第1話 禁断の魔法
「ぬるい!」
バシャリ、と音がして淹れたばかりの紅茶を頭から浴びせられる。
ぽたぽたと雫が垂れるが、拭うことなど許されない。
「申し訳ございません。すぐに淹れなおします」
「一体いつになったらまともにお茶を淹れられるようになるのかしら。この出来損ない!」
「仕方のないことよ。この子はあの小汚い女の娘なのだから。雑巾がお似合いなのよ」
「……申し訳、ございません」
ぎゅっとエプロンの上でこぶしを握ることしか、私にはできない。
デイジーお嬢様とサッカレー夫人のご機嫌を損ねないよう、言い抗うことなど許されないのだから。
貿易事業で成功し、王都でも名の知れる商会に成長したサッカレー商会の会長、マルヴィン・サッカレー様のお屋敷で勤めるようになってから、もう六年になる。
もともとは、女手一つで私を育てるために、母がここで働いていた。そんな母が他界し、身寄りのなくなってしまった私をどうにか拾っていただいて今に至る。
当時12歳だった、何もできなかった私を拾っていただいた御恩もある。
だが、決して粗相をしないようにしているつもりでも、お嬢様と夫人にはどうしても悪く映ってしまうらしい。
持ってきた雑巾で、お嬢様が濡らした床を掃除する。
「まあ、濡れ雑巾が濡れ雑巾で掃除してるわ」なんていう心無いお嬢様の言葉も、聞こえないふりをして無言で作業を進めた。
「そういえば、デイジー。貴女の友人であるジェマの妹に、魔法が発現したらしいわね」
「……お母さま、それは」
「あんないけ好かない小さな商家の小娘に、どうして魔法が……! はあ、憎らしい!」
「き、きっと使えない魔法に決まってるわ。それに私だって……!」
魔法。シーウェル王国、ひいてはこの世界にとって、それはとても重要なものだ。
この世界で魔法を使える者は、人口の30パーセントと言われている。そしてこの魔法を扱える者の数、その強さこそが国力に匹敵されるともいわれ、どの国でも魔法を扱える者は平民から貴族まで重用されてきた。
平民にとっては特に、魔法を使えるということは成り上がるための重要な手札なのだ。
何よりこのシーウェル王国は、他の国と比べると魔法を扱える人間が少なく、人口の15パーセントほどしかいない。
したがって、他の国と比べてもずば抜けて、シーウェル王国の魔法師に対する扱いは丁重なものだった。
サッカレー夫人が、自分の娘を貴族に嫁がせたいという野望を抱いていることは、使用人の中では有名な話だ。
だからこそ、その足掛かりとしてお嬢様に魔法が発現することを、夫人は熱望している。
その希望に反して、お嬢様に魔法が発現することはなく、19歳の誕生日をつい先日迎えてしまったのだが。
「ああ、なんであんたなんかが魔法を使えるなんて幸運に恵まれたのよ!」
巡り巡って怒りの矛先がまた私の方へと向いてしまった。
すぐに夫人の方へ向き直ると、頭を床に擦り付けながら、「申し訳ございません」と謝り続ける。
「こんなぼろ雑巾のような小娘に……!」
「お母さま、そんなこと言わないであげて。だってこの出来損ないの使う魔法は、口に出すのもおぞましいものだもの」
ぴくり、と擦り付けていた頭が動く。
そして、その後にくるどうしようもない閉塞感に息が苦しくなるのを覚えた。
「そうね。きっとそのことが知られたら、あんたの居場所なんてなくなるわ」
「……新しいお茶を、お持ちします」
お嬢様の言葉に途端にご機嫌になった夫人は、高らかに笑うと、私を追い払うように手を振った。
息の詰まるようなあの部屋を出て、ほっと息をつく。
蔑まれた言葉の数々に、じくじくと、胸が痛む気がした。
「私だって、魔法なんかいらなかった……」
呟いた言葉は、誰にも聞かれることなく高い天井に消えていった。




