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瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


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17/31

あの日の約束

帰宅した頃には、すっかり夜も更けていた。

馬車を降りたクラリッサとセオドリックは、屋敷の玄関ホールで足を止める。


「今日はありがとうございました」

クラリッサがそう言うと、セオドリックは小さく頷いた。

「ああ」


クラリッサは、どこか気まずそうに視線を逸らした。

様子がおかしいことには気付いている。


だが、自分には話してくれそうにない。

「……今日は疲れただろう。もう休め」

「はい。おやすみなさいませ」

クラリッサが頭を下げる。

「おやすみ」

クラリッサが何かを言いかけてやめ、セオドリックに背を向ける。


クラリッサの姿が角の向こうへ消えるのを見届けてから、セオドリックも静かに歩き出した。



セオドリックは、静かな部屋で一人、天井を見上げた。


クラリッサの様子がおかしい。

ダンスを踊っていた時は楽しそうだった。

変わったのは――皇帝に呼び出されてからだ。


指定された場所へ向かったが、そこに皇帝はいなかった。

嫌な予感がして公爵家の控え室へ戻ると、クラリッサの姿もない。

気付けば皇城中を探し回っていた。


ようやく見つけた時、安堵したはずだった。なのに、クラリッサの表情は暗かった。


皇帝は「他愛もない話だ」と言った。

帰りの馬車で尋ねると、クラリッサも「帝国での暮らしを励ましていただいた」と答えた。


だが、それだけで自分への態度が変わるのは変だ。

(控え室で何かあったのか?)


思考を巡らせる。

控え室。

本棚。


そこでふと、一冊の小説が頭をよぎった。

オスカーが置いていった恋愛小説。


(まさか……)

嫌な予感がする。

(あの本を私が読んでいると知り、幻滅されたのか……?)


そこまで考えたところで、自分でも馬鹿げていると思う。だが、頭が言うことを聞かなかった。


最近は祝賀会の準備に追われ、まともに眠れていない。

思考は鈍り、頭も回らなかった。


久しぶりの自室の寝台だった。

寝台の横にあるテーブルにはガラスに保管された四つ葉が飾られている。


セオドリックがそれを見つめているうちに、意識は闇へ沈んでいく。


懐かしい記憶が流れ込んでくる。


――金の瞳だから選ばれただけだ。

そう言う者もいた。

だが、弟は逃げなかった。

皇太子として課せられた重責からも。


第一皇子こそ皇帝に相応しいと声をあげる者たちは、何もわかっていない。


自分は与えられた役目を果たしていただけ。

弟のように、自ら進んで何かを成そうとしたことはない。

公爵の立場から弟を支える。

それで十分だと思っていた。


だが弟の即位から間もなく、預言者が現れた。

『人間の青い瞳を持つ少女を娶り、金の瞳を持つ子を成せ』

その言葉は、セオドリックにとって呪いにも等しかった。


ファフニール伯爵家に青目の少女が生まれるたび、周囲は伺いを立ててきた。

一人目も。

二人目も。

三人目も。

心は動かなかった。


自分の寿命は他の龍人より長い。急ぐことはない、と周囲も気長に構えていた。


しかし皇帝が、思わぬことを言い出した。

『セオドリックが伴侶を迎えるまで、皇后の席は空いたままだろう』

正当な後継者はどうなるのか——家臣たちの悲鳴が聞こえそうだった。


重いため息をつき、セオドリックは旅支度を整えた。

アストレア王国へ向かう前に、フードを深く被る。銀髪は人間の目を引きすぎる。


伯爵領の森に、少女はいた。

草むらの中を何やら探しながら、栗色の髪を揺らしている。

不意に動きが止まり――次の瞬間、嬉しそうに駆け出した。


気配を消し、後を追う。

木陰で休む女性の元へ駆け寄る少女。

少女が差し出したのは四つ葉のクローバーだった。

女性は優しく笑う。

少女も笑う。


だが、その直後。

女性は苦しそうに咳き込んだ。

少女は慌てて背中をさする。

その青い瞳が、不安そうに揺れていた。


それから母親は、日を追うごとに弱っていき、やがて寝台から起き上がることもできなくなった。少女はずっと、その傍にいた。


最期の日が近いのだろう。

以来、少女は母の部屋から出てこない。


気付けばセオドリックは、最初に少女を見かけた森の中にいた。


(ヴァイスガルドへ戻らなければ)

予定の滞在日数はとっくに過ぎている。

それでもセオドリックの目は、少女から目が離せなかった。


「そこにいるのは誰?」

声がした。

振り返ると、青い瞳が真っ直ぐこちらを見ていた。

(屋敷にいるはずでは……)

セオドリックは驚く。


少女はフードの下から見えるセオドリックの瞳を見つめた。

「青い目……」

少女は少しさみしそうな顔をした。

「あなたもお父様に叱られたの?」

「いや……」

ファフニール伯爵のことだろう。

もちろんセオドリックが叱られることなどない。

「それならよかった」


少女はしゃがみ込み草を指でかき分ける。

「……よく、叱られるのか?」

「お父様は青い目が好きじゃないの」

少女は小さく笑った。

「どうせ選ばれないって。何に選ばれないのかは知らないけれど」


選ばれない。

――自分の伴侶に。


胸の奥がざわつく。

自分の無関心が、この少女の心に傷を刻んでいた。


気付けば怒りが滲んだ言葉が口をついていた。

「君の父は間違っている」

少女が顔を上げる。

「どうしてあなたが怒るの?」


「……わからない」

少女はぱちりと瞬きをした。

「変なの」

そう言ってくすりと笑った。


しばらく二人の間に沈黙が流れた。

やがて少女が、名残惜しそうに呟く。

「……また来てくれる?」

「ああ。またすぐに」

少女の顔がほころんだ。

「約束よ」

差し出された小さな手に、四つ葉が握られていた。

「約束だ」

セオドリックは静かにそれを受け取った。


その足で帝国へ戻ったセオドリックは、皇帝のもとへ向かった。

今代の青目の少女との縁談を進めるよう、自ら申し出るために。


その後、公爵邸に戻ると、オスカーを呼び出した。

セオドリックが陽の光を受けて銀色に輝く鱗を差し出す。


それを見た瞬間、オスカーの顔色が変わった。

「これは、もしや……」

「私の鱗だ。伴侶に贈る品に使ってくれ」

「……仰せのままに。細工師を呼びましょう」

オスカーは深く頭を下げ、その鱗を両手で受け取った。


オスカーが退出し、書斎に一人残されたセオドリックは、静かに息を吐いた。


龍人の伴侶は、生涯に一人だけ。

預言者の言葉は、呪いにも等しい。

それでも――選ぶのなら。

あの少女がいい。

その考えは、不思議なほど自然に胸へ落ちていった。

お読みいただきありがとうございます。

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