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瞳の色だけで選ばれた花嫁だと思っていましたが、龍人公爵に溺愛されているようです  作者: 蒼乃つむぎ


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仕方がないから

朝の支度をするクラリッサは、鏡の前で思わず頬を押さえた。


(セオドリック様に会う時、どんな顔をすればいいの……!)

昨夜、自分は何を言ったのだろう。


『セオドリック様、いい香りがします』

思い出しただけで顔が熱くなる。

あれではまるで――。


ぶんぶんと頭を振り、思い出すのをやめた。


後ろでクラリッサのドレスを整えていたミレイユは、温かく見守っていた。


身支度を終え、朝食のため食堂へ向かおうとしたその時。


コンコン、と扉が叩かれた。

「オスカーです。今、よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

入室したオスカーは、恭しく一礼すると一通の封筒を差し出した。


「奥様。こちらを旦那様から預かっております」

「セオドリック様から?」

手紙を受け取り、封を開く。

『急な対応が入り、皇城に泊まることになった。朝食を共にできずすまない』


短い文章だった。

だが、彼らしい丁寧な文字に、クラリッサの頬が自然と緩む。


さらに読み進める。

『帰宅は明日以降になる見込みだ』


「まぁ……」

そこまで読んで、少しだけ眉を下げた。

「セオドリック様は、ちゃんとお休みになっているのかしら……」


昨日の顔を思い出す。

目の下には薄く隈ができていた。


あれほど忙しい中で、わざわざ手紙を書いてくれたのだ。心配にならないはずがない。


「お返事を書いてもいいかしら」

そう尋ねると、オスカーは頷いた。

「きっとお喜びになります」


ミレイユが便箋とペンを用意する。

「ありがとう」

席についたクラリッサは便箋を前に固まった。

「何を書こうかしら……」


まずは手紙のお礼。

そして無理をしないでほしいということ。


そこまでは決まる。

だが。

「少し事務的かしら……」

ぽつりと呟くと、ミレイユが柔らかく微笑んだ。

「奥様の素直なお気持ちをお伝えしてはいかがでしょう」


「素直な気持ち……?」

ふと浮かんだ言葉がある。

『セオドリック様のいない食事はさみしい』


――瞬間。

「恥ずかしすぎるわ……!」

クラリッサは両手で顔を覆った。


ミレイユは口元を隠し、オスカーは普段通りの表情を保つ。


(何を書こうとしたのか)

(大体の予想はつきますが)

二人は何も言わず、静かに見守った。



結局、何度か書き直し、当たり障りのない内容の手紙が完成した。


手紙をオスカーへ託し、クラリッサは食堂へ向かう。


当然ながら、そこにセオドリックの姿はない。

初夜の翌朝は何も思わなかった。

自分に興味がないのだろう、と納得した。


だが今は違う。

正面の空席へ視線が向く。


「いただきます」

言葉にしてみても、どこか物足りない。


朝起きて。

挨拶をして。

同じ食卓を囲み。

仕事へ向かう彼を見送る。

それが、いつの間にか当たり前になっていた。


「……さみしいわね」

小さく呟く。

誰にも聞こえない声だった。

自分でも驚くほど自然に出た言葉。


だが

(愛ではない)

小説で読むような、胸が苦しくなる気持ちとは違う。


胸の奥に灯るあたたかな気持ち。

彼の姿を探してしまう癖。

手紙一通で嬉しくなる心。

その名前を、クラリッサはまだ知らない。



朝食後。


今日の予定をエレノアと確認していると、オスカーが現れた。


「奥様。旦那様からのお返事です」

「お返事!?」

思わず立ち上がる。


まさか返ってくるとは思わなかった。

急いで封を開く。


手紙には礼の言葉と、

『今日は何をして過ごす予定だ?』

という一文が添えられていた。


「これは……お返事を書いた方がいいかしら?」

「尋ねられておりますので、お返事をされた方がよろしいかと」

エレノアが答える。

「そうよね」


今日の予定と、無理をしないでくださいという言葉を書き添え、手紙をオスカーへ託した。



午前の予定を終えた頃。

昼食のため食堂へ向かう途中だった。


「奥様」

再びオスカーが現れる。

嫌な予感がした。

「……まさか」


「旦那様からのお手紙です」

「また!?」

受け取って開く。


『昼食は何を食べた?』

たったそれだけ。


クラリッサは首を傾げた。

「セオドリック様はどうされたのかしら……」

皇城に泊まり込むほど忙しいはずなのに。

なぜこんなに何度も手紙が届くのだろう。


その横でオスカーは無表情を貫いていた。

だが内心では。

(旦那様も加減がわからないのです)

と思っていた。


「ひとまずお返事は昼食の後にしましょう」

そう言って歩き出すクラリッサの後ろ姿を見送りながら、オスカーは静かに空を仰いだ。



夜。

寝る支度を整えていると、再び扉が叩かれた。


「オスカーです」

入ってきた彼は、めずらしく疲れた顔をしていた。

「奥様。お手紙です」

受け取った手紙には、

『明日の朝には帰る』

という報告と

『おやすみ』

の一言。


それだけなのに。

クラリッサの頬は緩んでしまう。


「明日は帰ってくるのね」

ほっと胸を撫で下ろした。


さすがにこの返事はしない方がいいだろう。

オスカーに申し訳ない。


明日の朝、直接お礼を言えばいい。

そう思って顔を上げる。


「オスカー、もう下がって――」

「いえ、お返事をお願いします」

即答だった。


黒い瞳が真っ直ぐ見つめてくる。

妙な圧を感じた。

「わ、わかったわ」


急いで便箋を広げる。

『帰りを楽しみにしています』

『おやすみなさい』

短い文章を書き終え、手紙を渡した。


「それじゃあお願いね」

「お任せください」

恭しく礼をして退出していく。


閉まった扉を見つめながら、クラリッサは呟いた。


「大丈夫かしら……」


セオドリックだけではない。

オスカーのことも少し心配になった。



今日だけで何度目だろう。


オスカーは皇城へ続く廊下を歩いていた。


完全に伝書鳩である。


主人から手紙を預かり。

公爵邸へ届け。

返事を受け取り。

再び皇城へ戻る。


それを一日中繰り返している。

普通なら文句の一つも言いたくなる。

だが。


執務机に向かう主人の姿を見て、オスカーはため息を飲み込んだ。


「旦那様。奥様からのお返事です」


その瞬間。

無表情だったセオドリックの瞳が、ほんの少しだけ和らぐ。

本人は無自覚なのだろう。


だが長年仕えているオスカーにはわかる。

手紙を心待ちにしていたことくらい。

「……そうか」

短く答えながら、すぐに封を開く主人。


その姿に、オスカーは小さく息を吐いた。

「まったく」

明日になれば帰宅する。

伝書鳩生活も今日で終わりだ。


そう自分に言い聞かせながら、オスカーは新たな返事を書くため便箋を取り出した主人を見て、静かに天を仰いだ。

お読みいただき、ありがとうございます。

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