、相手が血鬼だと知った父親のかく将軍は微明びめいの前で母を殺し、微明びめいを追放した。それを私が拾った。見つけた時、腐った鹿の死体を食べて蟲に群がられ病死寸前だった」


 話を続ける白宵しらよいを佐藤は見つめる。


阿野あやは……正直私も分からない。魔界の大群が攻めて来て戦争が起きた際、戦場で血まみれになって泣いていたそうだ。まだわずか生後数か月だったが、戦場で傷一つなかったので忌み子として殺されそうなところを君が助けた」

「私?」

「そうだ。それから阿野あやは私の元で育てたが、数年前に悪念が暴走して、止めようとした修意が高い修行者を何人も傷つけた。君が駆け付けると阿野あやは途端に落ち着いたので、きっと彼は香寧こうねいの元でしか生きられないんだろう。ああ、あの時の阿野あやへ処分を求める声を治めるのは大変だったな……」


 白宵しらよいはしみじみと呟く。きっと罪にそぐわない寛大な対応をしたのだろう。佐藤は今すぐ子供たちの元へ駆けつけ、こう言いたくなった。


「君たちは悪くない!悪いのは世界!そして伊手オロギー! 」


白宵しらよい師兄、話してくれてありがとうございます。大体の疑問は解決できました」

「また何かあれば遠慮なく聞いてもらって構わない」

 

 話の終わりと言わんばかりに白宵しらよいが立ち上がる。その姿に佐藤は声をかける。


「まってください!なんとか炎、って男の子の捜索をお願いできますか? 人間界に住んでいて、今は凡人です! 」


 白宵しらよいの表情に、佐藤は笑顔で取り繕う。


「そんな子いっぱい居ますよね! また思い出したらお願いします! 」



– – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – – –



白宵しらよいが去った後、佐藤は迷子になりながら先ほど居た香寧こうねいの自室へ戻る。


(この家広すぎるだろ! というかそもそも家なのか? 林間学校で泊まった建物より広いぞ!)


 外はすっかり暗くなったが、あちこちに火が灯され家の中は明るい。壁に定期的に呪符が張っており、佐藤はそれが初見でも呪文が読めて意味が理解できた。


(香寧こうねいが設置した悪念避けのものだ。家の中は香寧こうねい自身が呪符の役割を兼ねるから、外からの魔のものを避ける意味合いのものだ。えー、これ分かっちゃう俺かっこいい……)


 転生者っぽいかも、と浮かれながら廊下を曲がると、扉の前に弟子三人が立っていた。


「師匠、お待ちしていました」

「どうしたんだ?」


 佐藤が駆け寄る。日中は暖かくても、太陽が沈むとひんやりとした冷気が廊下を漂っていた。弟子たちがいつからそこに居たかは知らないが、少なくとも子供たちを長時間立たせる訳にはいかない。


「あの、お菓子を食べてお腹いっぱいで、夕飯が食べられません」

「俺もです」

 

 清揺せいようが照れながら切り出し、阿野あやが同調し微明びめいが頷く。


「分かったよ。じゃあ今日は夕飯は無しだ」

「あの、夕飯後の鍛錬は」

「それも無しだ。記憶が混乱していて、私も今日は休みたい」

「分かりました。ではおやすみなさい師匠」


 また明日、と手を振って佐藤はそれぞれの背中を見送る。あ、と思いついて最後に大きめの声で語り掛ける。なるべく優しく聞こえるように。


「そうだ、夜中にお腹が空いた時は、遠慮なく師の元へおいで」


 はい!と満面の笑みで元気よく答えた三人に、佐藤は鼻を抑える。可愛くて思わず鼻血が出そうだった。

 佐藤は香寧こうねいの自室に戻ると、壁一面に収められた背表紙を見て頭を抱えた。明日までに効率よく情報を摂取したいのだが、どれから目を通せばいいのか分からない。とにかく物は試し、とのことで適当に手に取りページを捲る。すると、佐藤、いや香寧こうねいの脳は読んだ情報を処理し、意味と適切な単語を結び付けて読めば読むほど理解する。


(すごい!分かる、分かるぞ!!俺、今スパコンみたいだ!!!!)


 全知全能の神になったかのような錯覚を起こすほど、佐藤にはこの世界のことがすんなりと理解できた。そして子供たちにどう教え導くのかも答えを知った。


つまり、規則正しい生活習慣を送り、子供たちに合った教育方法を教える!!教育方法は子供たちによって変わるから都度聞き取りすること!!そして悪念の操作方法は個人によって変わる!!!


 いやだから操作方法がどれやねん!!!!結局教育方針も子供たちに聞かなきゃ出し!

