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瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


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20/31

愛を取り戻せ

クラリッサは、机の上に広げられた資料へ視線を落としていた。


ここはセオドリックの書斎だ。

勝手に入ってしまっていいのかと落ち着かないクラリッサに、オスカーは穏やかに微笑む。

「旦那様からお連れするよう仰せつかっております。領地のお話をするなら、ここが一番適していますので」


そう言って、机の上の地図を指し示した。

「ノルデンフェルト公爵領は、帝都から馬車で三日ほどの距離にあります」

クラリッサは地図に視線を落としたまま、小さく頷いた。


「現在は旦那様の叔母方のご親族であるアレクシス・アークライト様が領地を預かっておられます」

「アークライト様……先代公爵ではないのね」

「龍人は一定の年齢になると旅へ出るのです」

「……旅に?」

——それは、もしかして

オスカーの穏やかな声が、その先を遮った。

「比喩ではなく、実際にヴァイスガルド帝国や他国を巡ります」

その言葉に、クラリッサは少しだけ安堵した。


「先代皇帝両陛下も旅の途中でいらっしゃいます。いつかお会いできると良いですね」

「そうね」

頷きながら、クラリッサは遠い空を思い浮かべる。


(セオドリック様のご両親……)

一度も会ったことはない。

それでも、いつか会える日が来るのだろうか。

(私が生きている間に、お会いできるかしら)


寿命の長い龍人は、人間とは時間の感覚が大きく異なる。

クラリッサにとっての一年が、セオドリックにとってはほんの数日のようなものだと聞いた時は驚いたものだ。


「公爵領からの報告書はこちらです」

オスカーは冊子を差し出した。

「旦那様も定期的に領地へ視察に向かわれます。資料だけでは分からないこともありますからね」

クラリッサは報告書をめくりながら、真剣な表情で頷く。

「そうね。実際に見た方が理解も深まりそうだわ」


「でしたら、休暇の際に旦那様とご一緒に視察へ行かれてはいかがでしょう」

「えっ」

思わず声が裏返った。


「セオドリック様と?」

「はい」

当然のように返され、クラリッサは視線を泳がせる。


「でも、お忙しいでしょう?」

祝賀会の準備から当日まで、セオドリックは休みなく働いていた。


「最近は特に働き詰めでしたから、休暇中は問題ありません」

オスカーの言葉に、クラリッサは目を伏せた。

「それならなおさら、一人でゆっくりされた方がいいんじゃないかしら」

ぽつりと漏れた言葉。


オスカーは僅かに眉を上げた。

最近の奥様であれば——旦那様と過ごせると聞けば、少し照れながらも嬉しそうな顔をするはずだった。


だが今日は違う。

まるで出会った頃に戻ったかのように、一歩距離を置いている。


(おや?)

何かあったのだろうか。

そう思ったが、踏み込んで尋ねるべきことではない。


すると、後ろに控えていたミレイユがぱっと顔を輝かせた。

「旦那様と二人で領地へ……それはつまり」


「新婚旅行ですね!」

「え、ちょっ——」

「新婚旅行です!」

満面の笑みで断言され、クラリッサは思わず言葉を失う。


以前の自分なら、少し浮かれてしまったかもしれない。

けれど今は――。

(違うわ)

そんなふうに考えてはいけない。


胸の奥に浮かんだ感情を押し込めるように、クラリッサは姿勢を正した。

「まずは勉強よ。領地のことも、公爵夫人としてのお仕事も、まだ知らないことばかりだもの」


そして地図へ視線を落とした。

「視察へ行くとしても、その前にできるだけ知識を身につけたいわ」


オスカーは恭しく頷く。

「かしこまりました」

奥様らしい、前向きで真面目な言葉だ。

だが——旦那様の話題になった時の、あの表情が頭から離れない。

嫌っているわけではない。それでも確かに、自ら距離を置こうとしていた。




「本日はここまでにいたしましょう」

「えぇ、ありがとう」


ミレイユがぱっと立ち上がった。

「お茶をお持ちいたします」

オスカーとミレイユは恭しく一礼し、書斎を後にした。


廊下を歩きながら、ミレイユが深々とため息をつく。

「奥様のご様子、変だと思いませんか?」

オスカーも静かに頷いた。


最近の奥様は旦那様の話題になるだけで嬉しそうだった。

視線も柔らかく、傍から見ても好意が伝わってきた。だが今日は違う。


「絶対に何かありました」

ミレイユは腕を組む。

「旦那様に対する甘い空気が感じられません」

「甘い空気ですか」

オスカーは曖昧に相槌を打った。


「オスカー様も協力してください」

「何をです?」

「奥様と旦那様の仲を深める作戦です!」

「ほう?」

オスカーの黒い瞳がわずかに光る。


「それで、何をするのです?」

ミレイユは待っていましたとばかりに身を乗り出した。


「視察です!」

「視察」

「旦那様と奥様を一緒に領地へ送り出します!」

「元々その予定では?」

「そこで距離を縮めるのです!」


ミレイユは力強く拳を握る。

「視察で仲良し大作戦です!」


「具体的には?」

「えーと……」

桃色の瞳が泳いだ。

「とにかく、どうにかして、お二人の仲を深めるのです!」


(つまり、まだ何も考えていない、と)

オスカーは心の中で呟く。

どうやら休暇前に、もうひと仕事増えそうだった。

お読みいただきありがとうございます。

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