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Cutter  作者: ネイン
序章 邂逅と逃走
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2


「はあ、はあ、はあ」


おかしい、おかしい、おかしい


轟音を立てて崩れた前方のブロック塀に、全速力で回る足に急ブレーキをかけ来た道を振り返り全速力で駆け出す。


「ぐっ、はあ、はあ」


限界なんてとっくに超えていた。それでも命を脅かすそれから逃れるため、目いっぱい足を動かす。正直考える余裕なんてほとんどなかった。けれども今起きている状況に対する異常さには流石に気づく。今おきている異常は大きく二つ。一つはもちろんあの赤鬼。そしてもうひとつは、


「な、なんで、はあ、だれも、はあ」


今この町にはだれもいない。俺とあれ以外だれも。


最初に違和感を覚えたのは、無意識に向かった大通り。躍り出たそこには車も、人もいなかった。都会ではないが、田舎でもないこの町でこの光景は異様だった。静まりかえった通りにはただ役目を遂行する信号機や街灯だけがあった。もちろん思いっきり叫んだ。走り回った。それでも車の一台も、人の一人も見つけることができなかった。


「はっ、はっ、ふう~」


路地を曲がりに曲がり、あいつの姿が見えなくなったのを確認してから立ち止まり息を整える。バクバクと鳴る心臓の音が異様にうるさい。


よく考えたら最初から変だった。あれと鉢合わせた時、住宅街の真っただ中であんな甲高い咆哮が上がったのに、周りの家からは誰も出てこないし電気すらつかなかった。どうやら俺は、いわゆる非日常と呼ばれるものに巻き込まれていたらしい。あんな赤鬼がいる時点で今更だが。

幾度となく夢に描いた非日常。漫画やアニメの世界。しかし実際に巻き来れてみるといつもの日常に戻りたくて仕方がない。ついさっきまでバイトしていたのが嘘みたいだ。


「ハハ、どうしよう」


半ば絶望を含んだ笑いがこぼれる。あれとたった二人の世界。助けは期待できない。もちろんスマホは使えなかった。こういった状況にありがちな圏外表示。耳にはまっていたイヤホンも走っている途中で転げ落ちてしまった。ん?確かあれと遭遇した時、音楽は流れてたよな。あ、でもよく考えたらダウンロードした音楽だから電波なくても聞けはするのか。いや、でも無線イヤホン使ってたんだから電波自体は飛んでるんじゃ?ズボンのポケットに突っ込んでいたスマホを取り出すが相変わらずの圏外表示。ネットの電波は繋がらなくて、スマホとイヤホンをつなぐ電波は繋がるってどんな世界だよ。


どうすればいい。フィクションみたいにあれがこの世界の主で、あれを倒せば終わるのか?だとしてもどうやって?見ただろうあの巨体。それにまるで岩のような肌。刃物で傷つけられるだろうか?それにほら、こんな風にまるで発泡スチロールみたいにコンクリート壁を破壊するんだぜって。


「くそっ」


近くで壊れた住居の壁からあいつが出てくる。さっきまでのあきらめとは裏腹に、足は脳の指令に従い脱兎のごとく駆け出す。


やっぱりおかしい。


さっきからそうだ。あいつの移動速度は正直そんなに速くない。全速力で走ればなんとか振り切れはする。なのに撒いてもすぐに見つかってしまう。まるで俺の居場所が分かっていかのように唐突に現れる。もし本当に居場所が分かっているならどこに逃げても意味がないんじゃ。そんな弱気な考えを頭を振って追い出す。どうすればいい、このままだとジリ貧だ。息をついたおかげで体力は少し戻ったが、足はいつガタが来てもおかしくないほど消耗している。


「ぶっ」


なんとか打開策がないか考えていた俺の体が走る勢いそのままなにかにぶつかる。

なににぶつか、壁?

前に目を向けると灰色の壁が立ちふさがっていた。くそ、考え事をしてたからっていくらなんでもアホすぎる。ぶつかった痛みを無視してすぐにその場を立ち去ろうとする。しかし向いた先にはまた壁が。


「じゃあこっち..........マジか」


振り向いた先も壁。俺はいつのまにか袋小路に迷い込んでいた。

のし、と足音がする。反射的に顔を向けるとそこにはあれがいた。距離は約10メートル。必要ないと思ったのだろうか、さっきまでの駆け足はなく、ゆっくりとした足取りで追い込まれた俺へと迫ってくる。視線を上にあげると、頬いっぱいに裂けた口がニヤリとゆがんでいるのが見えた。


嵌められた。あいつ俺のことをここに誘導していたんだ。

正直舐めていた。あんな化け物に知能なんかあるはずないと。でも違った。むしろ俺の方があいつの手の平の上で踊らされている獲物に過ぎなかった。


くそ、どうする。もう逃げ場がない。周りの壁はよじ登れない高さではないけれど、どうやってもあいつが俺に追いつく方が早い。くそ、くそ、どうすればいい。考えろ。


打開策を考えながら、こんな状況になっても諦めようとしない俺自身に内心驚いていた。3年前のあの日からどこか空虚な気持ちを抱えながら生きていた。死にたいわけじゃない、でも生きる気力も確実に減ってきている、そう思っていた。だというのに俺ときたら、こんなよくわからない状況で、こんな絶望的な状況でもまだ生きようとしている。足掻こうとしている。


「ふっ」


呆れからか、思わず笑みがこぼれる。なんだ、あったじゃないか、俺の中にもまだ()()()()という意思が。ならまだ諦める訳にはいかない。死ぬわけにはいかない。


覚悟を決めたからだろうか。思考がクリアになり、現状を打破するであろう唯一の策が降りてきた。正直無謀だ。でもこれしかない。いつの間にかあいつとの距離ももう余りない。迷ってる暇はない!いざ前へ!


巨体ゆえの弱点、おろそかになった足元へ滑り込もうとした足は、しかし、前へ進むことはなかった。

突如として頭上から降り注いだ黒い影――。

それが、俺とあれを分かつように、ふわりと舞い降りた。



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