七
23時頃、私達3人の部屋のドアに三回のノックの音が出る。
この時間帯の来客は事前に決めていた事だったので特に驚く事ではない。
白兎先輩が扉の鍵を開けてそのまま見慣れた2人が部屋へと入ってくる。
白兎先輩はまた扉を閉じてしっかりと鍵を閉めた後、2人へ声を掛けた。
白兎「どうだった? 」
「残念ながら本日も……」
「ま、いつも通りだな。」
初めて新生書庫に入って捜索を始めたあの日から既に2週間……半月が経とうとしていた。彼等は今日も記録を見つける事が出来なかった様で、その顔は少し暗くなっている。
白兎「ふぅむ……中々進捗がないね……覚悟はしていたが」
夜若華「いやまあ〜しょうがない広さをしていると思いますよ〜」
会話通り計画に進展はほぼ無く、全員の心情として時間が無情に過ぎていく事への焦りが共通していた。
そんな決して明るくない雰囲気の中で白兎が腰掛けていた二段ベットからゆっくりと立ち上がる。
私と皆の視線は自然とそこへ向く。
白兎「よし、一回状況を整理していこっか。」
白兎「まず、僕や夜若華ちゃんの働きによる"足止め"が地道ながら効いてきてはいるみたいで。」
足止め。この計画で一番知られてはいけない対象は間違い無く院長であり、その院長に対して白兎先輩と夜若華先輩はその時その時の極々自然な手段で時間稼ぎを行なってきている。
書庫までの物理的な距離を院長から離し、他の教論に頼めば良い勉強面の手伝いをあえて院長にして貰い、院長の業務を間接的に増やす等、関係の無い事へと意識を向けて時間を稼いできた。
これには計画の隠密性を底上げしていく効果とは別の狙いも存在する。
体だけとは言え、最高責任者である院長の行動を一時的にでも制限出来る事により院長の院長としての業務を遅らせる狙いもあるという。
白兎「以前も言った通り、新しくなった書庫は一般開放される予定で、もしそうなってしまったら本の貸し出しは一般の人達にまで広がる。
その中に記録があったりなんかした場合その時点で僕達は"詰み"なんだ。」
白兎「でも今の段階ではまだ学院自体がバタバタしていて、授業等が再開される目処も今の所立ってはいない。その影響で関係者以外は書庫は利用出来ないようになっている。」
夜若華「言い換えてしまえば〜今なら時間が余りある状態で書庫にも、引いては計画に専念する事が容易。という私達にとって理想に近い状況となっているわけですね〜」
白兎「勿論それが永続的なわけじゃない。僕等が出来る事はこの二点と書庫に院長が近付いた場合に書庫捜索組への連絡を携帯で行う位が限度だ。」
白兎のその言葉に対して丁寧に、真の意味で一般的な学院生の内の一人がこう答える。
「捜索自体は順調に進んではおります。」
「が、現状の書庫には本だけでなく旧学院に残されていた資料等もその全てが収納されている"だけ"の状態で整理がされているわけではありません。書庫が一般開放されていない事は十二分なメリットではありますが学院自体の施設準備が万全でない事は明確に計画の妨げとなっているのもまた事実でございます。」
もう一人の学院生が回転式の椅子でゆっくりと回りながらこう続けた。
「そして、それに対抗する手段も残念ながら無いのがネックになっているな。書庫内の既に目を通した資料や本を俺らが整理さえ出来れば地道ながら計画の進捗性が目に見える形になってくれる。そこそこの効率化を図れるんだがな」
そして椅子の回転をしっかりと足で止め、こちらへ視線を向ける。
「祈継花さんは院長から聞いた……」
「というより、"聞こえた"んだよな。」
そう尋ねられる、入れたお茶を一度机の上に置きこう話す。
祈継花「間違いありません。」
それは計画を始動させてから六日程が経過した時だった。
――
夜若華、白兎という諸先輩方の足止めを図った行動はそれ自体は順調だったが、あまりに連日にそれが重なるとかえって怪しまれる可能性もあるだろう。という2人の判断によって一度自分も院長との会話などでその足止めに参加した事がある。
ボロなどを出さないように、また心理面でのアシストとして夜若華先輩が付き添いで、"先輩から勉強を教えて貰っている"というシチュエーションを見繕ってもらった。院長の行動経路のどこかでその様子を見つけて貰うという寸法のようだ。
院長は予想通り我々を視界へと入れた所で満面の笑顔を見せながらこちらへと近付いてくる。
夜若華「う〜わ。院長。笑顔が眩しすぎて少し怖いですよ〜」
祈継花「院長さん、こんにちは。」
演技のコツとしては、『自然体である』という認識をしている時点でそれは既に自然的じゃなくなるのだから、その認識を極限まで薄める事が大事なのだと教えてもらった。
院長「やあやあ! 夜若華君! キミが勉強を教えている所を見れるなんて珍しい事もあるもんだねえ! 」
私が今回院長の足止め役に抜擢されたのはそれだけの理由では無い。
祈継花は一般の人間と比べ、1つ『超能力』とも言えるような、理屈では説明出来ない力が使える。
