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十悪業  作者: 悠希妙
9/11

昔から嫌いな事の1つに演説というものがあった。

子供の時に街頭で何とは無しに聞いた事が切っ掛けだった。


私自身の能力によって演説を行なっていた人の白く飾られ、並び立てられている言葉の隙間を通り私の心に本当のドス黒い想いが心から全身に広がる。

そのギャップに当時の私は驚愕し、気分が悪くなった。

すぐにその演説が聞こえなくなる所まで私は離れた。

家に帰り水をゆっくりと飲んで祖母に慰めてもらいようやく気分が落ち着いたのを今でも鮮明に覚えている。


あれから時が流れ、能力にも自制が利くようになった。

今は流石に演説などに対して脊髄的に避けるような事まではしなくなったがそれでも幼き頃の経験の影響は大きいもので、苦手意識が無いと言えば嘘になる。


そして今、私は隣に居る院長に今度新学院設立と院長就任に当たって今後の方針等も絡ませた演説をやる予定だと言う話をされていた。


それは私にとってはどうしようもなく嫌な出来事であるが、私は院長のそれを止める術なんて持たない。

演説のある日はその場所へは近付かないようにして、今まで通り避けて行き、そしてこれからもその通りに演説という物を避けて生きていく予定だ。

院長はその演説の内容をどうするかという話や、そもそも院長就任した際の思いの丈は全て就任式にて曝け出したのに、約1ヶ月しか経っていないのに言う事なんて早々変わらない。

という様な事を憂いていた。

私はそんな院長を院長室(あそこ)へ帰さず、それでいて書庫まで引き寄せるのが目的だ。


だが、書庫まで誘き寄せる事を優先してはいけない。


この作戦は、院長を討つ為の作戦ではなく、院長室にある『先代院長が書いたとされる遺書』それを入手する為の、あくまでも時間稼ぎなんだ。

もし仮にその目的を達成した場合、どちらかの学院生が白兎先輩へ、そしてその白兎先輩から私へと電話がかかってくる。

出来ればその電話がかかってくるまで書庫へも行かずに、もし無理そうであれば書庫で時間を稼ぐ。

それが今の私の役割。

私は隣にいる院長を視界に抑えて、それを念頭に改めておいた。


まずは院長はこれからどこへと向かう予定なのか、それを探りたい。

だが少しでも怪しまれる事なんてしたくはない。

ましてや勘付かれるなんて以ての外。

ここは私が院長の行動を捻じ曲げるべく、こちらから干渉をしていく方が良いと判断をした。


祈継花「院長。この間の話なんですが」


院長「この間の話? はてさて、なんだろうか? 」


祈継花「あ、いえ。この間食事を奢っていただいた時、お礼を言う間もなく院長が業務が何かの電話で何処かへ行ってしまわれたので……。」


院長は私のその言葉に顔をしかめてばつが悪そうな雰囲気を醸し出し始める。


院長「いや〜ごめんね〜あの時急に席をはずしちゃった事……怒ってる感じかい? 」


私はまだこの学院に来て日は浅い。

だがこの人の事、院長の事を少しは把握してきたつもりだ。


院長は殺気の様な物を隠すのが上手いんだと思う。

殺気なんて大抵の人は感じた事も無い筈で、私も例外ではないが、能力で垣間見えるあの裏のおどろおどろしい黒い感情を一回でも知ってからは、院長が人を殺すという前提に違和感は抱かなくなった。

