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瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


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指先に残るもの

クラリッサの公爵夫人としての勉強が始まって、数日が経った。

だが、どうやら無理をしているらしい。


「昨夜も遅くまで起きていらしたそうです」

珍しく渋い顔をしたオスカーが報告する。

その言葉にセオドリックは手を止めた。

「……そうか」

「旦那様。奥様は、少々頑張りすぎです」

「分かっている」

「本当に分かっておられますか?」


セオドリックが視線を向ける。

オスカーは小さくため息をついた。

「奥様は旦那様ほど頑丈ではありません」

「……分かっている」


――休暇は領地に行きたい。

あの言葉以来、クラリッサが書斎に足を運ぶことが増えた。

自室にまで持ち込み、寝る間も惜しんでいるとは。


公爵夫人として懸命な姿は喜ばしい。

だが、そのために体を壊しては意味がない。

(どう伝えたものか……)



その夜。


クラリッサは寝間着の上からガウンを羽織り、廊下を歩いていた。

読んでいた本に書いてある内容を確認したくなったのだ。自室の窓から書斎を確認したが明かりはなかった。


(今なら誰もいない)

確認したい資料は書斎に保管されていたはずだ。少しだけ探して、すぐ戻ろう。


そう考えながら、書斎の扉を開けた。

すると――。

「……何をしている」

背後からの声に、クラリッサは肩を震わせた。

ゆっくりと振り向くと、セオドリックが立っていた。

「せ、セオドリック様……」

「こんな時間に」

深夜をとうに過ぎた刻だった。


クラリッサは気まずそうに視線を逸らす。

「眠る前に少し、確認したいことがあって……」

セオドリックはクラリッサの手元の本に目を落とした。

領地運営、特産品、外交の記録——。片端から読み漁っているようだった。


「領地のことも、社交のことも、別の者が支えてくれている」

クラリッサが目を瞬かせた。

「君がひとりで背負う必要はない」

静かな声だった。

クラリッサの胸はぎゅっと痛んだ。


自分がどんなに頑張っても、公爵夫人としてはまだ未熟だ。

茶会にさえ参加できず、領地運営も分からない。

だからこそ必死だった。


それなのに――。

君がやる必要はない、と言われた気がしてしまった。

セオドリックの顔をみることができなかった。

未熟で役に立たない自分に呆れているかもしれない。


「っ……」

視界が滲む。

慌てて顔を背けたが、遅かった。

涙が一粒、頬を伝う。


セオドリックが息を呑んだ。

「……泣いているのか」

クラリッサは首を振った。

「ご、ごめんなさい……」


それでもーーセオドリックの背負っているものを理解したかった。

一度溢れた涙はなかなか止まらない。


セオドリックの長い指がクラリッサの頬へ触れた。

そっと涙を拭われる。

「……もっと頼ってくれ」

低い声が落ちてくる。

クラリッサが顔を上げると、氷青の瞳と目が合う。


先ほどの言葉を思い出す。

ーー君がひとりで背負う必要はない

(できる人に頼ってもいいのね……)

クラリッサは肩が軽くなるのを感じた。


セオドリックは少し困ったように眉を寄せた。

「睡眠が足りていないと、正常な判断ができなくなる」

実感が込められたような言葉だった。

「部屋まで送ろう」

そう言ってセオドリックが手を差し出す。

クラリッサはその手を取った。



部屋の前に着いた瞬間、クラリッサは無意識に手に力を込めた。

「どうした」

セオドリックに尋ねられるが、自分でも何をしているのか分からなかった。

「あの……もう少しだけ……」

しかし言葉が続かない。

もう少しだけ一緒にいたい。

泣いてしまったからだろうか。気持ちが溢れてしまう。


セオドリックの氷青の瞳と目が合う。

クラリッサはそっと手を離した。

「……おやすみなさいませ」

「……ああ。おやすみ」

扉が静かに閉まった。

クラリッサはそのままベッドに倒れ込む。


ここしばらくあった胸の中の焦りは消えていた。

その代わり。

指先にはまだ、セオドリックの手の感触が残っていた。

少し冷たいその温度を思い出しながら、クラリッサは静かに目を閉じた。

お読みいただきありがとうございます。

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