迷いの朝
領地へ到着して四日目の朝。
「せっかくの新婚旅行だというのに……」
クラリッサの髪を梳かしながら、ミレイユはこれ見よがしにため息をついた。
「旦那様にはもう少し、新婚らしいことを考えていただきたいものです」
「私が視察に付いて行きたいとお願いしたのだからおかしくないわ」
「ですが……」
「それに、今日は領都へ行けるわ」
ミレイユはぱっと顔を輝かせると、用意していた淡い空色のドレスを掲げた。
「目一杯おしゃれしましょうね」
「ええ」
そう答えながらも、クラリッサの脳裏には昨日の光景がちらついていた。
セオドリックの指示がなくとも先を読み、必要な準備を整えるアレクシス。言葉を交わさなくても、互いの考えを理解しているような二人。
あの光景を思い出すと、少しだけ胸が締め付けられる。
全て一人で抱え込まなくてもいいとわかってはいる。
しかし、知識も経験もあり、セオドリックに頼りにされているアレクシスがどうしても羨ましいのだ。
(比べても仕方がないのに……)
そこまで考えて、ふと昨日のアレクシスの言葉を思い出す。
――公爵様の隣に立てるのは、あなただけですから
あれはどういう意味だったのだろうか。
未熟な自分がセオドリックの隣に立っていてもいいのだろうか。
浮かない顔をしたかと思えば、何かを考え込むように黙り込む。
ころころと表情を変える主人を見つめ、ミレイユは小さく笑みをこぼすと、そっと身支度の最後の仕上げにかかった。
クラリッサが窓辺へ目を向けると、飾られた雲うさぎが目に入った。
昨日と同じ顔のはずなのに、今日はどこか胸を張り、「頑張れ」と気合を入れているように見える。
「雲うさぎが応援してくれているみたい」
ミレイユは雲うさぎには目を合わせないまま
「きっと今日は良い一日になります」
とクラリッサを励ました。
支度を終えたクラリッサは、セオドリックが待つ玄関ホールへ向かう。
「お待たせしました」
セオドリックは姿を現したクラリッサを見て穏やかに目を細めた。
「その服もよく似合っている」
「ありがとうございます」
短いやり取りに、少しだけ頬が熱くなる。
それを見届けたミレイユは、満足そうに二人を送り出した。
◇
領都の大通りは朝から多くの人で賑わっていた。
市場には色鮮やかな野菜や果物が並び、焼きたてのパンや菓子の甘い香りが風に乗って漂ってくる。
こうして肩を並べて歩いていると、帝都を散策した日のことを思い出す。
あの日は人混みではぐれないよう、自然とクラリッサの手を取った。
セオドリックの指先が、一瞬だけ彼女の手のほうへ動きかけ、不意にクラリッサが足を止めた。
「あそこは何でしょう?」
視線の先では、一軒の館の前に長い列ができていた。
「何だか賑わっていますね」
「ああ。最近できた店らしい」
店の入口には異国の文様が描かれた布が飾られ、人々は期待に満ちた表情で順番を待っている。
看板を見ると『占いの館』と書かれている。
「占い、ですか」
「店主が異国で修行を積んだ占い師だそうだ。よく当たると評判で、皇都から訪れる者もいるらしい」
「皇都からも……?」
驚いたように列を見つめるクラリッサ。
「少し気になります」
その言葉に、セオドリックは小さく頷いた。
「並ぶのが苦でなければ、試してみるか」
「はい!」
◇
しばらく待ち、ようやく二人の番が訪れる。
案内された部屋は外の賑わいとは対照的に静かで、窓辺には見慣れない花が飾られていた。
「ようこそ」
出迎えたのは、藍色のローブを纏った人物だった。フードを目深に被り、覗くのは口元だけ。その姿からは、性別すらも読み取れなかった。
「おや。皇族の方がお越しになるとは」
「……!」
クラリッサは思わずセオドリックを見上げた。
セオドリックも僅かに目を見開く。
「評判が届いたということは、私の腕もようやく認められてきたようですね」
占い師はくすりと笑う。
「なぜ、そう思う」
セオドリックが尋ねると、占い師は悪戯っぽく肩をすくめた。
「占い師が種明かしをしてしまっては、商売になりません」
二人の緊張が少し解けたのを見計らい、占い師が促した。
「では、お二人ともお掛けください」
向かい合う席へ腰を下ろすと、占い師は二人を交互に見つめる。
「さて……」
占い師の背後には、色鮮やかな石と、一組のカード、そして見たこともない金属の円盤が並べられていた。
「恋愛運や金運、仕事運を占われる方が多いですね。もっとも、龍人の方は相性占いを選ばれることはほとんどありません」
占い師は肩をすくめ、小さく笑う。
「一番得意なのですけれどね」
確かに、龍人には必要のない占いだ。
(香りでわかるのだから……)
クラリッサは思わず隣のセオドリックをちらりと見つめ、少しだけ頬を染めた。
「お客様は何を占われますか」
胸に浮かぶ答えは、一つしかない。
公爵夫人として、セオドリック様に相応しい自分になれるだろうか。その答えを、少しだけ覗いてみたい。
(だけど、それをセオドリック様の前で言うのは……)
迷うクラリッサの表情を見て、占い師は優しく微笑んだ。
「願いが叶うかどうかを占うこともできますよ」
クラリッサはそっとセオドリックを見上げる。
セオドリックは急かすことなく、小さく頷いた。
その一つの頷きに背中を押されるように、クラリッサは決意を固める。
「……占ってください」
「承知しました」
占い師は見慣れないカードの束を手に取る。
「この占いでは、最初に選ばれた一枚が、あなたの運命を映し出します」
静かな声が部屋に響き、空気がぴんと張り詰める。
「さあ、お選びください」
クラリッサは小さく息を吸い込み、ゆっくりとカードへ手を伸ばした。
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