17.和平の枢軸
ガルマイドは、机上の資料から顔を上げた。
「なぜ技術貿易を行うのか…だが、それを説明する前にまずこの国の問題点について話そう。君たちも周知の通り、魔族には生まれ持った魔力量を素に魔術を作り出すことが出来る。しかしこの魔力量には個人差があり、一般的に男性魔族よりは、女性魔族の方が多くの魔力量を保持できる。その分複雑な魔術を展開できる反面、短命であることが問題だ」
キースレインが、小さく息を吐いた。
「魔力を使うということはすなわち、自身の命の源を削るということですからねぇ……」
「実際、先の戦争で起きた死因の多くは、大量の魔力消費による衰弱死だ」
たとえ回復魔術やポーションで後天的に魔力を補ったとしても、自身の持つ魔力量以上の回復はできない。このまま魔力を消費し続ける生活を続けていけば、いずれは同じ運命を辿ることになるだろう——ガルマイドは、そう結論づけていた。
「さらに、問題は他にもある」
彼は資料の一枚を指で叩いた。
「魔術連邦國の総人口数を調査したところ、一昨年、去年と近年の魔族の人口は増加傾向にある。それに比例して一部の地域では天然魔力の枯渇が相次ぎ、国土全域での資源不足もしばしば問題となっている」
アンダルシアが、煙草を口に咥えて火をつける前に低く言った。
「あぁ、その件な。俺がアガパンサスの地質調査に行ったのも、資源供給の安定化を図るためだったからな」
「私がアクアルピアにいたのも、同じようなものです」
アンダルシアとキースレインは、それぞれ各地域の資源不足に個別で対応していた。しかしそれはあくまで応急処置に過ぎず、根本的な問題の解決には程遠いものであった。
ガルマイドは椅子から立ち上がり、窓へ近づいた。
外では、すでに日が頂点に昇りギラギラと照らし続けている。
「……この国に存在する魔力だけで資源エネルギーを作り続け、運用することは、最早困難な状況である。そこで、私は王国の技術に目をつけた。科学の力によって作られたエネルギーで資源の供給を賄うことができれば、国民の魔力量格差も埋まり、日常的な労働コストをかなり抑えられると考えた。それは、単なる技術導入ではなく、王国との新たな交易の形にもなり得る」
アンダルシアは煙草をくわえたまま、煙を天井へ吐き出した。
「……確かに理想な形ではあるがなぁ。…ただ、そもそも同盟を結ぶこと自体、難しいかもしれんぞ。神樹の森とは和睦したものの、王国とは未だに軋轢が残っている。王国な奴らが素直に応じるのか、俺には疑問だ」
「私も同感です。下手をすれば、こちらの弱みを握られるだけになりかねません」
プラムバナードが、慎重に口を開いた。
「……こちらが提供する魔術というのは、具体的にはどういうものなのですか?」
ガルマイドは再び目線を三人の方へと戻した。
「王国側との交渉次第だが、魔術師を何名か派遣しようと思う。魔術を身近な生活の中で感じさせることで、科学では再現出来ない魅力を見せようと思う。そうして魔術の利便性と認知度を広げ、少しずつ魔族に対する敵視を緩和させてゆく狙いだ。同時に、王国側が提供する科学技術のエネルギーを、こちらが受け入れる条件とする」
アンダルシアが眉を寄せた。
「少し楽観的過ぎないか? もし、俺たちの魔術を人間が模倣し再現出来たとき、場合によっては悪事に利用されるかもしれないんだぞ」
「勿論、魔術を悪用した者には処罰を加える。その線引きとして、魔王法を魔族と人間用に再度整備する」
魔王法とは元々、魔族同士の決め事として作られた魔術に関する法律である。その内容を一新するという言葉に、三人の視線がわずかに動いた。
「今後、魔族と人間、そして神樹に住まう精霊を対象とした魔術に関する法律——通称『国際魔法』を新たに立法し、国家間の和平の枢軸とする。王国側にもこの法律を守らせることで、むやみに魔術を使わせないようにし、一定の規律と我々の威厳を保つ」
キースレインが、しばらく考えてから小さく頷いた。
「……そのような形であれば、私たちの使う魔術の正統性も守られ、王国と対等な立場で外交ができそうですね」
アンダルシアも、煙草を灰皿に押しつけてから言った。
「まぁ多少、悪用されるリスクは残るが法令で縛れるなら話は別だ。ただ、王国側が本当に従うかどうかは、まだ分からんがな」
「その点は、これから詰めていく」
ガルマイドはプラムバナードに視線を向けた。
「……現在、制定されている魔王法の改訂版となる国際魔法の構成を、魔導院にて行使してくれ」
「期限はいつまでに?」
「三日後、私の権限で評議会を開く。この外交案が滞りなく可決されれば、一年後には実現できるはずだ。その時に国民に表明できる形にしてもらえれば問題ない」
「一年ですか……魔術の法律を国際基準にまで広げるとなると、かなり労力が要りますね」
「魔導院を立ち上げて間もないが、最優先で頼む」
プラムバナードは、短く息を吸ってから頷いた。
「分かりました。善処します」
ガルマイドは窓の外を一瞥し、低く言った。
「……夜も更けたな。今日はここまでとしよう」
熱い討論を繰り広げた中、ガルマイドが締めて四人は散会した。
しばらくして、執務室にアレンが入ってきた。
「長らくの会議お疲れ様でした」
アレンはテーブルの上に散らばった資料を整理した。
「……アレン」
「はい、なんでしょうか?」
「外交の件、君はどう思う?」
アレンは数秒、黙った。月明かりが窓から差し込み、彼の横顔を薄く照らしている。
「…ガルマイド様の判断は、非常に合理的です。内閣の件もそうですが、過去の魔王としての在り方を大きく変え、この国の先導者として、英断を下していると思います」
ガルマイドは何も答えず、窓の外に映る月をただ眺め続けていた。
静かな夜空に浮かぶ月の光が執務室に入り、それはまるでガルマイドを優しく包み込むように、淡く照らしているのであった。