それは幼い頃、物心がついて間もない頃からずっと、当然の様にその能力を手にしていた。
その力が今回の計画の役に立つ可能性が大いにある。として足止めへと参加をした運びとなっている。
そこから暫くは2人に勉強を教えて貰う。
元より無理なんてして"時間を稼がれている"という事が相手に悟られてしまっては、それは本末転倒だなんて言葉では言い表せない程に私達は追い込まれる。
行われているシミュレーションを甘んじて受け入れて、欲を出さずに本当に勉強をしていく。
順調ではあったと思う、大きなリスクを背負ったベストには及ばないがリスクがほぼ無い中でのベターな時間を過ごしていく。
なんとか粘り、数時間が経った。
もっと先輩方ならば上手に時間を稼げた気はしないでも無いが、いや、後半からは実際に少し馬鹿なふりをして問題に対しての質問をするなどのチャンスはあった。(実際に分からない問題もあったが)
しかし数時間の間に定期的に院長という立場上の業務に対しての愚痴が挟まっており、院長がその中でサラッと言ったであろう一言に絶望と戦慄を私は覚える。
ほんの少しの無理も、絶対にしたくない。
そう思わせるには十分な程に。
院長「いやあ、しかし困ったものだよねえ。」
夜若華「院長〜? 生徒が勉強をしている隣で愚痴を言い過ぎじゃありませんか〜? 」
院長「ありゃりゃらー、ゴメンゴメン。それは本当に申し訳ない。」
院長「今回でこの愚痴は最後にしておくよ! 」
夜若華「……今回分は話すんですね〜。」
祈継花「フ、フフフ……。」
ここは苦笑いをするしかない。と、いった感じで院長のペースに振り回されていく自分を客観的に見ていき、演じていく。どういった発言が自然かを推測しながら役割をこなしていく。
院長「新学院の新設された書庫があるよねえ」
院長「あそこが全然着手出来てなくてねえ、大量の書物が山積みになっているまんまで何も出来てないんだよ。手伝って貰える人でもいないかなあーっていう風に考えているんだけども、ね。」
院長《書庫内の資料を探している奴が誰なのかも、特定しなければいけないし。ね》
……本当に、本当に苦笑いをするのが精一杯だった。
私は物心ついた頃から、相手の言霊の裏側を読み取れるような力が有った。
心が読める。とは少し違って、相手の発言の真意がそのまま相手の声で脳内に再生される感覚が発生する。
十代半ばに入ってからは少しこの能力にも自制が効くようになった。
説明はし辛いが相手の声がちゃんと聞こえる位置に居て且つ、相手の言動に向けて集中をしていると聞こえる程度まで自分で能力を扱える様にはなった。
昔は自分の意思とは無関係に周りの人達の言葉の裏側の声が脳に絶え間なく響いていた時もある。
そのせいもあって都会やお祭り等の人の多く集まる所には今でも少し苦手意識がある。
周りの人と違って、この能力は特殊な事なんだと気付くのには子供ながらそんなに時間はかからなかった。
ここまでの話を聞いた人が居たとして、何人が私の言う事を鵜呑みにしてくれるだろうか。
5人居たら5人とも信じないだろう。
10人居たら10人で私を馬鹿にするだろう。
100人居たら100人で私は変な人だと噂されるだろう。
だが、こんな話を諸先輩の方々は信じてくれた。
能力の内容から、自分の意思で発動出来る条件、それら全てを鵜呑みにして、その上でどういった風に扱えば今回の計画が良い方向へ働くのかまでしっかりと理解して実行へ移す事を前提に話し合ってくれた。
自分のこんな特殊な能力に対してさえもリアリズムに囚われず、有るかも、有るだろう、有るに違いない。とどんな事も"有るとした上"で予測していくその様子に、先輩達の過去の知識と経験に人間性が滲み出ていた。
聞けばこの学院の旧院長の姿勢なんだと言っていた。
まだこの学院に完全に馴染んだ訳では無いが、何故旧院長が教論だけではなくここまで学院生にも愛されていたかが何となくだが分かった様な気がした。
そんな紆余曲折の末に今へと至るという訳になる。
底が見えない、聴こえない様な院長に対しても能力はしっかりと機能してくれる事が作戦としては救いだったろう。
初めて会って敬礼のような形でサムズアップをされたあの日にその事は実証されていたので計画通りであり、順調と言えよう。
だがそれと同時に私個人として考えた場合それは例えようのない恐怖に陥れるものだった。
初めて会ったあの日あの時の院長の、あの独特なポーズと共に放たれた言葉。
あれは緊張している新入生をリラックスさせようとしている心優しき風貌で、客観的に見たらとても和やかなシーンなのだろう。
そんなシンプルな意図の言葉。
なのに、真意から伝わる含まれた裏の内心。
能力を使わなければ聴こえないレベルで奥深くに、出さないようにされてある真っ黒な感情がそこには有った。
そしてその黒さをベースにしながらも敵に対しての思考が常に張り巡らされている。初めて会ったあの時に感じた、底の見えない昏い恐ろしさ。
それが今は明確に敵である私達に対しての敵意として襲い掛かってきている。
