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瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


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二人の名を刻む

領地視察2日目を迎えたクラリッサたちは、公爵領でも名高い職人の町を訪れていた。


石畳の通りには銀細工師、宝飾師、革細工師、木工職人などの店が軒を連ね、店先には繊細な作品が所狭しと並んでいる。


「綺麗……」

クラリッサは思わず足を止めた。

繊細な銀の髪飾り、小鳥を模した胸飾り、花を象った耳飾り。

どれも手仕事とは思えないほど精巧だ。


セオドリックが隣に立つ。

「ゆっくり見て回ろう」

「はい」

二人は店を一軒ずつ覗きながら歩いていく。

その後ろを、ミレイユと護衛の騎士が穏やかな表情で続いていた。



一軒の銀細工店へ足を踏み入れると、店主が出迎えた。

「公爵様、お待ちしておりました。本日はいくつか見本をご用意しております」

セオドリックは軽く頷いた。

二人の前に、同じ意匠で作られた一組の指輪が次々と並べられていく。

「気に入るものはあるか?」

「……え?」

驚いて見上げるクラリッサに、セオドリックはごく自然に続けた。

「人間の夫婦は、揃いの指輪を身につけるものだと聞いた」

「結婚指輪、ですね」


輝く指輪のまぶしさに、ふと遠い記憶が重なった。

何度も読み返した恋愛小説の挿絵。

仲睦まじいとは言えなかった両親の手にも、いつも同じ意匠の指輪があった。

――まさか、龍人の元に嫁いだ自分の指にも結婚指輪をつける日が来るなんて。



「こちらは月桂樹の模様です。こちらは波紋を模した意匠。こちらは龍の翼を抽象化した人気の品です」

クラリッサは一つの指輪に目が留まる。

氷を閉じ込めたような、透明感のある模様だ。

華やかで、それでいて気品があり、どこかセオドリックの瞳を思わせる。


「どうぞ、お手に取ってご覧ください」

店主に言われ、そっと氷の指輪を手に取り、ちらりとセオドリックを見上げるクラリッサ。

「それが気に入ったのか」

「はい」

クラリッサがいうと、店主は嬉しそうに頷く。

「では、この意匠でお作りいたします」


指のサイズを測り、注文を書き留め始めたところで、クラリッサが尋ねる。

「あの……指輪の内側に刻印を入れることはできますか?」

「刻印、ですか?」

店主だけでなく、近くにいた職人たちまで顔を上げた。

「もちろん可能ですが……何を彫るので?」

「セオドリック様と私の名前を」

一瞬、店内が静まり返る。


「名前を……?」

「指輪の内側に?」

「そんな発想は初めて聞いたぞ」

作業場から驚きの声が漏れた。

クラリッサは少し不安になった。

「変でしたか……?」

「い、いえ!大変失礼いたしました」

店主は慌てて首を振り、職人たちをたしなめるように視線を向けた。


「見えない場所だからこそ、お二人だけの印になるのですね」

職人たちも感心したように何度も頷いている。

「奥様」

店主が身を乗り出した。

「刻印のお話、実に素晴らしい発想です。アストレア王国では、他にもそのような趣向はございますか?」

「そうですね……」

クラリッサが考え始めた、その時だった。


店の外がにわかに騒がしくなる。

別の工房の主人が何やら訴えている様子に、セオドリックが目を細めた。

「少し席を外す」

短くそう告げ、セオドリックは店を出て行った。1人の護衛騎士がそれに続く。


店内に残され、不安げな様子のクラリッサ。

そんなクラリッサに寄り添うミレイユ。

「セオドリック様は大丈夫かしら……」

「この辺りは職人気質の者が多いので、揉め事は日常茶飯事ですよ」

と笑う店主。

「公爵様ならすぐにおさめてくださいます」

そう言うと店主は、期待に満ちた眼差しをクラリッサへ向けた。


「それまでの間に、ぜひアストレア王国のお話をお聞かせいただけませんか」

「装飾品に意味を持たせるものですと……」

クラリッサはお互いの瞳の色の石をはめたデザインや、結婚記念日ごとに宝石を一つずつ増やしていく首飾り、など覚えている限りを話した。


「なるほど……。装飾品にそんな意味を持たせるとは、龍人にはない発想です」

「龍人の皆さんは、大切な方へどのような品を贈られるのですか?」

店主は少し考えるように目を細める。

「求婚の際、自分の鱗を加工して贈るという風習がございます」

「鱗を……?」

「ええ。使うのは顎の下の鱗だけと決まっています」

そう言って少し顎を上げる。

「ほら、このように」

そこだけ皮膚がわずかに薄い桃色になっていた。

「本当……少し色が違います」

「龍人が求婚したかどうかは、顎の下を見ればすぐ分かります」

クラリッサは興味深そうに眺めた。

「ここの鱗は一枚しかありませんからね」

ちょうどその時、店の扉が開く。

「待たせた」

セオドリックが戻ってきた。

「工房同士の揉め事だ。片は付いた」

クラリッサの表情が、ふっと緩む。


注文票を差し出しながら、店主が説明する。

「指輪は二週間ほどで完成いたしますよ」

セオドリックは注文票を受け取り、小さく頷いた。

クラリッサも笑みを浮かべる。

「完成するのを楽しみにしています」

「お任せください」

その声に、奥で作業をしていた職人たちも次々と顔を覗かせた。

「奥様に教えていただいたお話、必ず作品に活かしてみせます!」

「お二人のお名前も、心を込めて彫らせていただきます」

「ありがとうございました!」

クラリッサが微笑むと、店内の職人たちも一斉に頭を下げた。

「またのお越しを、お待ちしております!」

温かな見送りを受けながら、クラリッサとセオドリックは銀細工店を後にした。



公爵一行が去った後の店内では、クラリッサから聞いた装飾品についての話題で持ちきりだ。

「お互いの瞳の色の宝石を合わせるのもいいな」

「鱗と銀を組み合わせた指輪に名前を刻んで、互いの瞳の色の宝石もはめよう!」

「それは詰め込みすぎだろ!」

作業場はどっと笑いに包まれる。

そんな賑やかな空気の中、一人の職人がふと呟いた。

「そういえば、公爵様の鱗の品は、どんな形なんだろうな」

「奥様も知らない様子だったな」

「指輪と一緒にお渡しになるんじゃないか?」

「本来なら伴侶を決めた時に渡すものだが、人間の風習に合わせておられるのかもしれん」

「愛だなぁ」

その場にいた者たちはしみじみと頷き合った。

お読みいただきありがとうございます。

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