表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
25/31

恵の雨と合図

馬車で揺られること1時間。

目的の村へ到着した。

広がる畑には青々とした野菜が並び、朝露をまとった葉が陽光を受けて輝いている。


「ようこそお越しくださいました、公爵様!」

農民たちが深々と頭を下げる。

「お初にお目にかかります、奥様」

クラリッサも微笑んで頭を下げた。

「本日はよろしくお願いいたします」


セオドリックに続き、畑へ足を踏み入れたクラリッサはしゃがみ込む。

そっと地面へ手を伸ばした。指先ですくった土は、さらりと崩れ、驚くほど柔らかい。

「……ふわふわ」

思わず声が漏れる。

少し握ると適度にまとまり、力を抜けばほろりと崩れた。

「とても良い土ですね」

そう呟いた瞬間、周囲が静まり返る。


「……」

農民たちは目を丸くしていた。

「公爵夫人様が……土を?」

「素手で触っておられる……」

「貴族のご婦人は、汚れるのを嫌がるものだと思っていたが……」

ひそひそと声が交わされる中、クラリッサは周囲の様子に気づいて首を傾げた。


「何か、いけませんでしたか?」

「い、いえ!」

年配の農夫が慌てて首を振る。

「この土をそんな風に見てくださるご婦人は初めてでしたので……。嬉しいのです」

クラリッサは少し照れたように笑った。

「もっと畑のことを教えてください」

農民たちは顔を見合わせ、それからにこりと笑った。



「今年は出来が良さそうだな」

畑を見渡しながら、セオドリックが穏やかに口を開く。

「ええ。今年は雨が多く降っていますから」

農夫が嬉しそうに頷いた。


クラリッサは小さく首を傾げる。

アストレア王国では、雨は喜ばれるとは限らない。降りすぎれば根が腐り、日照時間も減ってしまうからだ。

それに気づいたセオドリックが静かに口を開いた。

「ヴァイスガルドの雨には魔力が含まれている。土へ染み込み、作物の栄養になるのだ」

農夫が嬉しそうに続けた。

「だからこの国では、雨は多いほどありがたいのですよ」

別の農婦が、籠いっぱいの野菜を抱えながら笑顔で続けた。

「その雨で育った野菜にも魔力が宿りますからね。この大地の恵のおかげで、私たち龍人の体は頑丈なのです」


クラリッサには馴染みのない話だった。

ふと、気になることがあった。

「人間でも、魔力の恩恵を受けられるのでしょうか?」

「いや。人間は魔力を吸収できない」

「……そう、ですよね」

魔力を扱える人間の話は聞いたことがない。

そう思っていると、セオドリックが静かに続けた。

「だが、魔力を溜めることはできる」

「魔力を溜める……?」


農婦が赤く熟した野菜をクラリッサに渡す。

クラリッサはそっと両手で受け取った。

「龍人の母は溜めた魔力を赤子に与えることができるのですよ」

「龍人でなくてもできるのですか?」

「奥様は青い瞳をお持ちですから」

ふと、セオドリックの瞳と視線が合った。

「……受け取れる量は子の瞳の色次第だが」


農民たちの表情が明るくなる。

「お二人のお子様なら、素晴らしい龍人になられることでしょうね」

「青……いや、金の瞳のお子様かも…!」

「これは頼もしい!」

突然向けられた期待に、クラリッサは笑顔を浮かべた。

「そ、そうですね……」

けれどその笑みは、どこかぎこちなかった。

それを見ていたセオドリック。

「ここからは、二人で見てまわる。案内ご苦労だった」

農民たちは頭を下げ、自分の持ち場へ戻っていく。

「行こう」

セオドリックに促され、ついていくクラリッサ。



農村を離れ、二人だけで畑道を歩く。


景色に気を取られていたクラリッサの足が、小さな石につまずいた。

「きゃっ」

身体が傾く。

その瞬間、ぐっと引き寄せられた。

「平気か」

気付けば、セオドリックの腕の中にいた。


「は、はい……!」

慌てて体勢を整える。

「あ、ありがとうございます」

頬が熱い。

ほんの一瞬触れられただけなのに、心臓が騒がしく脈打っていた。

セオドリックは少し考え込むように視線を落とす。


「……一つ聞いてもいいだろうか」

「はい」

「君は、私に触れられるのは嫌か」

突然の問いに、クラリッサは目を瞬かせた。

「嫌、ではありません」

即座に否定する。

「ただ……」

言葉を探す。


「緊張してしまうのです」

本当の気持ちだった。

セオドリックは静かに頷く。

「そうか」

しばらく沈黙が流れる。


やがてセオドリックは静かに口を開いた。

「私は君が嫌がることはしない」

クラリッサは驚いて顔を上げる。

「もし、君が私に触れられてもいいと思える日が来たなら」

氷青の瞳がまっすぐこちらを見る。

「その時は合図をくれ」

「……」

クラリッサは小さく頷いた。

「……はい」


セオドリックが歩き出す。クラリッサはその背を追うように、一歩踏み出した。

畑を渡る風だけが、静かに二人の間を吹き抜けていった。



その夜。


クラリッサはソファへ座り、一人考え込んでいた。

(触れられてもいい、ってそういう意味よね……?)

鼓動の音が速くなる。

(私がこの国へ嫁いできた意味を考えれば……)

今すぐにでも”合図”を送るべきなのだろう。


(でも……)

胸が苦しくなる。

(私はまだ、何もできていない)

公爵夫人としても。

妻としても。

セオドリックに認めてもらえるようなことは、何一つ。


それに──。

(『子どもはいらない』は……まだ撤回されていないもの)

彼は以前そう言った。


(そもそも……合図って何をすればいいの?)

言葉で?抱きつく?そんなことを考え始めると、頭の中がぐるぐると回り始めた。


その時、部屋の扉が静かに開く。

セオドリックだった。

思わず、立ち上がるクラリッサ。

「今日は、私がソファで寝ますから」

「駄目だ」

即答だった。

「君はベッドを使え」

「いいえ、セオドリックが!」

しばらく見つめ合う。

どちらも譲らない。


セオドリックがクラリッサに近づく。

「また運んでもいいが?」

焦ったクラリッサは勢いのまま口にした。

「そ、それなら、一緒に使いましょう!ベッドは広いのですから!」

言葉が部屋に響く。


(しまった……!)

頭の中で警鐘が鳴る。

(こ、これって……合図には当たらないわよね?)

内心で大慌てになっていると。

セオドリックの口元が、ほんのわずかに緩んだように見えた。

気のせいかもしれないほど、小さな笑み。


「……わかった」

青い瞳が穏やかに細められる。

「安心しろ。合図とは思わない」

その一言に、クラリッサは胸を撫で下ろした。


二人は同じベッドへ横になる。

互いに端と端。

それでも、意識はセオドリックの方へ向いてしまう。

(き、緊張する…!)


ふと、セオドリックの香りが漂ってくる。

緊張するのに、不思議とずっとこのままでいたくなった。


やがて、ゆっくりと思考が遠くなり、クラリッサは静かに眠りについた。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマークやリアクションも、大変励みになっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