裏を返せば仮に私にこの能力が使えない仮定をしておくと、今でもその隠された感情には気付ける事もなかっただろう。

その場合、院長を打倒するべく集まったグループの中に私は居ないんだと確信をしている。


だって今のやり取りだけで院長が悪人だと思える人は果たして何人いるだろうか? その分からなさに私達全員はある種振り回されている様な訳になる。


だがここで私は院長のそんな二面性を信じた言動をしたい。


祈継花「怒ってなんて全然いませんよ! 寧ろ奢って貰えて本当にありがたかったんです。」


祈継花「ですからお礼を言いたかったんです。ありがとうございました」

そう言いながら私は頭を深々と下げる、少しわざとらしいくらいにしっかりと。

それは見る人が見れば逆に卑しくて、品のない様に見えてしまう様なそんなわざとらしさを院長にあえて押し付けていく。


院長「頭を上げてよ! 全然良いよそんな位の事でそんな大層な事じゃないよ! 頭を上げようよ! 」

院長は予想の通り、いや、予想よりもたじろいだ様子で、照れ隠しや困惑を生んだ原因である私の動作を早く納めようと早口で喋りたてる。


私はその様子を聞いて『やりすぎて逆に困らせてしまった事に遅れて気付いた』というシチュエーションを用意する事に成功した。

抜かりなくそのシチュエーションの完成度を高める為にその必死な様子をあえて一瞥し、あえて間を置いてから、その事実にさも今気付いたかの様に少し早くお辞儀をやめた。


できる範囲で完成度を高めたこのシチュエーションを次は最大限に利用する。


祈継花「ああ……ええと、なんかもう色々とすみません」


祈継花「その、院長、この間言っていたデザート以外のオススメって何でしたっけ? お昼時ですし、もし良ければ一緒に食べに行きませんか? 奢りは逆に申し訳ないので普通に食べに行けたら良いなあ。と思うのですが」


と、この様な感じで。

私は今作成したシチュエーションを最大限に利用している。

困らせた事に対する謝罪をまずしておき、そこであまり間をおかずに食堂へと誘う。

一見、先程のシチュエーションとは結び付かないこの言動によって院長はこの誘いを断らなくなったと予想する。


院長と出会う際今までは先輩達と一緒に行動をしていた。

だから院長の目線から見た場合の祈継花(自分)への不確かな部分は少なくは無いだろう。

その院長にとっての自分のイメージが今の深いお辞儀と謝罪、そして昼食を共にするという提案によってある程度紐解かれ、まだ柔らかかったであろう自分のイメージが一歩前へと硬化を始めてくれたんじゃないだろうか。


あまり出していかなかった、

いや。寧ろ、出そうにもこうやって一対一の対話じゃ無い限りは考える余地の出にくい部分である『会話からその人の性格や個性を予想する』という、現代人ならある程度誰でも使える力。


その力、それは人間が人間として型に収まる為の、人間同士でのルール。

ここで言うルール、それは今日日の法や約束事という話ではなく、もっと自然から生まれた本能としての物事を取り扱っている。

その意味でのルール自体は人間以外の生物種にもある。

犬や猫、象やライオン、ハイエナ、鳥、魚や、もしかしたら植物にもあるかもしれない。


そんな同種にある決まり事。

人間の場合は、その決まり事を悠久の時を経て今も進化させ続けている。

特に言語の進化は凄まじく、少なくともこの星では私達人類が間違いなく言葉には特化していっている。

そんな私達が、ひとが、人間が人間同士での本能的なコミュニケーションを取る為に作った型はこの形で進化を続け、今や他の本能的な動物種には見られない独特な文化、社会性までをも持ち始めた。

私が科学とは対極であり、最早オカルトと分類される様な特殊能力を使えるのは、その進化の次の段階か、それとも……。


いや、それは今考えるべき事じゃない。

気を取り直そう。なんてことはないんだ。

私は院長を深い事は考えずに昼食に誘った学院(ここ)の学院生徒。

それはここまでのやり取りで演出出来ている筈。


そして、その事を把握する為の内面や性格、自分という人間から見た院長への心証。

総称して『院長から見た自分』

それ等が何となく、大雑把にでもこれまでのコミュニケーションにより理解出来た様な気になってくれている

……で、"あろう"という"予想"をしている。

その予想に従い続けて、だから私はこの一連の流れを生み出せたのじゃないかという考えに至っており。そして今、その答え合わせとも言える返答を目の前で腕を組んで悩んでいる様子の院長から聞かねばならない。

ならないんだ。


行動に移し終えた後だというのに心臓の鼓動は数分前と比べて自分でも驚く位に早くなってきている。

ただ、返答を待つ。

待つだけ。

それがこんなにも辛くなるものなのか? 

