5.四天王、集結
——魔王城三階・応接室
夜の帳が深く下りた魔王城に、アンダルシアはクロムと共に戻ってきた。
久方ぶりに戻ってきた彼は迷いなく応接室の扉を押し開けた。
そこにはすでにガルマイドが待っており、半世紀を超える時を経ても変わらぬその姿に、アンダルシアの口元がわずかに緩む。
「アンダルシア!久しぶりだな」
先に声をかけたのはガルマイドの方からであった。彼の変わらぬ笑顔にアンダルシアは言葉で返す。
「相変わらずだな。この魔王城も、お前も」
アンダルシアは部屋を見回しながら答えた。石壁に染み込んだ古い魔力の気配、燭台の炎が揺れる影。何もかもが、彼の記憶の中のままである。
「クロム卿、ここまでありがとうございました」
アンダルシアはクロムに向かって一礼する。
「これくらいは容易いさ。では私はこれで」
クロムは短くそう告げると、自身の書斎へと戻っていった。その背中が扉の向こうに消えると、応接室には一瞬静けさが戻った。
アンダルシアはゆっくりと周囲を見渡し、それから再びガルマイドに視線を向け、対面の椅子に座った。
「……それで、バナードとキースは?もう着いているのか?」
「二人にはすでに連絡してある。プラムバナードは数時間後に、キースレインも明朝には到着するそうだ」
「そうか。じゃあ暫くはフリータイムだな。俺もこれからバルザス様に会ってくる」
アンダルシアはそう言い残し、応接室の扉を開けて長い廊下へと足を向けた。
「あぁ、また後で会おう」
ガルマイドはそう言って彼の背を見送った。
——同二階・リネン室
魔王城に仕える侍女たちが、バルザスの寝室から運び出したシーツを取り替え、新しい衣類を静かに整理していた。夜気の中で布が擦れる音だけが、狭い部屋に響く。
「ねぇ、さっきまでバルザス様のお部屋にいたお方、一体誰かしら」
若い侍女が小声で尋ねた。先輩の侍女は、呆れたように眉をひそめる。
「え? あなたまさか、アンダルシア様を知らないの?」
「そんなに有名なお方なのですか?」
「有名って、全くあなたって人は……」
先輩侍女は小さく頭を抱えた。
「いい?いま魔王城にいらっしゃるガルマイド様たちは、長年バルザス様の右腕として四天王を務め、魔界に多大な影響を与えてくださった方たちなの。この世でガルマイド様たちの名をを知らない方が少ないわ」
「そ、そうなのですか? すみません、私全然知らなくて……」
新人侍女は手に持ったシーツを軽く握り返した。
「……まぁ、それももう半世紀以上も前のことだし、知らないのも仕方ないわよね。あなたがここへ来る前には、ほとんど魔王城でお見えになることも無くなったから」
かつて魔界で名を馳せた英雄たちの栄光が、若い者たちの日常から遠ざかりつつある。だがその事実もまた、時代の流れであることを意味するのかもしれない。
「さ、お話はここまで。ここも片付けたし、次の作業に取り掛かるわよ」
先輩侍女は区切りを付けるように手を叩き、音を鳴らした。
「はい!」
二人の侍女たちは新しいシーツを手にし、リネン室を後にした。
──魔王城前、中央広場
深夜。冷たい夜風が、石畳の広場を吹き抜けていた。噴水の水音だけが規則正しく響く中、アレンは一人、そこに立っていた。
四天王の三人目、<疾風>プラムバナード。
高度な高速飛行魔術を得意とし、上空の哨戒を長く担当してきた男。その到着を、アレンは黙って待っていた。
しばらくして、広場近くの木々がざわめき始めた。噴水の水が風に靡き、次第に強くなっていく。上空から、黒い影が一直線に降下してきた。風をまとったその影が、アレンの眼前に着地する。
アレンはその男に近づき、一礼する。
「プラムバナード様、お待ちしておりました。遠方からの長旅、お疲れ様でございます」
「ん? おぉ、君は……確かガルマイドの」
「アレンと申します。ガルマイド様たちは現在、中でお休みになられております。プラムバナード様もどうか今夜はゆっくりとお休みになられてください。さぁ、どうぞこちらに」
「わざわざすまないね」
アレンの誘導に従い、プラムバナードは魔王城の門をくぐった。夜の城は、久しぶりに帰ってきた空の英雄を、静かに迎え入れた。
──魔王城一階、大広間
朝を迎え、大広間にはプラムバナードとアンダルシアが向かい合って腰を下ろしていた。長い年月が二人の顔に刻んだ影を、朝の光が淡く照らしている。
「バナード。久しぶりだな」
「アンダルシア、久しぶり。もう来てたのですね」
「あぁ。昨日戻ってきた」
「ガルマイドから話は聞いてるのか?」
「ある程度は……詳しくは会ってから話すと言ってましたけど、彼は今どこに?」
「さっきキースが王都に到着したみたいでな。ガルが迎えに行ったそうだ」
久々の再会に、二人の声にはわずかな嬉しさが籠っていた。
「四人が揃うなんて、久しぶりですよね」
「そうだな。俺らが揃うことなんて、それこそ王国と戦争してた頃ぐらいだ」
「しばらく見ない間に、少し歳をとりましたね」
プラムバナードが、わずかに揶揄うように言う。アンダルシアは苦笑した。
「お互い様じゃねぇか」
かつての同志は、しばらくの間、過去の戦場や、共に過ごした日々について語り合った。
そこへ、扉が開いた。
ガルマイドと、四天王最後の一人──<大海>キースレインが、大広間に入ってきた。
「プラムバナード!」
ガルマイドが駆け寄る。その声に、広間の空気が一瞬で熱を帯びた。
アンダルシアは、ガルマイドと共に来たキースレインに声をかけた。
「よぅ、キース。元気だったか?」
魔界南部、水の都アクアルピアを拠点としていた彼女は、先日ガルマイドからの連絡を受け、今日、この城へと帰還した。
「アンダルシア。えぇ、元気ですよ。貴方も元気そうね」
久々に顔を合わせた四天王たち。懐かしさと、言い知れぬ感慨が、大広間を満たしていく。誰もが、言葉にならぬ何かを胸に宿していた。
長い間、それぞれの任務で会えてなかったが、バルザスが病に伏すという皮肉な形で今、四人は再び魔王城に集結したのであった。




