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瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


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8/31

また一緒に

クラリッサは、帝国の礼儀作法や夜会のマナーを学ぶ日々を送っていた。


朝から食事の作法、貴族同士の会話、皇城での振る舞い——覚えることは山ほどある。


「糖分がほしい……」

思わず机に突っ伏しそうになった。


公爵家で出される菓子は、上品で洗練されたものばかりだ。もちろん美味しい。

だが、疲れ果てた今この瞬間は、クリームをたっぷり使った甘い菓子がほしい。


「近々、旦那様から良いお話が聞けると思いますよ」

エレノアが意味深に微笑む。


セオドリックと甘い菓子がどうにも結びつかず、クラリッサは小首を傾げた。


そんな話をした日の夕食のことだった。


「明日は出掛ける支度をしてくれ」


セオドリックの言葉に、クラリッサは思わず顔を上げた。


「帝都の仕立て屋へ行く」


セオドリックが採寸をしたのは百年ほど前らしい。改めて採寸を行うことになったのだと、オスカーから聞いていた。


「採寸ですね」

「そうだ。その後は……」

そこで、セオドリックの言葉が止まった。


普段の彼は、必要なことを必要なだけ口にする。それが言葉を探すように間を置いている。


セオドリックはわずかに視線をずらして言った。

「カフェに行くのはどうだ?」

「カフェですか!?」


カフェ。小説で何度も目にした、憧れの場所。

クリームたっぷりのケーキ、バターの香り豊かな焼き菓子——本当にそんなものが食べられるのだろうか。

胸が高鳴った。


それに、婚姻の儀の日以来、クラリッサは公爵邸から出ていない。久しぶりの外出というだけで、純粋に楽しみだった。


「楽しみにしております!」


そう答えると、セオドリックはわずかに目を細めた。



翌日。


公爵家の馬車が、帝都でも有数の高級仕立て店の前で止まった。

扉が開くと、店主をはじめ従業員たちが一斉に頭を下げる。


「ノルデンフェルト公爵閣下、公爵夫人様。お待ちしておりました」

案内されたのは最上階の個室だった。店全体を見渡せる、豪華な造りの部屋である。


(やっぱり公爵家はすごい……)


感心していると、若い女性の意匠師が恭しく頭を下げた。


「奥様はこちらへおかけください」


席には高級そうなティーセットが用意されており、その横には分厚い冊子が置かれた。


「前回はお気に召すものが少なかったのかと思いまして、他のデザインをご用意いたしました」

先日見たカタログの三倍はありそうだ。


(気に入らなかったのではなく、予算の都合だけど……)

そう言えるはずもなく、クラリッサは大人しく冊子を開いた。


しばらくして、セオドリックの採寸が終わる。席を立とうとしたクラリッサへ、セオドリックが声をかけた。


「そこから好きなものを選べ」

「私が、ですか?」

「ああ」


冊子には夜会用のドレスから茶会用、外出着、普段着まで並んでいる。どれも見事なものばかりだった。


「選べと言われましても……」

困惑するクラリッサに、セオドリックはごく当然のように言った。


「冊子にあるものを全て頼んでも問題ない」

クラリッサは思わず顔を上げた。


「全て、ですか?」

「ああ」

当たり前のように頷かれる。


そんな買い方は悪役令嬢くらいしかしないだろう


——そう思いながらも、以前エレノアとオスカーに言われたことが頭によみがえった。


公爵夫人に相応しい装いは必要であること。

公爵家の金を使い、経済を回すことも貴族の務めであること。


自分が使う金は、自分だけのためではない。

仕立て店も、職人も、商人も、その先にいる領民たちも支えている


——だから、必要なものにはきちんと金を使わなければならない。

それもまた、貴族の責務なのだ。


(それなら……)


クラリッサはある考えに至った。セオドリックの隣に立っても、おかしく見えないものを選ぼう。


深い青。淡い銀。華やかな刺繍。流行の意匠。


様々なドレスを眺めながら、隣に並ぶ姿を想像してみる。だが。


(こちらも似合いそう)


ページをめくる。


(これも似合いそう)


さらにめくる。


(こちらも……)


結局、どれを選んでもセオドリックには似合ってしまう。

整った容姿、長身、洗練された立ち居振る舞い——どんな装いであっても、彼は完璧に着こなしてしまうだろう。


「似合わないものがありませんね……」


思わず本音が漏れた。


「ああ。どれもよく似合うだろう」

セオドリックは即答した。

クラリッサは思わず顔を上げる。

セオドリックは至って真面目な顔をしていた。


(心の声が漏れていたのかしら……)

不思議と嫌味には聞こえない。

事実だからである。


もちろんセオドリック本人は、「クラリッサならどのドレスも似合う」という意味で言ったのだが——二人は見事にすれ違っていた。


この方の隣に立つのなら、少し華やかな方がいいだろうか。けれど派手すぎるのも違う気がする。考えれば考えるほど、答えが出ない。


そんな様子を見かねたセオドリックが口を開いた。


「そんなに悩むなら、やはり全て仕立てよう」


部屋の空気が変わった。店主も意匠師も目を輝かせる。


「だ、駄目です!」

クラリッサは慌てて立ち上がった。


「こんなにたくさん、衣装室に入りきりません!」

「ならば別の衣装室を作ればいい」

「いけません!」


横ではオスカーが静かに一言添える。

「旦那様は本気でございます」

「本気だから困るんです!」


どうすれば止まるのだろう。必死に考えた末、クラリッサはふと思いついた。


「またこうして、セオドリック様と一緒に買いに来たいので——今日は数着にします」


静寂が落ちた。


まるで誰かが時間を止めたかのようだった。

何かまずいことを言っただろうか。

不安になって顔を上げると、セオドリックは完全に固まっていた。


「セオドリック様?」

呼びかけても反応がない。


その隣で、オスカーが小さくため息をついた。

「……今のうちに決めてしまいましょう」


意匠師が新たな冊子を持ってくる。

「令嬢方に人気のデザインをまとめたものがございます。組み合わせることも可能ですよ」

その助言を受けながら、クラリッサは公爵夫人として必要になるであろう衣装を、慎重に選んでいく。


意匠師が新たな冊子を持ってくる。

「令嬢方に人気のデザインをまとめたものがございます。組み合わせることも可能ですよ」

助言を受けながら、クラリッサは公爵夫人として必要になるであろう衣装を、慎重に選んでいく。


こうして注文を終え、クラリッサはセオドリックと共に仕立て店を後にした。


――これから毎月のようにドレスを仕立てることになるなど、この時のクラリッサはまだ知らなかった。 

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