今まで過ぎ去ってきた1秒が長い

これから通り過ぎ去っていく1秒が長い

緊張のせいで1秒の間に鼓動を打つ回数が早い

何かを間違えた? 私の……いや、私達の狙いが既に内心で察され、私の鼓動よりも早く打つ手を考えているのかもしれない。

私はその襲い掛かる重圧に対して音を上げるかの様に(実際その為に)再度院長へと「どうでしょうか……? 」と尋ねるべく口を開こうとしたその時、院長は喉からそれまでより一際大きな唸りを上げてこうしゃべり始めた。


院長が悩んでいた原因は、それは私の予想していた事とは全く別方向の切り口。


院長「いや、行きたいんだけどねえ〜今日って確か日曜日の筈だから食堂が空いてないんだよね〜。」


祈継花「……え? 」


院長「あ、いや、だから。空いてないなら外食でも良いには良いんだけど立場上ワタクシは今日も色々やらなきゃいけない事があるからさ! あまり学院から遠く出る訳にもいかなくてね〜! 」


院長「そもそもここの学院で近場に休日でもやってあるちゃんとした飲食店ってそんなに無かったしなあ〜とか考えちゃっててさ? 忙しさも含めて困っちゃうよ〜ハハハ……。」


私はひとまず院長が怪しんでいた訳じゃない事を知り一安心した。


が、ここで食事を一緒にしないという事はつまり、怪しまれずに院長を目視できる距離に居れる時間も減る。という事に他ならず。

行き先等も現時点で分かっていない今の段階でそれはあまりにも危険が過ぎる。

そう考えを巡らせていると私は今までの重圧により緊張状態へとなっていた事が奇跡的に追い風となってくれた様で、院長の本当の言葉が自分の中へと響き渡った。


院長《今日も既に昼時の時間帯になっちゃったかあ、うーん贅沢は言わない。本当に手頃なものでも良いから手作りの、人の暖かみを感じやすい食べ物を久々に食べたいな〜。》


その本音が聞けた瞬間に私の頭が出した答えは一択へと絞られた。


祈継花「それならば院長がもし良いというのであればですが私が軽くサンドウィッチ等でも作りますよ」


院長「てづくり……? 」


祈継花「あ、でも手作りとかあまりよく思わないタイプでしょうか? それなら申し訳ないのですが……」


院長「いやいやイヤイヤ、手作り、いい響きじゃないか! 食べるよ食べたよ食べようよ! さいこうーだよー! 」


院長

《やったねーやったねーやったねーやったねー》


院長「ハハハハハ! 」


その畳み掛けに提案をしたのはこっちなのに思わず一歩後ずさりをしそうになるが、ともあれこの流れは現時点で理想に近い。

今度はこっちが畳み掛けるべく言葉を発する。


祈継花「でしたら院長、私達の部屋へと今から一緒に行きましょう。」


院長「いいでしょう〜そう致しましょう〜」


少し鼻歌混じりにそう答える院長、露骨にテンションの上がっている様子が見てとれる。

そんな状態で共に自分の部屋まで歩く。

念の為に院長の前に立つのではなく、横へ並び立つ様に、視界へ収めながら。


忘れてはいけないし、忘れようが無い事だが不意を打たれてしまえば私はいつでもこの鼻歌交じりの人にどうとでもされてしまう。

そして私の作戦が失敗するという事になってしまうと、グループ全員が危機的状況に置かれる事も間違いない。

その事実にもうひとつ掛け合わせて覚えておきたい。


『院長が何人も既に人を殺しているのかもしれない』という事実。


その現場を直接見た訳では決してないが、もし院長が本当に殺人鬼なのだとしたらどの様に人を殺めるのかを知らない分私の方が今確実に不利であり、そのパワーバランスは少なくとも今はひっくり返るという可能性はあり得ない。