 佐藤はフル回転する脳みそに振り回されつつも、子供たちに誇れる師になれるように指南書を読み漁った。



 そして夜が明けた。



「師匠~? 」


 阿野あやの声の後、扉をノックする音がして佐藤は我に返る。いつの間にか日は昇り、床は佐藤が読み込んだ指南書でめちゃくちゃだった。すごい、何時間も過集中できた!りん 香寧こうねいの体やるじゃん!

 多少のダルさは残ったものの、夜明けまで立ちっぱなしだった体に不調はない。徹夜明け特有の眩しさに目がやられる感覚もなく清々しい朝だ。


(そりゃ皆が仙人目指して修行するわ……)


 真髄に触れてしまった佐藤は扉を開ける。そこには予想通り金の瞳を持つ少年、阿野あやが佐藤を見上げて居た。開いた口には相変わらず前歯が一本分空いている。

 ……彼には一刻も早く新しい名前を付けてあげなければいけない。さすがに野蛮人は無い。


「おはようございます。ししょ……わ!」


 礼をして下を見た阿野あやが驚く。佐藤も釣られてそこを眺めると、なんと佐藤の服は帯が乱れて片足が裾から丸出しだった。


「あ、失礼。見苦しいものを見せたね」

 

 この服って下にズボンとか履かないのか……?

 意識すると途端に下が冷えた気がする。というかいつの間にか脱げたんだ。さっきまで本を読むマシーンと化していたので全く気付かなかった。


「い、いえ、師匠の着替えを手伝うのも弟子の役目です」

「そうなの!? 香寧こうねい自身が勝手に君たちにさせているんじゃなくて!?」

「はい。白宵しらよい師伯の所でも手伝いました」

 

(そうなの? 修行者って貴族みたいな振る舞いもするのか)


 そういえば本にも書いていた気がする。位が高い修行者の手伝いもすることが修行になるとか。上の者が下の者を使いたいからって都合よく書いたんじゃないか?

 阿野あやはテキパキとした動きでお湯を張った桶を部屋に運び込む。内心申し訳なく思いながらも、佐藤はお言葉に甘えることにした。どうせ服の着方も脱ぎ方も目の前の少年にしか分からないのだ。


「師匠、顔を洗ってください」

「わ~ありがとう……え、これ、俺……」


 差し出された綺麗な水面に香寧こうねいの顔が映り、佐藤は思わず息を呑む。


「顔面偏差値高くね……? 」


 阿野あやは佐藤の言葉の意味が分からず首を傾げた。


(すげ、目パッチリ二重で鼻高! うわあEラインあるんじゃね! 口元こんな綺麗に口角上がるもん!?てか髭は? 脱毛してんの? えーてか髪長ー!!うわ腰まであるぞ!茶髪だ!全然気づかなかった!さすが中華ファンタジー! )


 佐藤が香寧こうねいの外見に悶絶してあちこち角度を変え眺めていると、少年の視線を感じる。慌てて咳払いして取り繕う。

 転生したら慌てずに役に徹するとはなんだったのか。


「すまない、己が美しくて、つい見惚れていた……」


 静かな部屋に響いた声に、自分で言って佐藤は頬がポっと赤くなるのを感じる。いくら師匠が子供たちから刷り込みで無条件に尊敬されているとはいえ、この言動はさすがに呆れられてるなと思っていると、阿野あやは元気な声で答える。


「はい! 師匠は美しいです! 」


 零れそうな大きな金の瞳の荘厳さと、開いた口の歯が欠けたギャップが愛らしい。佐藤は思わず少年の頭を撫でる。少年の髪の毛はごわごわして野生の狼みたいな太い毛だ。暴れる毛先が適当に抑えつけられ、後ろに雑に纏められている。後ろから見るとまるで毛の固まりが歩いているみたいだ。


「あ、師匠、触ると俺汚いです……」

「そうなの?」

「はい、俺風呂が嫌いなので、汚いです」


 佐藤は思わず撫でた手を嗅ぐ。確かにツンとした匂いがした。佐藤も子供のころ風呂に入れない時期があったのでなんだか懐かしくなる。


「し、ししょ」

「あ! ごめん! つい! でもこの匂い癖になるんだよ、もう一回嗅がせて 」

「駄目です! 触らないで下さい!」


 逃げる阿野あやを追いかける佐藤の騒がしさに他の弟子も様子を見に来て、ついでに皆で鬼ごっこをした後に着替えをして朝ごはんを食べた。

 朝食は子供たちが用意したのだろう。味はお世辞にも美味いと言えなかったが、佐藤は文句ひとつ言わず完食した。

 さて、朝ごはんの後は修練の時間だ。佐藤は読みふけった指南書に書かれた、この場所───雲香宮うんこうきゅう───のスケジュール表を脳内に引っ張り出す。

 ようやく師匠らしいことが出来る。しかし、その前にすることがあった。

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