16.次なる一手
——ガルマイド邸一階・フロント前
今朝、ガルマイドから召集を受けたアンダルシア、プラムバナード、キースレインの三人は、ガルマイドの住む屋敷の門をくぐり、足を運んだ。
「よぉ、キース。調子はどうだ?」
アンダルシアが軽く手を上げると、キースレインは一瞬だけ目を細めてから、小さく笑った。
「……? どうした?」
アンダルシアは首を傾げて問いかける。
「いえ、……まるで以前の、魔王城に集まった時と同じ展開だなと思いまして」
その言葉にアンダルシアも口元を緩めた。
「フッ。確かに、ガルマイドが俺たちを呼ぶ時は、たいてい何か企んでるからな」
「…そうですね」
二人は互いに視線を交わすと、揃って屋敷の中へ足を踏み入れた。
——ガルマイド邸三階・魔王臨時執務室
ガチャ、と扉が開く音が部屋に響く。
目の前には魔王就任時に贈られたであろう花が存在感を示しており、フローラルな香りが部屋に立ちのぼっていた。
辺りを見回すと、すでに到着していたプラムバナードが窓際の椅子に腰を下ろしていた。朝の光が彼を淡く照らしている。
「プラム、早かったな。そっちの方は落ち着いたのか?」
「うん。一週間後に竣工式をする予定だよ。よかったら、君たちも来ない?」
アンダルシアとキースレインはそれぞれ適当な椅子を引いて座った。
「悪いな。その日はクロム卿と会う約束が入って行けそうにないな」
「私の方は大丈夫ですよ。あとで改めて調整してから、連絡しますね」
しばらくの間、三人は軽口を叩き合っていた。そんな中、扉が再び開く。
ガルマイドが、従者のアレンを従えて入ってきた。
「やあ。忙しい中、集まってくれてありがとう」
ガルマイドは自身の席に落ち着いた仕草で着くと、静かに三人へ目を向けた。アレンが人数分のお茶を黙って並べ、その後一礼し部屋を出ていく。
プラムバナードがアレンの姿を見送った後、いつもの柔らかな調子で切り出した。
「……それで、今度は僕たちに何の相談をしたいんだい?」
キースレインがそれを引き継ぐ。
「私たちだけを集めたということは、評議会では言いにくいことかしら?」
「まさか、王国と手を組むとか言うんじゃないよな」
アンダルシアは笑いながら茶を口に含んだ。
ガルマイドは一拍間を置いてから口を開く。
「その、まさかだ」
「ブッ…!」
アンダルシアは思わず茶を噴き出した。喉を押さえ、目を見開きながらガルマイドを睨む。
プラムバナードが小さく息を呑み、キースレインは持っていた杯をそっとテーブルに置いた。三人の視線が、同時にガルマイドへ集まる。
「……おい、冗談だよな?」
ガルマイドは表情を変えず、静かに答えた。
「この立場で、冗談なんて言うものか。近い将来、人間王国と我が国は、正式に和平条約を結ぼうと考えている」
部屋の空気が、一瞬で凍りついた。
室内の秒針の音がやけに響いて聴こえる。
「……本気ですか? 本気で、王国と同盟を結ぶと?」
プラムバナードが動揺しながら確認するのに対し、ガルマイドは穏やかな口調で返した。
「勿論だ。前にも言っただろう。互いにいがみ合って武力で争い続けていれば、一時は繁栄したとしても、いずれ悲惨な末路を迎える。その悲劇を回避するためには、外交を進めるのが一番良い選択だ」
アンダルシアが身を乗り出した。
「ちょっと待て。理屈はわかる。だがな、仮に条約を結んだところで、お互い素直に武器を下ろせるほど、王国との歴史は短くないんだぞ」
プラムバナードも、声を潜めて続ける。
「国力を強くするために内閣を組閣したまではよかったとして……流石に、王国との外交を認めるとなると、それ相応の大義がなければ国民からの非難は避けられないと思います」
「非難で済めば、まだマシね」
キースレインが、冷えた目で言った。
「最悪の場合、暴動が起きるかもしれないわよ」
三人の言葉に、ガルマイドはしばらく沈黙した。窓の外では、風が木々を揺らしている。
やがて、彼は静かに口を開いた。
「……勿論、思いつきで決めた事ではない。私が王国との外交を決めた理由は、主に二つある」
「一つは、先ほど話した通りだ。一部では闘争を望む声も上がっているが、私はより平和的な解決を望んでいる」
「そして、もう一つの理由。これはバルザス様が倒れたという知らせが届く前、私がコーネリア領に滞在していた時の話だ」
プラムバナードが小さく頷く。
「コーネリア……たしか神樹の森の境目にある領地でしたよね?」
「ああ。私はそこで、王国の情勢を探る任務についていた。その際、ある話を耳にした」
ガルマイドの声が、わずかに低くなる。
「どうやら近年、王国は新たな種族を招き入れたらしい。それ以来、科学の技術開発が飛躍的に進んでいるという。私も直接確認したが、その技術は我々の魔術に引けを取らないものだった。このままではいずれ我々の想像を超えた存在になり、国家としての脅威となり得るほどの力を持つ可能性がある。それが、こちらに牙を向けないとも限らない」
彼は三人の顔を順に見た。
「王国は現在、神樹の森とは互いに侵略しないという不文律を守っている。しかし、森側も内心は穏やかではないだろう。王国の技術がさらに進めば、森も無関係ではいられなくなる。そこで、魔連國は王国と神樹の森とで和平協定を立案し、三種族の同盟を結ぼうと思う。これが無事に締結できれば、国家同士の緊張は大きく和らぐはずだ」
アンダルシアは腕を組み、低く呟いた。
「未知の脅威に真正面からぶつかるのではなく、利害関係を作ることで互いの侵略を防ぐ……というわけか」
「だが、国民にはどう説明するつもりだ? 今まで敵対してきた相手と、簡単に手を組めるわけがない」
アンダルシアの指摘にキースレインも続けた。
「王国側も、簡単には受け入れないでしょうね」
ガルマイドは、その言葉を待っていたかのように身を乗り出した。
「そう。ただ単に同盟を結んだところで、過去の遺恨も合間って互いに疑心暗鬼になることは明瞭だ…そこで、国民と王国、双方を納得させるための案がある」
ガルマイドはそう言うと自身のデスクの中にあった書類をアンダルシアたちのテーブルに置いた。
「外交の手段として、魔連國からは魔術を、王国からは科学技術を対象とした技術貿易を行おうと思っている」
「……貿易ですか…」
プラムバナードが、小さく繰り返すと、ガルマイドは、ゆっくりと頷いて答えた。
「詳細は、これから話す」
その言葉に、三人はテーブルに置かれた書類を手にしながら椅子に座り直し、ガルマイドの説明に耳を傾けたのであった。