羊と狼の関係性でさえ、あくまで食の為に殺める狼は自然の成り行きだと感じる事ができる。

だが、人が人を、あえて今の例えに寄った言い方をするなら職の為に殺めるだなんて事は自然の成り行きでも、ましてや文化、文明の発展の為なんかでも決してない。

それでも、信じるのであれば院長は、この人は人を殺してしまう。

殺した事が過去に最低でも1回はあるという事になる。


どう足掻いても捕食をされる側になってしまう今の状態で、それでも同じ人だからこそ今の所紙一重で私は生きており、同じ人だからこそ相手へと料理を振舞えるのだろう。

そんな事を考えていると自分達の部屋と同じ階層まできた、もうあと1.2分で部屋まで辿り着くだろう。


今の様な事を考えながらも歩幅を調整して院長の横から徐々に左斜め後ろへと位置付ける事に成功した。

ここなら両手も目で確認が可能。

尚且つ前方を向く限り院長の方からは自分は見えない為、こちらへ何かを仕掛ける際にはこちらの位置を把握する事が必要になる。

その確認は一般的に考えコンマ数秒、気休め程度だろうが横にいる時よりも僅か一瞬とはいえ時間が長くかかってくれるならそれに越した事はない。

その一瞬に命がかかるのかもしれないなら尚、ここで手を抜く訳にはいかない。

そんな理論的な考慮と先程考えていた自身の道徳観を並行で思案しながら院長と共に歩く。


私は部屋へ辿り着くまでの沈黙や気まずさを少しでも減らすべく、まるで場を繋ぐ為と言わんばかりに色々と喋ってくれていた院長に対して考え事をしていた為「はい」や「なるほど」などの単発じみた返答しか出来ていなかった状況に多少の申し訳なさを感じる。

