目指す道
(よし)
朝、目を覚ましたクラリッサは両手で頬をぱちんと叩いた。
昨夜のことを思い出すと、気分が落ち込みそうになる。だが、このまま落ち込んでいる訳にはいかない。
(今できることをやるのよ)
セオドリックは公爵として国を支えている。
ならば自分も、その隣に立つ者として相応しくなりたい。
まずは公爵夫人として役に立てるようになることが目標だ。
◇
朝食の席に現れたクラリッサを見て、セオドリックはわずかに目を細めた。
昨夜は落ち込んでいるように見えた。
だが今朝は表情も明るく、顔色もいい。
向かいの席に座ったクラリッサがにこやかに挨拶した。
「おはようございます、セオドリック様」
「ああ。おはよう」
食事が運ばれ、静かな時間が流れる。
ふとセオドリックが口を開いた。
「どこか行きたい場所はあるか」
クラリッサは一瞬だけ肩を揺らした。
「え?」
「近々、まとまった休暇をもらうことになった」
祝賀会が終わっても仕事は山積みだった。
だが皇帝からは夫人との時間を作るよう半ば命じられている。
祝賀会の準備に追われ、最近はクラリッサと過ごす時間も少なかった。
せっかくの機会だ。
彼女が望む場所へ連れて行くのもいいだろう。
「また帝都をまわるのも悪くない」
甘いものを食べる彼女の顔は、いつもより明るかった。また人気の店にいけば、きっと喜ぶだろう。
クラリッサと視線が合う。
だが次の瞬間、その瞳はふいと逸らされた。
「先日、行ったばかりですし……少し考えさせてください」
どこか浮かない様子に見える。
昨夜のことが関係しているのだろうか。
セオドリックはしばらく彼女を見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「そうか。わかった」
そして席を立つ。
「今日は少し戻りが遅くなる」
「お気を付けて」
「何かあればすぐ知らせろ」
そう言い残し、セオドリックは皇城へ向かった。
閉じた扉を見つめながら、クラリッサは大きく息を吐く。
◇
セオドリックを見送った後、クラリッサは自室のソファへ腰を下ろした。
目標は決まった。
頼れる公爵夫人になること。
とはいえ、祝賀会の準備で覚えたのは龍人の文化や夜会のマナーくらいだ。
領地のことも、人々の暮らしのことも、まだほとんど知らない。
「何からすればいいのかしら……」
一人で考えていても答えは出そうにない。
コンコン、とノックの音がした。
「エレノアです」
「どうぞ」
扉を開けたエレノアは、手に何通かの封書を持っていた。
「おはようございます。本日、招待状が届いております」
「招待状?」
「お茶会のご案内が、いくつか」
(お茶会……)
貴婦人だけが集まる社交の場。
小説では主人公が意地悪な令嬢に無視をされたり、笑い者にされる場面が度々あった。
私も『人間なんてノルデンフェルト公爵様にふさわしくないわ!』と紅茶をかけられたりするのかしら……。
と想像するクラリッサ。
「奥様にそのようなことをできる龍人はおりません」
エレノアがぴしゃりと言った。
「声に出していたかしら…!?」
驚いて顔をあげるクラリッサ。
「いいえ。表情でわかります」
クラリッサは小さく息をついた。
「でも、公爵夫人としては至らない点ばかりだし、ないとも言い切れないわよね」
「ご安心ください。仮にそのような不届き者がいたとしても、翌日には社交界から消えているかと」
クラリッサは目を瞬かせた。
「エレノアも冗談を言うのね」
クスクスと笑うクラリッサを見て、エレノアは静かに微笑んだ。
(冗談ではありませんが)
クラリッサは居住まいを正して切り出した。
「私は、誰にも侮られない公爵夫人になりたいの。だから何から始めればいいか教えてくれる?」
少し考える様子を見せてから、エレノアが答えた。
「まずは、公爵家のことを知ることかと存じます」
「公爵家のことを?」
「ええ。領地のこと、人々の暮らしのこと。奥様が知ろうとしてくださるだけでも、皆喜びます」
クラリッサはゆっくり頷いた。
それなら自分にもできるかもしれない。
知らないからこそ、まず知ればいい。
少しずつでも前へ進めばいい。
「ありがとう、エレノア」
青い瞳に、決意の光。
「私、頑張るわ」
その言葉に、エレノアはどこか嬉しそうに微笑んだ。
アストレア王国から嫁いできた主人は、まだ不慣れなことばかりだ。
けれど確実に、公爵家の一員になろうとしている。その小さな一歩が、エレノアには嬉しかった。
エレノアが部屋を出ていく。
残されたクラリッサは、招待状をそっと手に取った。
(必ず行きます。——でも、もう少しだけ待って)
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