院長「でね! でね! 」
院長《この間のあの子達を暖としてからも一向に書庫の探索を続けている者はいるみたいだが》
院長「……という訳なんだよ! 」
院長《ほぼ最初にボクが疑ったこのグループ、というより白兎くんと夜若華ちゃんは意外にも全く書庫に出入りしていない……人間関係の把握は済んでいると思っていたがこの子達に近しい人間も殆ど書庫を出入りしていない様だ。やはりこの子達を買いかぶりすぎたんだろうか? 》
院長「……うん! 」
院長《だがこの新入生の祈継花ちゃんはともかくとしてもあの二人は油断してはいけない相手なのは間違い無い。》
院長「ハハハハハ! 」
院長《だからここでボクが今は『足止め』をしている訳だし……》
この瞬間私は大きく背伸びをし、夜若華先輩に顔を向けて口を動かす。
祈継花「う〜ん……勉強は難しいですね〜……」
と発言した。
私の能力は現時点で基本的に自制も出来、有効に扱える。
だが私は、私自身は私の能力に対して決して万能では無かった。
私自身のスペックも含めて考えた際この能力には弱点が大きく三つ有る。
一つめは先程も言った通り『対象が広すぎる場合、歯止めが効かなくなる。』
これに関しては人の話に集中しなければいけないこの自分の能力に、私自身が立ち向かう形で『人の話について深く考える事はしない』という対策を取れば大きな支障は出ない。
よって"今の私"にとって二つめの弱点こそがこの能力を使う際に一番大きなデメリットだった。
この能力を使う際に集中を要する為私自身の言葉数が少なくなるのだ。
会話はよくキャッチボールに例えられるがこの場合それに倣うなら、キャッチボールを投げる為に必要な"腕"がこの能力を"持つ"ことにより投げられる状態では無くなってしまうと考えて貰っても良い。
つまるところ二つめの弱点とは『集中しなければならない時間の長さ。またその時に求められる集中力の深さ』というものだった。
その能力発動に要求される深さと長さに対して私自身が応えようとした場合、肝心のコミュニケーションをしている相手への細かな気配り等ができる状態では無くなってしまう。
能力を使う際に、二人きりなどでは相槌を打つ程度が限界で会話が続きにくい。
続かないという事は相手の言葉が聞けなくなり、能力の発動条件を満たせないという悪循環に陥る。
コレでは能力なんて宝の持ち腐れでしか無い。
殆ど普通の人と変わらないだろう。
更に言えばこの能力を使って明確に私自身が得をした事なんてまず無い。
その意味で私はこの能力をあまり好きでは無かった。
自分の、ましてや人の為に使えた事なんて無いし、第一こんな常識外れな能力信じてもらえる事なんて今まで無かったのだ。
そう、今までは。
この弱点は裏を返せば複数でのコミュニケーションないしは、相手が一方的に喋っている様な希有な状況ならば使うのも可能だった。
一度初日に能力が発動出来た事も含めると私達には運も味方についている。
そして今、私は初めてこの能力に感謝していると言っても過言では無いだろう。
三つめは私自身の精神性の問題だった。
深く集中する代償か、非常に疲れる。
少し集中を途切らせるともうこの能力は使えなくなり、疲労が無くならない限り使えなくなる。
状況も含め、今回は能力を使う対象が院長だった。
心労が大きく伴うのは分かり切っており、だからこそ、事前にキャパシティーが限界を迎えた際に夜若華先輩と二人で撤退を決めるキーワードを事前に準備をしておいた。
それが先程言ったあの発言だった。
夜若華「あら〜集中が切れてきたんですかね〜」
祈継花「ん……そう……みたいですねぇ〜……くぁ〜! 眠くなってきましたよ〜」
と背筋を伸ばしたり首を回して疲れた筋肉をほぐす、あくびが出て"くれた''事もあり疲労感は完璧に演出が出来た。
夜若華「しかし院長になるだけあって勉強は分かりやすかったですね〜教え方の面で参考になりましたよ〜ありがとうございます」
院長「うんうん、うんうん。勉強を教える側としての目線だねー流石にキミともあればもう生徒というより教論に寄ってきているのかな? 」
夜若華はその言葉に顎に軽く中指を当てている。相手に対して『自分は今考え事をしている』というのを仕草で伝えているかのように。
そして数秒ほどの間を置いてこう答えた。
夜若華「目指してみるのも悪くはないですね〜」
院長「ンー! 頑張って精進してくれタマエ! 」
夜若華「え〜……凄い上からですね〜……」
院長「ハハハハハ! 実際一応院長やらせて頂いているからねえ」
院長「とは言え本音ではあるよ、あるともさ! 一緒にこの学院でお仕事出来る日、待ってるよ〜? 」
院長「ではね、お二方さん。祈継花クン、ゆっくりと英気を養ってくれよ! 」
そう言葉を残して院長は私たちの居る所から物理的に遠ざかっていく、その後ろ姿に私は一仕事を終えた達成感を噛み締めていた。
夜若華「……そもそもの話として、この学院でもっと勉強してたいですけどね〜私は〜」