その罪悪感から久しぶりにこちらから院長へ話をする。


祈継花「院長、先程も言った通りサンドウィッチを作ろうかと思うのですが。」


院長「うんうん! ワタクシは大変愉快であるぞよ! 」


祈継花「今部屋の冷蔵庫にある物を今朝確認した感じだとハムサンドが卵サンドのどちらかなら作れると思います。どちらが良いなどの希望は有りますか? 」


院長「えぇ〜!? 作ってくれるだけでありがたいんだからそんなの気にしないでくれても良いのに〜」


私は歩きながら院長の方向を向き集中を数秒間行う。


院長《うーん! まあホントは卵サンドかなあー》


祈継花「……。じゃあ私の気持ちの問題で今回は卵サンドに致します……ね? 」


院長「お!? マジ!? 本当かい? 」


院長「いや別にハムサンドも良いけどね、卵サンドも美味しいからね〜! うんうん! 」


祈継花「あれ、もしかしてハムサンドの方が良かったですか? それならハムサンドに致しますよ」


今が油断なんてしてはいけない緊張状態であり、作戦の決行中だという事を加味しよう。

その上で、今の私は能力を早いペースで発動が出来ている様な気がしている。

いくら集中を深めたつもりになっていようとも数秒間で言葉の本音が分かる事は今までの体感上早々無い。


院長「ああ……うん……まあ……どちらでも良いよ。……うん、全然大丈夫……」


先程私は自身のモラルを確認する過程で自分、私自身も人間だという前提を持ってその事を臨んでいた。

だが、もっとも、私のこの能力は一般的な人ならざるものなのは間違いなく、そんな私が人間というテーマに舌つづみ頭を垂れるのは得もいえぬ恐さも有るのかもしれないが。


院長「うーん……うん……ダイジョブダイジョブ……」


祈継花「あの、やっぱり卵サンドにしよっかなーって……思います、よ……。」


院長「え? ええーマジすか!? ええ〜いや、別にハムサンドも美味しいんだけどねえ〜! 」


院長の食べ物に対する慈しみはこんな能力が無くともきっと誰にとっても把握が容易だろう。

私と院長のそんな会話から院長は熱が入ったのか、卵サンドの魅力について語り始め、以降は私は相槌を入れるだけになってしまった。

卵に対するうんちくや食に対してのポリシーを院長が上機嫌で話しているその内に部屋へと辿り着くことが出来た。


私は部屋の鍵を開け、扉を開けようとした時に院長は何か言葉を発した。

それまでの院長の語りと同様だろうとあまりしっかりと聞いていなかったという部分も有るが、どちらかというと


院長《あと、数時間後にはバイバイか。残念だよ、祈継花。》


と聞き取れてしまったのが主な原因だった。

その言葉に院長が表向きはなんと言ったかという事などはどうでもよくなってしまった。

そしてその言葉から感じ取れた本音に私は心底から震え上がった。

私は、今聞こえてしまったその現実に面喰らい、すぐにでも隣に居る院長から走って距離を置きたくなる衝動に駆られた。


だが、今ここでそんな事をしたらそれは作戦の失敗を意味する。

大丈夫。

この言葉はあくまでも事実から目を背けて現実逃避をしているだけに過ぎない。

それをも把握しながらも、その上で、それでも、頭の中で私は一度その言葉を強く念じておき、私は震えを直ぐに止める。


次に、院長の方へと顔を向けるという怪しさが出る行為はしない様に努めながら扉を開け、部屋へと入りながら院長に背を向ける。顔を見られない為に。

それから自身の表情筋を緩めておき、次に笑顔だと思われる様なイメージの顔を作ってから始めて院長の方へと顔を向ける。

これはまず、院長の内心を知っているかの様なタイミングで院長と顔を合わせる事自体がそれだけで非常にリスクのある行為だろうという予測がある。

そして付け加えるなら私の表情が院長の本音を聞いてからは完全に強張り、緊張した面持ちになっているであろう事を自覚していたからだ。


祈継花「はい、では院長、お入りください! 」


精一杯自然に、そして少しだけ明るい声色で私は院長にそう言う。

院長の顔は普通だったが、もし先程の段階で院長の顔を見てしまった場合にはその顔はどんな事になっていたのか。

想像に難くは無いだろうが、その想像をする事に意味が無い事をすぐに悟りやめておく。


その代わりに想像をするべき事をまとめる。

まず今の流れを考え、今の自分が以下に院長から怪しまれずに且つ、時間を稼げるかということに帰結させなければならない。


今の流れは……今はただ、サンドウィッチを作る為に部屋へと招いた呑気な新入生を演じなければいけないのだから。

私自身の行動には大きな間違いは無いと踏んでも良いだろう。


現に院長は私の一声で部屋へと入り、ニコニコしながら机へと腰をかけている。

私はそんな院長に早速作るのでお待ち下さい。

と言いながら冷蔵庫にある飲み物をコップへと注いで机に置き、それからキッチンへと移動をした。


いくら考えても答えの出ない部分は一度一人で考え込むのをやめておき、脳を少しでも休ませたい。

もしくは、答えの明らかになっているものや、なりそうな物に対して答えを出していきたい。

とにかく建設的に次にすべき事やあらゆる事態を想定してどう動くかを見定めなければ。

見定めなければ、私は院長の本音の様に、他ならぬ院長によって数時間後には終るのだろう。


いや、待て。


……数時間後? 


能力を使った時の院長の言葉の裏を、その内容を聞いた通りに素直に受け取るのなら院長は私を数時間後に始末する算段が付いている、或いはそれまでは始末はしないという心情な訳だ。


それが何故なのかは現時点で答えの出ない事なんだろうが……ならば数時間というのがどれだけの時間の事を指しているのかの方に着目すべきだろう。

まず数時間というからには今の時間帯、つまり1時間は安全圏なのは確定している。

2時間からは一般的に使われている見方をするなら数時間の範囲内だ。

現在の時刻を確認するとまもなく午後13時になる所だった。

院長はまた鼻歌を口ずさみながら飲み物を手に取り、氷を鳴らしている。


院長と私が今日会ってから40分程経つ。

14時前後までなら院長は私に何かをするという事は無い。

ならば、少なくとも私は後30分程時間を稼げる筈だ……! 


あまり長く何も物音を立てていないと不自然なのでフライパンへ油を敷いて温めながらそう考えていた。

油がパチパチと音を立てながら跳ね始めたのを見て、卵を入れる。

思考を放棄して行える程度には慣れた動作だが、もしかして院長はこの位極自然に、誰かを殺めるのかもしれない。それが院長の『日常』であるのかもしれない。

そう思った瞬間に悪寒を僅かに感じた。

私のメンタルを、無意味に私自身が削ってしまった。


私はそれを反省し、思考を強引に引き戻す。

そもそも院長が私を数時間はあえて生かしておく理由は何だろうか? 院長の目線に立って考えてみる。


タイミングなんてそれこそ今、ここで、部屋に私達2人しか居ないこの状況でなら、どうとでも出来そうだと感じるが

……結局私はその点に関して少しも明確に出来ないままで、納得のいく推察は微塵も完成しない状況のままだ。


だが、私は確かに先程、院長のあの明確な殺意を感じてしまった。

まだ1人で時間を稼ぐつもりではあるが……現状を報告する為に私はフライパンが熱されるまでの間に院長にバレない様に携帯にメールを打ちこみ白兎先輩、夜若華先輩に一斉送信をする。

それから私は腑に落ちない状態でサンドウィッチを完成させた。

院長に声をかけて、昼食を共にしようとした時に院長から予想外の提案をされた。


院長「いやあ急だけど祈継花さん〜折角の手作りをしっかりと雰囲気も盛り上げてワタクシは頂きたいナーって思っちゃったりしたんだけど」


院長「どうせなら屋外で、学院内のどこかベンチとかで食べるのはどうスっかねー? 」


祈継花「屋外? 今ここでではなくですか? 」


院長「ソソ。お外。いや〜サンドウィッチってピクニックのお供じゃん? その外の空気と一緒に祈継花さんのサンドウィッチを食べるのはきっと美味しかろうと思い至りね! 」


