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瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


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半分を君に

仕立て屋を出たクラリッサは、辺りを見回した。

公爵家の馬車が停まっているはずの場所に、御者の姿はない。


不思議そうにしていると、隣を歩くセオドリックが口を開いた。

「目的の店は近い。歩いて行く」


意外だった。

公爵ともなれば、移動は馬車が当たり前だと思っていたのだ。

その驚きが顔に出ていたのだろう。


「領地の視察では、歩くことも多い」

「そうなのですか」

「ああ。馬車からでは見えないものもある」


クラリッサは感心したように頷いた。

その様子を眺めながら、セオドリックはふと思う。


即位記念パーティが終われば、多少は時間が取れるだろう。

その時は――。

(領地を案内するのも悪くないな)

屋敷の中だけでは見えない景色もある。

クラリッサがどんな顔をするのか、少し気になった。


「カフェ……楽しみです」

弾んだ声に、思考を引き戻される。


「本で読んだことはありますが、実際に行くのは初めてなんです」


青い瞳が期待に輝いている。

まるで子供のような反応に、セオドリックは思わず目を細めた。


「そんなに珍しいものか」

「はい。父が屋敷の外に出ることをあまりよく思わなかったので。夢のようです」

そう言って、クラリッサは少し照れたように笑った。

その笑顔を見て、セオドリックはわずかに眉を寄せる。


クラリッサの安全のためとはいえ、自分もまた彼女を屋敷に留めている身だ。

それは彼女にとって、父親と何が違うのだろうか。

調書によれば、母親を亡くしてから父娘の関係は疎遠になったという。

嫁いできてからも、手紙のやり取りはないと聞く。

あまり良い思い出がないのかもしれない。


「今はまだ難しいが」

不意に告げられ、クラリッサは顔を上げた。

「周りの目を気にせずに出歩ける日が、必ず来る。――それまでは少し辛抱してほしい」


意味が分からず首を傾げる。

けれど、その表情を見ているうちに、クラリッサは自然と察した。


屋敷にいると忘れかけてしまう。

使用人たちは変わらず接してくれる。

だが本来の自分は、敵国から嫁いできた人間なのだ。


龍人の中には、人間を快く思わない者もいるだろう。

胸の奥が、少しだけ重くなる。

その時だった。


「心配しなくていい」

静かな声が聞こえた。

「君が危険な目に遭うことはない」

低く落ち着いた声だった。

不思議と、安心する。


そこへ、少し後ろを歩いていたオスカーが口を開いた。

「万が一にでもはぐれないよう、腕を組まれてはいかがでしょう」


二人が同時に固まった。

オスカーは至って真面目な顔をしている。

「夫婦が寄り添って歩くのは、自然なことでございます」


それはそうなのだが。

クラリッサはそっとセオドリックを見る。

セオドリックも同じようにこちらを見ていた。

視線がぶつかる。


慌てて逸らしたのも、同時だった。

気まずい沈黙が流れる。

(嫌ではないかしら……)


初夜のことが頭をよぎる。

セオドリックは子供を望んでいない。

そんな相手に触れるのは、迷惑ではないだろうか。


だが、いつまでも立ち止まっているわけにもいかない。

意を決したクラリッサは、おずおずと手を伸ばした。


細い指先が、セオドリックの腕へ触れる。


その瞬間。


セオドリックの身体がぴくりと強張った。


「あ……」

しまった。

やはり嫌だったのだろうか。

クラリッサは慌てて手を引く。

「やはり、近くを歩くだけで大丈夫です」


そう言って手を離そうとした時だった。

ひんやりとした感触が、クラリッサの手を包んだ。


「……セオドリック様?」

セオドリックがクラリッサの手を握っていた。


本人も無意識だったのだろう。我に返ったように目を見開いている。


それでも、手は離れない。


「あの……」


セオドリックの指先に、少しだけ力がこもる。


「……嫌か?」

その問いに、クラリッサは慌てて首を横に振った。

「い、いえ!」

嫌なわけではない。


ただ――。

(手を繋ぐなんて……)


腕を組むより、よほど恥ずかしいかもしれない。

じわじわと、熱が頬へ集まってくる。

まともに顔を見ることができない。


「なら、そのままで」

短い言葉だった。

それでも不思議と、嬉しかった。

「……はい」

小さく返事をするクラリッサの心臓は、うるさいほど鳴り続けていた。


二人は手を繋いだまま歩き出した。

その少し後ろで、気配を消したオスカーが満足そうに頷いていた。


◇◇◇


しばらく歩くと、目的のカフェが見えてきた。


店内は多くの客で賑わっている。


セオドリックとクラリッサが入口に立つと、案内役が扉を開いた。

「公爵様、ようこそお越しくださいました」


案内されたのは、店の奥にある個室だった。

席に着くと、クラリッサは早速メニューを手に取る。


「わあ……」

目を輝かせながら、ページをめくった。


季節限定のケーキ。

果実をふんだんに使ったパフェ。

色鮮やかな飲み物。

本で見たことのある、生クリームたっぷりのデザート。


(まさに求めていたクリームの海……!)

思わず感動していると、オスカーの咳払いが聞こえた。


(はしたなかったかしら……)

慌てて背筋を伸ばす。


だが、オスカーが注意したかった相手はクラリッサではなかった。

メニューには目もくれず、奥方ばかり見ている主人の方である。


セオドリックはオスカーの意図に気付き、

「……決まったか?」

話題を変えるように尋ねた。


「まだ決まらなくて……」

定番を選ぶべきか、それとも季節限定に挑戦するべきか。

どちらも魅力的で、決められない。


今まで自分で選ぶ機会が少なかったせいだろうか。

ドレス選びの時と同じように、また悩んでしまう。

(私って、優柔不断だったのね……)

新たな自分を発見した気分だった。


クラリッサは悩んだ末に

「このおすすめセットにします」

定番メニューを選んだ。


注文を終えてしばらくすると、デザートが運ばれてくる。

クラリッサの前には定番セット。

セオドリックの前には季節限定セット。


(セオドリック様が甘いものを召し上がるなんて、珍しい)


最近気付いたことだが、セオドリックは食後のデザートをほとんど食べない。

甘いものが苦手なのだと思っていた。

不思議そうに眺めていると、セオドリックが少し視線を逸らした。


「その……」


珍しく、歯切れが悪い。


「半分こしないか?」


「え!?」

「ぶふっ!」

クラリッサの声と、オスカーの吹き出す声が重なった。


セオドリックが無言でオスカーを睨む。

オスカーは慌てて口元を押さえた。


(セオドリック様の口から『半分こ』なんて可愛らしい言葉が出るなんて……!?)


驚きで、胸がいっぱいになる。


「半分こ、しましょう」

嬉しそうに微笑むクラリッサを見て、セオドリックはわずかに肩の力を抜いた。


結局。

セオドリックはほとんどケーキに手を付けず、気付けばクラリッサが両方の皿を綺麗に平らげていた。


(とっても美味しかったけど……)


空になった皿を見つめる。


(せっかく注文したドレスが入らなくなったらどうしましょう……!?)


ただでさえ公爵家の食事は美味しく、最近は食べる量も増えている。


今日の夕食は少なめにしてもらおう。

そう密かに決意するクラリッサであった。

お読みいただきありがとうございます。

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