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嫌われメイドは禁断の魔法で王太子を救う  作者: 天使ほの
第一章 嫌われたメイド
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第2話 差し出された花

 シーウェル王国の王都は、花の都と呼ばれるほどに美しい。

 整えられた石畳の道路の脇には花が咲き乱れ、流行の最先端をゆくブティック、貴人たちが集うカフェなど、洒落た建物が多く建ち並ぶ。田舎の娘たちが一度は行ってみたいと夢見る、憧れの場所なのだ。


「オーズリー洋菓子店……。あれ、どこだろう……」


 デイジーお嬢様に、今話題の洋菓子店で人気のスコーンを買ってくるよう言われ、渡された地図を手に歩き続けて早二時間が経とうとしている。

 ここは王都の中でも高級ブティックが建ち並ぶ通りで、私のような姿の人間が歩くのはあまりにも浮いていた。

 現に、着飾った令嬢とすれ違うたびに、怪訝そうな顔をされている。


 恐らく、お嬢様からの嫌がらせの一つだろう。この地図は洋菓子店への行先など示していないのだ。

 だが買わないで帰ったら、きっと罵られ、もっと酷い目に合う。お嬢様の思うつぼだった。


「どうしよう……」


 歩き続けても見つからない行き先に、立ち止まって途方に暮れる。そんな私を避けるように人々は足早にその脇を通り過ぎていった。

 そんな数々の足音の中に、たたたっ、という石畳を走る軽やかな足音が混じる。その足音の正体は私の前までくると、ちょい、とスカートの裾を掴んだ。


「おねーちゃん! これ! あげる!」


 幼子特有の高い声にびくりと体をすくませる。下を見れば、小さな男の子が私に向けて一輪の花を差し出していた。

 その身なりは、幼いながらに立派なもので、どこかの貴族の令息であることが見て分かった。

 私のような身分の低い者に声をかけるなど、幼いからこそできたこと。あまりに恐れ多くて思わず両腕を挙げてしまう。


 差し出された一輪の花を受け取れずにいると、「アル!」と私のスカートを掴む令息の名前を呼ぶ、美しい女性が現れた。


「アル、ダメでしょう。急にいなくなったら。……貴女も、急なことで驚いたでしょう、ごめんなさいね」

「い、いえ……! 私のような者が、申し訳ありません……」


 思わず頭を下げる。平民の私が、貴族の令息に手を出したなんて、何たる不敬なのだろう。実際には手を出したわけではないが、平民の私にそれを言う権利はない。

 自分の靴しか見えない視界の中で、きっと罵られるだろうとぎゅっと手を合わせた。

 その手を、温かい手がそっと包む。


 思わず上を向くと、そこには優し気な表情をした婦人が、私を気遣うように見つめていた。


「そのように自分を卑下してはだめよ。貴女を生んだお母さまに失礼だわ」


 婦人は私に頭を上げるように言うと、未だにスカートの裾を掴む令息の頭を撫で、そして笑った。


「アルは心の綺麗な人にしか話しかけないの。子供ながらに分かっている子なのよ。だから、この花、受け取ってあげて」

「……ありがとう、ございます」

「ん!」


 純粋でキラキラと輝く瞳に負けて、そっと差し出された花を受け取る。

 すると満足したのか、令息はとたたっ、と母親であろう婦人のそばへ戻っていった。


「貴女、オーズリー洋菓子店へ行きたいの? だとしたらこの通りではないわ。その地図は間違ってるわね」

「……そう、ですか」


 どうせそうだろうとは思っていたが、やはりお嬢様の嫌がらせだと思うと気分は重くなる。

 婦人はそんな私の表情に思うところがあったのか、気遣うようにもう一度私の手を包むと、優しい笑みを浮かべた。


「この通りから右に三つ行ったところの通りにあるの。人がたくさんいるからすぐに分かると思うわ」

「……! ありがとうございます!」

「今は大変だろうけれど、心の綺麗な貴女なら、きっと幸せになることができると思うわ。貴女の幸運を祈ってる」


 ふいにかけられた優しい言葉に、ぐっと出かけた涙を我慢して頭を下げる。

 そんな私に婦人は微笑むと、令息と手を繋いで先へと行ってしまった。


 その後ろ姿がふと、夕暮れに母と子道を歩いた自分と重なる。


 “『いい? エイダ。魔法は使えるということで満足してはだめなの。なんのために使うのか、使う者の意思が大事なのよ』”


「お母さん……会いたい」


 在りし日の思い出が蘇り、そんな叶わぬ願いが口に出る。

 母はもうこの世にいない。私は一人で頑張って生きていくしかない。

 小さく息をつき、パシリと両頬を叩く。


「早く帰らないと、お嬢様に怒られてしまう」


 急いで言われた通りに向かおうと走る。行き先が分かってしまえば、あとは買って帰るだけ。

 先ほどの婦人の優しい言葉に、少しだけ心も軽くなった気がする。

 

 あと一つの通りを過ぎれば、目的の場所へたどり着く。転ばないよう気を付けながら通り過ぎようとしたその時だった。

 細く暗い道が、まるで口を開けているかのように現れたのだ。

 

 王都には数多くの裏道が存在する。それは過去の貴族の逃げ道だとか、盗賊の作った道だとか、様々な言い伝えがあるが、今でもその道だけは治安がいいとは言えない。

 私だって、普段は見て見ぬふりをする。それでも足を止めてしまったのは、聞こえてしまったからだった。


「ッぐ、はぁ、ッ……」


 それは苦しんでいる人の声だった。

 その人以外に、声を出している人はいない。もしかしたら、怪我をして一人で逃げてきたのかもしれない。


(ここで見ないふりしたら、きっと後悔する)


 意を決して、方向を変えて裏道へと入っていく。

 どうか悪人がいませんようにと願いながら、進んでいくにつれ濃くなっていく魔力の勢いに、息が詰まるような感覚がした。


「大丈夫、ですか!?」


 口元に手を当てながら、蹲る影に駆け寄る。


「ッ、誰だ!」


 響き渡る声は苦しそうで、今にも倒れてしまいそうだった。私はぐっとこらえて、倒れそうな体を支える。

 そして目が合った瞬間、思わず息を飲んだ。

 

 ローブに身を包んだ美しい黒髪の彼の瞳は、まるで空のように澄んだ青色だったのだ。

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