祈継花「外……」


私はその院長の発言に戸惑いを少し出してしまった。

今作った手料理を外で食べる事のデメリットとメリットの分析と院長のこの提案の意図の2つをまずは考えてしまう。

だが、その2つをまとめる為の時間は残されていなかった。

院長は少し悩んだ素振りを見せている(実は考え込んでいるのだが)私に続け様にこう言う。


院長「あれ? この後何か予定とかもしかしてある感じだった? 」


私はこの一言で内心焦っていた。

ここで断る事はつまり、この後院長の行方をコントロール出来る役割から外れるという事。

院長の意図がどんなものであろうとも

そしてデメリットがどれだけ大きいものでも

今の段階で時間を稼ぐ事に失敗をしてしまうというのはこの作戦の破綻を意味する。

最大のデメリットはそれなのかもしれない。


とどのつまり、私はこの院長の提案を飲まないという選択肢は残されていなかった。


こういった心理戦を用いる場合、最悪の想定をする事だけであるなら、それは案外簡単な類の事である。

そこに生死まで関わるのであれば尚の事だろう。

だが、意外にも大抵の人はこういった場合0か100の想定に気を取られ、1〜99の事柄にはアドリヴで対応しがちだ。

それが1人の場合なら常に100にする為に模索をするのは決して間違いではないと思う。


でも私は今1人でこの作戦を行うわけじゃないのだから、私の取る行動が常に100である必要はないんだ。

50を目指して行動をする、それが今後に活きていくと信じて今の状態に対してしっかりと場をコントロールしたい。


私が今院長の提案に乗ったとして、ならばその外というのを具体的に提案し返して、妥協点を突く。


その為に私はまずは微笑みを浮かべながら発言をした。


祈継花「はい、考えてみましたが今日この後の予定は特に無いので、ゆっくりと外で昼食を食べるのもたまには良いかもしれませんね。」


祈継花「それで、場所なんですけど金噴水で食べるのはどうですか? あそこならほどよく外気を感じれて、日光も暑くならない程度に差してきて、とても心地いい暖かさです。」


私が提案した場所、通称金噴水。

学院内の敷地では人気のスポットで、金色の噴水が目印の広場。

人工芝と安全面に配慮されたゴムチップの地面で彩られ日光もよく当たる。昼食を取る場所として定番になってきており、最近は暑い日でも利用をする学院生の為にパラソル付きのテーブルが用意されていたりもする。

あの場所を私は院長に提案してみた。


昼間ならばまず私達以外にも人は居り、見通しもいい為学院内の窓などから誰かが見ていても不思議ではない。

この学院のトップでもある院長という立場故顔も広く知られており、何もしていなくとも生徒から見れば目立つ存在だ。


そうでなくとも院長は目立つ性格をしている節がある。

例えばついさっきの間である廊下を2人で歩いていた時、院長と話をしながら部屋まで歩いた僅か10分程の間でも、周りの学院生が遠い距離に居る時点で院長を認識し、会話が気軽にできる距離にまで来ると院長に挨拶をする。

この学院の一般的な教論と学院生ならそこまでは至って普通の挨拶だろうし、そのやり取りは数秒で済むだろう。


しかし院長は挨拶をした生徒に向かってわざわざ立ち止まって挨拶をしっかりと返してから院長の方から雑談をする。

足取りから挨拶だけをし、そのまま横を過ぎ去ろうとしたであろう学院生等にも同じ様に院長はそのまま話を続ける。

その院長の行動に不意を突かれた学院生の中には驚きを隠せない様子の人も居た。


そんな出来事が何回かあり、それにより部屋に着くのが若干遅くなっている。

本来なら廊下のあの位置から私の部屋までなら5分あれば部屋に着く距離だ、時間稼ぎという名目上寧ろ好都合ではある。

だが、その時の院長の様子を見た限り事情を深く考えていない学院生と雑談をしている時の院長は、その表向きの雰囲気とは対照的に冷静にその学院生の品定めをしている事が直感的に分かってしまった。

