花咲く世界で
占い師から渡された一枚の紙を手に、セオドリックとクラリッサは領都の外れを歩いていた。
紙には「開運スポット」とだけ記されており、簡単な地図らしき線が描かれている。
「……これで五つ目」
足を止めたクラリッサが、小さく肩を落とした。
二人の前には、左右へと伸びる分かれ道。
ここまで来る間にも、同じような分岐を四度通ってきた。
「どちらに進みましょう……?」
紙にはどちらへ進むべきかまでは書かれていない。
ここまでは領都に詳しいセオドリックの案内で来たが、今回ばかりは彼も、紙と分かれ道をしばらく見比べたまま黙り込んだ。
そして、静かにクラリッサへ向き直る。
「君が選びたいと感じる方へ進もう」
クラリッサは目を瞬かせる。
「でも、私はこの辺りのことは詳しくありませんし……」
セオドリックは軽く首を振った。
「ここは領都ではないようだ」
「えっ!?」
クラリッサは慌てて辺りを見回す。
「一つ目の分かれ道の辺りから、別の空間に入り込んだような感覚がある」
「別の空間……?」
「悪い気配はない。君が選ばなければ、たどり着けない気がする」
セオドリックは占い師から受け取った紙へ視線を落とした。
クラリッサも紙と二つの道を見比べ、ゆっくりと息を吸う。
「……わかりました」
意を決したように頷くと、左の道を指差した。
「左にします」
選んだものの、自分が選んだ道でいいのか、と不安になる。
セオドリックは頷き、そっとクラリッサの手を取る。
「進もう」
短い言葉だったが、繋がれた手には確かな力が込められていた。
クラリッサの表情から緊張がほどけ、小さく微笑んだ。
「はい」
二人が左の道をしばらく進むと、木々の隙間から眩しい光が差し込んだ。
セオドリックが不意に足を止める。
「どうやら、目的の場所は近そうだ」
クラリッサがその先へ目を向けると、木々の向こうに空を覆うほどの巨大な木が姿を現した。
あれほどの大きさなら、五つ目の分かれ道へたどり着く前から見えていても不思議ではない。それなのに、その姿は今までどこにもなかった。
正しい道を選んだからこそ、現れたのだろうか。
「よかった……」
安堵の息とともに漏れた声に、セオドリックは穏やかに頷く。
「行こう」
二人は繋いだ手を離すことなく、大樹を目指して歩みを進めた。
◇
かなり離れているように見えた大木にはすぐに辿り着いた。
空を覆うほどの枝葉を広げた一本の大木が、静かに根を張っていた。
幹はあまりにも太く、見上げても頂は葉に隠れてよく見えない。
「……大きいですね」
「これは見事だな」
セオドリックも感嘆の息を漏らす。
クラリッサは幹へそっと手を伸ばし、ごつごつとした樹皮へ触れる。
ひんやりとした感触だけが掌へ伝わった。
(……何も起きないわ)
小説ならば、こういう場面では主人公が木に触れた瞬間に光ったり、天から『よくぞ参った』とお告げがあったりするものだが。
そして、隣に立つセオドリックも幹へ手を当てた、その瞬間だった。
♪パパパパーン!!
どこからともなく、派手な音が森中へ鳴り響く。
「っ!」
セオドリックは反射的にクラリッサの腕を引き、そのまま胸元へ抱き寄せた。
鋭い青い瞳が周囲を見渡す。
木々の間。茂み。空。
音の発生源を探るように全方位へ視線を走らせる。
「セ、セオドリック様……」
鳴り止まない音に、クラリッサは思わず彼の服をぎゅっと掴む。
悪い気配はないと言っていたが、現実離れした出来事を前に、不安は消えなかった。
その時だった。
「おめでとうございま〜す!」
妙に間延びした、呑気な声が森に響いた。
「…………」
「…………」
二人は顔を見合わせる。
警戒すべきなのか、それとも呆れればいいのか判断できない。
声は構わず続いた。
「試練を乗り越え、辿り着いたお二人には〜……」
わずかな間。
そして、やけに勢いよく叫ぶ。
「祝福を〜!!」
次の瞬間。
ぶわり、と。
大木の枝という枝に、一斉に花が咲いた。
白、桃、青、黄色。
色とりどりの花々がまるで爆発するように開き、花びらが風に舞い上がる。
「わぁ……!」
クラリッサは思わず声を上げた。
先ほどまで緑一色だった大樹が、一瞬で花の衣をまとっている。
幻想的な光景に、青い瞳がきらきらと輝いた。
「すごい……!」
セオドリックはクラリッサから体を離し、枝葉の奥をじっと見つめていた。
やがて何かに気付いたように、小さく息をつく。
「わかった」
「セオドリック様?」
「これはあの占い師が仕掛けた魔法だろう」
花びらが舞い散る中、セオドリックは静かに周囲を見渡した。
「魔法の中には、自らの世界を創り出すものがあると聞いたことがある」
クラリッサは驚いたように目を見開く。
「世界を……?」
「ああ。現実とは完全に切り離された空間だ」
セオドリックは手の中の紙へ視線を落とした。
「これが入口を開くための媒介だろう。これを持つ者だけが、この世界へ招かれる」
セオドリックはクラリッサに紙を渡し、大樹を見上げる。
「この木も本来の領都には存在しない。この世界だからこそ存在できる」
クラリッサは感心したように紙を撫でた。
「占い師さんはご自身の世界への招待状をくださったのですね」
セオドリックは小さく頷く。
「別料金というのは入場料ということだ」
「そういうことですか」
クラリッサが思わず笑うと、セオドリックの口角も上がった。
その瞬間、風がふわりと吹き抜けた。
満開の花々が揺れ、色とりどりの花びらが二人を包み込むように舞い上がる。
「……」
クラリッサは思わず息をのんだ。
花吹雪の向こうで微笑むセオドリックは、まるで一枚の絵画のようだった。
陽の光を受けて銀色の髪がきらめき、青い瞳は穏やかな光を宿している。
舞い散る花びらさえ、彼を引き立てるために存在しているように思えた。
(綺麗……)
思わず見惚れてしまう。
本人はまったく自覚がないのだろう。
「どうした?」
視線に気付いたセオドリックが、不思議そうに首を傾げる。
「い、いえ……」
クラリッサは慌てて目を逸らし、熱くなった頬を隠すように微笑んだ。
「そろそろ良い時間でしょうか。戻りましょう」
夕食の時間が近いはずだ。
「ああ」
セオドリックも頷き、二人は来た道へ戻ろうと振り返る。
「……?」
そこにあるはずの道は、跡形もなく消えていた。
「そんな……」
クラリッサが辺りを見回すと、大樹の向こう側へ続く細い道が新たに姿を現している。
「あちらに道があります」
「なるほど」
セオドリックはその道を見つめ、小さく呟いた。
「一度選んだ道は、後戻りできないということか」
その言葉が、静かに胸へ落ちる。
そうだ。
これから先も、自分の選択によって未来は変わっていく。
一度選んだ道を、なかったことにはできない。
けれど――。
(私がどのような道を選んだとしても)
花びらが風に乗って優しく舞う。
(未来は、この花びらのように明るく、あたたかなものになるのかもしれない)
占いの結果を聞いてから胸の奥に残っていた不安は、いつの間にか消えていた。
クラリッサは隣を歩くセオドリックへそっと視線を向ける。
(セオドリック様と二人で歩む未来なら、きっと大丈夫)
そう思えた瞬間、花びらが祝福するように二人の間を静かに舞い抜けていった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークやリアクションも、大変励みになっております。




