4.烈火のアンダルシア
――魔界・アガパンサス地方
魔王城から南東へ、およそ五十キロメートル。
そこは、絶えず熱を吐き続ける火山地帯だった。
ローゼン地方、ブーゲンビリア地方と並び、魔界三大火山峰の一角を成すアガパンサスの峰々は、常に赤黒い煙を空へ解き放ち、大地そのものが息をしているかのように微かに震え続けている。
この地の火山活動を監視・調査するために赴いていたのが、四天王の一人――〈烈火〉の名で呼ばれるアンダルシア率いる火山帯地質調査団であった。
――アガパンサス火山峰観測基地本部
薄暗い執務室に、報告を終えた隊員の声が残っていた。
「……であるからして、現在、魔力出力、並びに制御術の展開を安定して維持することに成功しております」
アンダルシアは手元の報告書を一通り目で追い、ゆっくりと頷いた。
「ご苦労だった。暫く様子を見た上で、自動展開術で進めよ。もう下がっていい」
「はっ! 失礼いたします」
隊員は一礼し、静かに退室した。扉が閉じる音が、部屋の空気をわずかに震わせる。
アンダルシアは椅子に深く身を沈めた。
煙草を口に咥え、指先から小さな炎を灯して火をつける。紫煙がゆっくりと立ち上り、天井近くで渦を巻いた。
火山の熱を間近に感じ続けてきた男の、わずかな安息の仕草だった。
しばらくして、耳元に通信魔術の微かな波動が触れた。
アンダルシアは手慣れた動作で、自身の魔力を同調させる。
《……どうした》
《観測基地本部通信室より申し上げます。先ほど、本日午後より魔王城からクロム・エルニタス様がこちらへ来訪したいとの報告を受けました。いかがなさいますか》
《クロム卿か……》
アンダルシアの声が、わずかに沈んだ。何かを察したような沈黙が、通信の向こうへ流れ込む。
《分かった。こちらはいつでも歓迎すると伝えてくれ》
《かしこまりました》
同調を切る。
アンダルシアは再び煙草を手にした。
窓の外では、火山の噴煙が夕闇に溶け込みつつあった。
――観測基地本部・来賓室――
扉をノックする音が響く。
「失礼いたします。クロム様がお見えになりました」
「どうぞ」
扉が開くと、クロム・エルニタスが入ってきた。常に冷静沈着なその男の表情には、いつもの余裕がわずかに欠けているように見えた。
「やあ、アンダルシア君。職務中、無理を言ってすまないね」
二人は握手を交わし、短い挨拶を済ませる。
「いえ、大丈夫です。しかし驚きました。クロム卿自らこちらまで足を運ばれるとは……さあ、どうぞこちらへ」
アンダルシアはクロムを席へ促した。
座るなり、アンダルシアは静かに口を開く。
「それで……バルザス様の容体は、如何ですか?」
バルザスが倒れたという報せは、当然、この火山の地にも届いていた。
だが当時、火山帯の魔力流出は非常に不安定であり、中規模の噴火が発生。アンダルシアは現場対応に追われ、直接魔王城へ戻る余裕などなかった。
クロムは無言のまま、ゆっくりと首を横に振った。
「……やはり、そうですか」
アンダルシアは軽く項垂れた。
しばらくの沈黙の後、クロムが口を開いた。
「先日より、ガルマイド君が魔王城に戻ってね」
「…ガルマイドも、さぞ無念だろうな……あいつは誰よりもバルザス様を慕っていたから」
アンダルシアは遠くを見るような目で呟いた。
「実は、後日私にガルマイド君からこんな話を受けてね」
クロムは、昨日ガルマイドと交わした会話の内容を、簡潔に、しかし漏れなく伝えた。
アンダルシアは終始、黙って聞いていた。
「……というわけで、会議を行うために、君にも来てもらいたいのだよ」
「話し合い、か……ガルマイドらしいといえば、まぁらしいけど」
クロムは静かに問いかけた。
「君の返事を聞かせてくれないか」
アンダルシアは煙草を取り出し、再び火をつけた。深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出す。煙が、二人の間を漂う。
「分かりました。参加しましょう。
何より、あいつだけで行動させたら、それこそ危なっかしいですからね」
アンダルシアはクロムに向かって、わずかに笑った。
その笑みには、冗談めかした軽さの奥に、確かな覚悟が宿っていた。
クロムもまた、アンダルシアの言葉を受け、無言のまま、静かに微笑みを返したのであった。