その学院生に敵意があるかの品定め、真意の品定め、それらの仮定を前提とした場合の行動の予想。


その裏の顔は祈継花()にも向いているハズで、その事を想像しただけで水中で溺れているのかと思える程呼吸がし辛くなる。

私は息がつまる程に冷静さを欠きそうになりながらも、雑談に対して偽り続ける為に作った笑顔を向けていた。


そんな事を私はまた経験している。明確な真意を感じ取った今の私が、偽りの笑顔を作れるのはあとどれくらいだろうか。


院長が話し終わり、金噴水へと再び歩み始めて背中を見せた時にゆっくりと音を立てない様に深呼吸をして脳に酸素を送る。

大丈夫。


金噴水は人気の場所だ。この時間帯ならそこへ向かう他の学院生も珍しくはない。

歩いて行くまでにそんな様子を少なくとも1回はまた見る事になるだろう。

心なしか院長の制服が普段より黒く見える。

私は手作りのサンドウィッチを弁当箱に入れながら、密かに気合を入れ直した。


そこから私達は金噴水に辿り着き、昼食を済ませる。

私の作った卵サンドウィッチを院長はゆっくりと味わって食べていたが市販で買った特に変哲のないパンに対して、


院長「これはあそこのお店で特注したパンの生地だね、間違いない」

と、堂々と誤った認識をした末に


院長「流石だよ、祈継花クン〜あそこのパンの生地の良さが分かるだなんて大したものさ〜! 」


という風に、その誤ちに気付かないまま(こちら)を過大に評価するという率直に言って失態とされる様な言動を繰り返していた。

私は演技ではなく心の底からの失笑とも苦笑いとも言える様な笑みが出て、多少迷いながらも結局、真実は告げずにお礼を言って、自分の分を完食した。


その間に携帯をあえて眼前で堂々と取り出して何回か確認をしているが、まだ一度も電話もメールも来ていない。


私は院長室へは初日に挨拶に伺った際に一度入っており、その内装なども大雑把には覚えている。

時間としては既に数時間が経過している訳になり、書庫ならともかく院長室だけを捜索するのであるならもう発見が出来ていてもおかしくはない。


何かアクシデントが起きている……? 


その線を疑いながらも変わらずテーブルに腰掛けながら私達二人は向かい合う。

院長は間違いの有る蘊蓄(うんちく)を語りながらのせいで食べる事に時間がかかってしまっており、そのせいで卵サンドの状態も大分冷めてしまっているのだが、それでも食べ切って満足気な表情を浮かべながらこちらへと微笑みを浮かべている。

学院の大時計を見るに30分程の時間が流れている。

時間がとてもゆっくり流れている様な感覚に普段なら子供の頃の様な、ノスタルジーに浸っていくのを楽しんでいたかもしれないが、今の私にはそのゆっくりと流れ行く時間が、むしろ辛かった。


