晴れを願う雲うさぎ
雲うさぎを描いてみました。独特な絵を描く家族の絵を参考にしてます。よろしければご覧ください。
「指輪が出来上がるのが楽しみですね」
湯上がりのクラリッサの髪を拭きながら、ミレイユが嬉しそうに微笑む。
「ええ。本当に」
完成までまだ少し時間はあるけれど、お揃いの指輪を思うだけで胸が温かくなる。
その時、外から激しい雨音が聞こえてくる。
廊下の窓を覗けば、空は厚い雲に覆われ、突然の大雨となっていた。
「あら……」
雨粒は屋根を激しく叩き、庭の草木を揺らしていた。
「この雨……明日まで続くのかしら」
「どうでしょう。この辺りの天気は変わりやすいですからね」
ミレイユがそう答えたものの、雨脚は弱まる気配を見せない。
「明日は領都を散策される予定でしたね」
「ええ……」
この雨では難しいかもしれない。そう思いながら窓の外を見ていたクラリッサだったが、ふと何かに思い当たったように顔を上げた。
「そうだ、用意して欲しいものがあるのだけど……」
いくつか伝えると、ミレイユは不思議そうな顔をする。
部屋に戻り、ミレイユが用意したものを並べていく。
白い布と万年筆、少量の綿と糸。
「これをどうするんですか?」
「お母様が教えてくださったおまじないがあるの」
クラリッサは白い布を丸めて綿を詰め、一部を糸で結ぶと、長い耳をつくった。
「雲うさぎよ」
「確かに、ここはうさぎの耳のようですね」
結ばれた箇所を感心したように眺めるミレイユ。
「雲うさぎは空を飛び回り、雲を運んで晴れにしてくれると言われているの」
「へぇ〜!」
「あとは顔を描いて、窓辺の近くに置いておくのよ」
すると、部屋に入ってきたセオドリックが机の上の綿や糸に目を向ける。
「何か作っているのか」
「おまじないの雲うさぎです。明日晴れますように、とお願いするのです」
セオドリックはクラリッサの手元の雲うさぎをしげしげと眺めた。
「セオドリック様が顔を描いてくださいませんか?」
「私が?」
期待するような眼差しを向けるクラリッサ。
セオドリックは首を横に振る。
「君が描いた方がいい」
「二人で願った方が、きっと雲うさぎも頑張ってくれます」
「しかし、私は……」
しばし逡巡した後、楽しそうなクラリッサに負け、万年筆を手に取るセオドリック。
「期待はするな」
そうして出来上がった雲うさぎ。
「まあ……」
「君が描いた方がよかっただろう」
インクが滲んだ雲うさぎの瞳は、どこか虚ろだった。
(セオドリック様にも苦手なことがあるのね)
意外な一面に、クラリッサの口元から思わず笑みがこぼれる。
「これはこれで、かわいいですわ」
「ね、ミレイユ」
振り返ると、ミレイユは目線を天井に向けている。
「どうしたの、ミレイユ」
「……目を合わせてはいけない気がしまして」
必死に何かを堪えている様子のミレイユは机の上を片付けると、「それでは、おやすみなさいませ」と一礼し、そそくさと退出していった。
クラリッサは明日の晴れを願いながら、静かに目を閉じた。
二人の寝室の窓辺には、雲を連れていくよりは雲を引き連れてきそうな雲うさぎが、堂々と鎮座していた。
◇
翌朝。
昨夜よりもさらに激しい雨が屋敷を打ちつけていた。
寝室の雲うさぎのインクは湿り、涙を滲ませているように見える。
「この雨では視察への同行は難しいですね」
アレクシスの言葉に、セオドリックは静かに頷く。
「川の水位を見にいく」
「報告にあげた件ですね」
「直接見て対策を講じる」
「かしこまりました」
話が次々と決まっていくことに、クラリッサはやや慌てた。
(そういえば)
直近の資料に、氾濫が危ぶまれる箇所の報告があった。そのことだろうか。
セオドリックはクラリッサに視線を向ける。
「今日はアレクシスの執務を見学しているといい」
「承知しました」
この雨の中、自分がついて行っても足手まといになるだろう。
「お気をつけてくださいね」
頷くセオドリック。
少し残念だったが、今の自分にできることを学ぼうと気持ちを切り替える。
◇
「こちらが本日処理する案件です」
机の上には、領内各地から届いた報告書が整然と積まれていた。
アレクシスは一つの書類に迷いはなく、次から次へと処理されていく。まるで最初から答えを知っているかのように。
「すごい……」
思わず声が漏れる。
「こんなに多くの仕事を、お一人で?」
「慣れですよ」
さらりと答えたアレクシスは微笑む。
「私は『代理』として長いですから」
そう言って笑ったアレクシスだったが、その笑みはどこか一瞬だけ影を落としたように見えた。
クラリッサは少し気になったものの、それ以上は尋ねなかった。
「私もアレクシス様のように、セオドリック様のお役に立てるようになりたいです」
その言葉に、アレクシスは手に持っていた書類を置いた。
「役に立てることなら、あるじゃないですか」
「え?」
予想していなかった返答に、クラリッサは思わず言葉を失った。
「公爵様の隣に立てるのは、あなただけですから」
「それは……」
クラリッサが言いかけたところで、アレクシスがはっとしたように表情を和らげた。
「いえ、出過ぎた真似を。失礼いたしました」
そして、先ほどまでの雰囲気が嘘だったかのように、いつもの朗らかな笑みを浮かべる。
「さあ、続きをご覧になりますか」
話を切り替えられ、クラリッサは釈然としないまま頷いた。
◇
日はすっかり落ち、窓の外は雨音だけが響いていた。
手元のメモは、朝よりもずっと厚みを増している。それでも、まだ足りない気がしてならなかった。
不意に、雨音の向こうから複数の蹄の音が近づいてくるのが聞こえた。
雨に濡れた外套を脱ぎながら、セオドリックが屋敷へ入ってくる。
「おかえりなさいませ」
クラリッサが出迎えると、セオドリックは少しだけ表情を和らげた。
「ああ」
「いかがでしたか?」
クラリッサの後ろに控えたアレクシスが尋ねる。
「実際に見て、優先度は確認した。直ちに取り掛かる」
「かしこまりました」
アレクシスは執務室に向かった。
(私が行ってもいいのかしら)
クラリッサが足を止めると、
「行こう」
そっとセオドリックが促す。
「今日の成果を見せてくれ」
その一言に、クラリッサの表情がぱっと明るくなる。
「……はい!」
執務室では、アレクシスが地図を広げ、机の上から必要な書類を選び出していた。
セオドリックは地図に印を付けながら口を開く。
「まずはここだ。堤防の補強を優先する」
「承知しました。人員の再配置は私の方で手配いたします」
次々と専門的な話が交わされ、クラリッサは口を挟むことができない。
(もっと勉強しよう……)
今日一日、多くを学べた。
それでも、二人の会話にはまだ届かない。
少しだけ悔しくて、少しだけもどかしい。
そんな思いを胸に抱えながら、クラリッサは静かに二人のやり取りを見守っていた。
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