二人の名を刻む
領地視察2日目を迎えたクラリッサたちは、公爵領でも名高い職人の町を訪れていた。
石畳の通りには銀細工師、宝飾師、革細工師、木工職人などの店が軒を連ね、店先には繊細な作品が所狭しと並んでいる。
「綺麗……」
クラリッサは思わず足を止めた。
繊細な銀の髪飾り、小鳥を模した胸飾り、花を象った耳飾り。
どれも手仕事とは思えないほど精巧だ。
セオドリックが隣に立つ。
「ゆっくり見て回ろう」
「はい」
二人は店を一軒ずつ覗きながら歩いていく。
その後ろを、ミレイユと護衛の騎士が穏やかな表情で続いていた。
◇
一軒の銀細工店へ足を踏み入れると、店主が出迎えた。
「公爵様、お待ちしておりました。本日はいくつか見本をご用意しております」
セオドリックは軽く頷いた。
二人の前に、同じ意匠で作られた一組の指輪が次々と並べられていく。
「気に入るものはあるか?」
「……え?」
驚いて見上げるクラリッサに、セオドリックはごく自然に続けた。
「人間の夫婦は、揃いの指輪を身につけるものだと聞いた」
「結婚指輪、ですね」
輝く指輪のまぶしさに、ふと遠い記憶が重なった。
何度も読み返した恋愛小説の挿絵。
仲睦まじいとは言えなかった両親の手にも、いつも同じ意匠の指輪があった。
――まさか、龍人の元に嫁いだ自分の指にも結婚指輪をつける日が来るなんて。
◇
「こちらは月桂樹の模様です。こちらは波紋を模した意匠。こちらは龍の翼を抽象化した人気の品です」
クラリッサは一つの指輪に目が留まる。
氷を閉じ込めたような、透明感のある模様だ。
華やかで、それでいて気品があり、どこかセオドリックの瞳を思わせる。
「どうぞ、お手に取ってご覧ください」
店主に言われ、そっと氷の指輪を手に取り、ちらりとセオドリックを見上げるクラリッサ。
「それが気に入ったのか」
「はい」
クラリッサがいうと、店主は嬉しそうに頷く。
「では、この意匠でお作りいたします」
指のサイズを測り、注文を書き留め始めたところで、クラリッサが尋ねる。
「あの……指輪の内側に刻印を入れることはできますか?」
「刻印、ですか?」
店主だけでなく、近くにいた職人たちまで顔を上げた。
「もちろん可能ですが……何を彫るので?」
「セオドリック様と私の名前を」
一瞬、店内が静まり返る。
「名前を……?」
「指輪の内側に?」
「そんな発想は初めて聞いたぞ」
作業場から驚きの声が漏れた。
クラリッサは少し不安になった。
「変でしたか……?」
「い、いえ!大変失礼いたしました」
店主は慌てて首を振り、職人たちをたしなめるように視線を向けた。
「見えない場所だからこそ、お二人だけの印になるのですね」
職人たちも感心したように何度も頷いている。
「奥様」
店主が身を乗り出した。
「刻印のお話、実に素晴らしい発想です。アストレア王国では、他にもそのような趣向はございますか?」
「そうですね……」
クラリッサが考え始めた、その時だった。
店の外がにわかに騒がしくなる。
別の工房の主人が何やら訴えている様子に、セオドリックが目を細めた。
「少し席を外す」
短くそう告げ、セオドリックは店を出て行った。1人の護衛騎士がそれに続く。
店内に残され、不安げな様子のクラリッサ。
そんなクラリッサに寄り添うミレイユ。
「セオドリック様は大丈夫かしら……」
「この辺りは職人気質の者が多いので、揉め事は日常茶飯事ですよ」
と笑う店主。
「公爵様ならすぐにおさめてくださいます」
そう言うと店主は、期待に満ちた眼差しをクラリッサへ向けた。
「それまでの間に、ぜひアストレア王国のお話をお聞かせいただけませんか」
「装飾品に意味を持たせるものですと……」
クラリッサはお互いの瞳の色の石をはめたデザインや、結婚記念日ごとに宝石を一つずつ増やしていく首飾り、など覚えている限りを話した。
「なるほど……。装飾品にそんな意味を持たせるとは、龍人にはない発想です」
「龍人の皆さんは、大切な方へどのような品を贈られるのですか?」
店主は少し考えるように目を細める。
「求婚の際、自分の鱗を加工して贈るという風習がございます」
「鱗を……?」
「ええ。使うのは顎の下の鱗だけと決まっています」
そう言って少し顎を上げる。
「ほら、このように」
そこだけ皮膚がわずかに薄い桃色になっていた。
「本当……少し色が違います」
「龍人が求婚したかどうかは、顎の下を見ればすぐ分かります」
クラリッサは興味深そうに眺めた。
「ここの鱗は一枚しかありませんからね」
ちょうどその時、店の扉が開く。
「待たせた」
セオドリックが戻ってきた。
「工房同士の揉め事だ。片は付いた」
クラリッサの表情が、ふっと緩む。
注文票を差し出しながら、店主が説明する。
「指輪は二週間ほどで完成いたしますよ」
セオドリックは注文票を受け取り、小さく頷いた。
クラリッサも笑みを浮かべる。
「完成するのを楽しみにしています」
「お任せください」
その声に、奥で作業をしていた職人たちも次々と顔を覗かせた。
「奥様に教えていただいたお話、必ず作品に活かしてみせます!」
「お二人のお名前も、心を込めて彫らせていただきます」
「ありがとうございました!」
クラリッサが微笑むと、店内の職人たちも一斉に頭を下げた。
「またのお越しを、お待ちしております!」
温かな見送りを受けながら、クラリッサとセオドリックは銀細工店を後にした。
◇
公爵一行が去った後の店内では、クラリッサから聞いた装飾品についての話題で持ちきりだ。
「お互いの瞳の色の宝石を合わせるのもいいな」
「鱗と銀を組み合わせた指輪に名前を刻んで、互いの瞳の色の宝石もはめよう!」
「それは詰め込みすぎだろ!」
作業場はどっと笑いに包まれる。
そんな賑やかな空気の中、一人の職人がふと呟いた。
「そういえば、公爵様の鱗の品は、どんな形なんだろうな」
「奥様も知らない様子だったな」
「指輪と一緒にお渡しになるんじゃないか?」
「本来なら伴侶を決めた時に渡すものだが、人間の風習に合わせておられるのかもしれん」
「愛だなぁ」
その場にいた者たちはしみじみと頷き合った。
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