今、昼食を終えた段階で私は一度こちらから電話をして見る事を決意する。

院長はこの昼食後、学院内に有るアイス用の自販機を利用してアイスをデザートにすると言う。

私は作戦の立場上、賛同したので流れによって院長はまだ行動を共にしてくれる事になった。

この隙を突くしかない。

手洗いの体で私は院長とは一度離れて、そのまま学院内に戻った。


私の方から電話をかける時。

それは『自分一人での院長の足止めはもう無理だ』という合図……そういう風に昨日の段階では決まっていた。

それをひっくり返して現状の確認の為だけに電話をかける事が得策だとは決して思えない。


思えない。が、電話をかける事自体が合図だとして、現状の報告自体のやり取りはメールでお互いにしても良い。

その事も昨日の段階で決まっている。

にも関わらず現状待機をしている白兎先輩、夜若華先輩に対して先程送ったメールの返信が一通も来ていないのは妙に私の胸をかき乱した。


私は実際に手洗い場に入っていた。

だが本来の用途でここへ来た訳ではない。

私はあえて少し遠回りをして1階ではなく、2階の手洗い場を選んでいた。

誤差程度かもしれないが歩いている距離が増えるのでその分多く時間を稼げる。

2階程度の距離では顔を出しすぎると容易にバレる様な近さだ。

なので、あまりしっかりとでは無いものの、金噴水の様子が、院長の様子が一応は確認できるというのもあった。


そこから私は院長を見ると、院長もまた、業務用に使っているであろう携帯で誰かと電話をしている様に見える。

あまり長くモタモタとしていると院長が何か急用でどこかへと行ってしまう可能性もある。

私はここへは電話をかける為に来た。早く済ませてしまおう。


まずは白兎先輩へと電話をかける。

携帯を耳へと近づけただじっと繋がるのを待つ。

少しだけ顔をだして院長を窓越しに見ながら私は先程の事を思いだしていた。

廊下で院長は挨拶を交わした学院生には多かれ少なかれ色々な話をして、私はそれをただ隣で眺めていた。

改めてその様子を思い出して、院長の底知れない二面性に恐怖を覚える。

鳥肌が立ってしまう程に洗練され隠された感情には不気味だが或いは不思議な芸術性を感じてしまう妖しさがある。

その深海の様な綺麗で不気味で、暖かくて冷たい様なあの院長の独特の雰囲気に私は少しの嫌悪感を思い出しながら感じていると携帯はついに白兎先輩へと繋がる事なく切れてしまった。


「おかけになった電話をお呼びしましたが、おつなぎできませんでした」

携帯から流れる事務的で淡々とした声に私のアクシデントがあったのではないかという疑念はさらに強まる。


サンドウィッチを作る流れでたわしは祈継花先輩と夜若華先輩に携帯のメールを一通、同一の内容の物を送っている。

私は夜若華先輩にも電話をかけてみる。


これがつながらなかった場合まず、何かが有ったとみて間違いないだろう。

電話に出た場合は白兎先輩の携帯はどうしたのか、別行動などを今しているのか、作戦的にこれからどうすれば良いのかの相談や質問が出来る。

私はその希望を抱きながらその時を待つが聞けた声は


「おかけになった電話は、電波の届かない場所、または電源が入っていないためおつなぎできません」

と、同じ様に相手につながらなかった時用の応答メッセージだった。


何故出ないのか? それ自体も疑問ではあるが答えへと辿り着ける情報は全く無い。

故に今注力するべき思考はそこではないと判断する。


ならばどうするか、どちらにせよこのまま院長を足止めするというこの後の流れは変わらないだろう。

ただ、先輩方が出ない事に強い違和感を覚えてはいる。

今院長室で捜索を行なっている2人にも電話はかけるべきだろうか? もしそこで2人共電話に出なかった場合の事まで考えを巡らせる余裕は微塵も無いが……。

小刻みに手が、いや、身体全体が震えている。

どうするべきかも、どうするかも不鮮明になってきているが院長は紛れもなく今も金噴水に居る。

せめて、確認にでも行ければとは考えてしまうがそんな時間が無い事も分かりきっている。

………………。


少しの間どうするべきかを思案したが、やはりここは2人にも電話をかけてみるのが良いという結論に至った。

書庫組の先輩方2人が電話に出ないのは既に緊急事態だと言って良いだろう。

院長室捜索組の2人がもしかすると何か知っているのかもしれないし、知らないのであればその事自体を共有して然るべきだ。

私は今度は院長室捜索組の先輩方に電話をかける。

仮に出なかった場合の事を予想して、若干不安と緊張を感じながらも伝えるべき要件を脳内で整理しながら待つ。


……そして電話は繋がった。


私がもしもしと一言声を出すよりも先に電話越しから確かな言葉を聞く。

瞬間私の顔は血の気が引いていく感覚を覚えた。


「良いか、声を出すな。」


「用件だけを伝える。俺は死ぬ。電話が切れた後、再びこの番号からかかってきてもその電話には出ない様にしろ。それは俺じゃない。」


「逃げ


瞬間電話越しから大きな爆音が響く。

電話の為音質が悪く、クラッカーを鳴らした様な音にも聞こえたその音が、銃声の類だと気付くのはコンマ数秒後の事。

その気づきの後間を置かず電話から足音と予想出来る音が近付いてきて、それから電話は切れた。

……正確には切られた。が正しいのだと直感的に感じる。


間違いない。

作戦は失敗に終わった。

心臓の鼓動が早くなっている、緊張が高まり指先が痺れ足の震えを止める事が出来ない。

どうすれば、どうしたら良いか

パニックに陥り考えがまとまらない。何をするべきかが思い浮かばない。


その時後ろから声がした


「祈継花くん」


後ろを脊髄的に振り返る


院長がそこには佇んでいた。


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