選ばれた理由
近衛兵に案内され、クラリッサは皇城の奥へと進んでいった。
(同じところをぐるぐると回っているよう……)
元にいた部屋には、自力では戻れないだろう。
静まり返った廊下には緊張感が漂い、歩くたびに靴音だけが響く。
やがて近衛兵はひとつの扉の前で足を止めた。
「こちらです」
それだけ告げると、一礼して去っていく。
残されたクラリッサは、ごくりと喉を鳴らした。
『高貴なお方がお呼びです』
近衛兵の言葉を思い出す。
思い当たる人物は、一人しかいない。
意を決して扉を叩くと、すぐに中から声が返ってきた。
「入れ」
クラリッサは静かに扉を開ける。
部屋へ足を踏み入れた瞬間、金色の瞳と目が合った。
クラリッサはドレスの裾をつまみ、深く頭を下げる。
「皇帝陛下にご挨拶申し上げます」
「ここは謁見の場ではない。楽にせよ」
皇帝は手を振った。
「突然の呼び出しで驚いたか」
「いえ……」
「あやつのことだから、何も話していないだろうと思ってな」
皇帝のいう”あやつ”とは、おそらくセオドリックのことだろう。
セオドリックが話していないことを、自分が聞いてもいいのだろうか。
警戒心が強くなる。
そんなクラリッサの様子を見て、皇帝は肩をすくめた。
「そう身構える必要はない。ここには私とお前しかおらぬ」
(だから緊張しているのですが……!)
心の中で叫びながらも、もちろん口には出せない。
クラリッサは、皇帝に案内されるまま部屋の奥へと進んだ。
重厚な書棚の並ぶ執務室の一角に、深紅の垂れ幕が下がっていた。
皇帝はその前に立つと、静かに幕を引いた。
現れたのは、大きな額縁だった。
「これは……?」
描かれていたのは、椅子に座った女性とその傍らに立つ男性。前には二人の少年が並んでいる。一人は金色の瞳。もう一人は青色の瞳だった。
「中央にいるのが先帝とその皇后だ」
それでは、金色の瞳を持つ少年は幼い頃の皇帝だろう。
自然と視線はもう一人の少年へ向かった。
クラリッサの視線に気付いた皇帝が、静かに言った。
「それは余の兄。第一皇子だ」
絵の中の少年は、幼いながらも凛とした眼差しをしていた。
どことなくセオドリックに似ている。
特に目元や顔立ちの雰囲気がそっくりだ。
「第一皇子は青目で歴代随一の力をもって生まれた」
皇帝は肖像画へ視線を向けたまま続ける。
「幼い頃から優秀で、誰もが次代の皇帝になるものと思っていた」
「だが、初代皇帝と同じ金の目をもった余が生まれ――次代の皇帝をどちらにするか、宮廷は二つに割れた」
皇帝は淡々と語る。
「優秀な第一皇子か」
わずかに間を置く。
「金の瞳をもつ第二皇子か」
皇帝の金色の瞳が肖像画へ向けられる。
「帝国には、金の瞳を持つ者が国を治めれば繁栄が続くという言い伝えがある。それが決め手となり、余が選ばれた」
生まれた順ではなく、瞳の色で。
アストレア王国では、正室の第一王子が後継者となるのが当然だ。
皇帝は肖像画の青目の少年へ視線を向ける。
「先帝はそれ以上の継承争いを避けるため、第一皇子を皇后の弟が当主を務める公爵家へ養子に出した」
クラリッサの瞳が大きく見開かれる。
「それでは、第一皇子は……」
かすれた声が漏れる。
皇帝は静かに頷いた。
「セオドリックだ」
公爵家の廊下に飾られていた先代公爵の肖像画。セオドリックとはあまり似ていないと思った。
屋敷で両親の話題が出ることもなかった。
皇帝が再び口を開く。
「余が即位して数年後。ある預言者が現れ、こう言った」
クラリッサは顔を上げる。
「青い瞳を持つ者同士が結ばれれば、その子は完全な金の眼となると」
クラリッサの心臓が大きく跳ねた。
「ひとりはセオドリック」
皇帝の視線がゆっくりとクラリッサへ向く。
「そしてもうひとりは、アストレア王国ファフニール家に生まれる娘」
「そんな……」
「青目は龍人でも希少だ。誰もが半信半疑だったが、ファフニール家には青目が生まれていた」
ファフニール家。
数代に一度現れる青い瞳。
幼い頃に聞かされた一族の話。
「それから余はアストレア王国との和平を進めた」
クラリッサは息を呑む。
「そなたとセオドリックの婚姻は、そなたが生まれる前から決まっていたのだ」
すべてが繋がった。
顔合わせに現れなかったこと。
婚約期間すらなかったこと。
元敵国の人間への、敵意の薄さ。
「私は……」
震える唇から言葉が零れる。
私は。
最初から選ばれていたのだ。
セオドリックの妻として。
完全な金の眼の子を生むために。
「ここまで話した理由は理解できるな」
皇帝の声が降ってくる。
「そなたには果たすべき役割がある」
役割。
その言葉が胸に突き刺さった。
婚姻が決まったとき、父も言っていた。
父はどこまで知っていたのだろう。
その時、扉が勢いよく開いた。
部屋を見回すセオドリックと目が合う。
気づけばセオドリックが目の前に立っていた
「平気か?」
セオドリックの青い瞳が不安そうに揺れる。
クラリッサが戸惑いながら頷くと、セオドリックは安堵の息をついた。
皇帝がやれやれとでも言いたげに肩をすくめる。
「早かったな」
セオドリックが鋭い視線を向けた。
「彼女に何をした?」
「他愛もない話だ」
皇帝はことも無げに答え、クラリッサへ視線を向ける。
「なぁ?」
突然話を振られたクラリッサは、慌てて頷いた。
「は、はい……」
セオドリックはなおも疑わしげに皇帝を見ていたが、クラリッサが無事だと分かると、ひとまず追及を諦めたようだ。
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