15.魔王城の侍女たち
——王都・中央噴水広場
噴水の水音が心地よく響くベンチで、二人の女性魔族がのんびりと話していた。
「そういえば、聞いた? 魔王様の……」
片方の女性魔族が、週刊魔王新聞のトップ記事についてもう片方の彼女に投げかけた。
「ああ、…たしか魔王内閣だったっけ。皆で国を作るんだって話、ね」
「そうそう。なんかその記事読んだとき、今までのバルザス様のやり方から大きく変わったな〜と思って、びっくりしちゃった」
「ね! 演説の時も、これからの魔界は新しく生まれ変わるんだって言っていたし、新しい魔王様も色々考えてるみたいだね」
「…でも、そんなにうまくいくのかな」
そんな疑問をもつ彼女にもう一人の女性魔族も濁した返事をした。
「うーん…どうだろうね。私たち、魔王様たちのことはある程度知ってても、政治のことなんてさっぱりだし。変に首を突っ込むより、今みたいに楽しく過ごせてればそれでいいんじゃない?」
短い沈黙が落ち、噴水の水が静かに跳ねる音だけが残った。やがて一人が声を明るくして、別の話題を持ち出した。
「それよりさ! この近くに新しいカフェができたんだって。行ってみない?」
「あ、私も気になってたの! 行こ行こ」
二人はベンチを立ち、広場の人混みへと溶けていった。
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三日前、万魔殿より魔王内閣制度の施行が正式に伝えられて以来、魔王城はどこか慌ただしかった。
朝から侍女たちは忙しなく動き回り、城の空気はいつもと違っていた。そんな中、侍女のラーナは、バルザスの療養中に採取された血液・細胞等の病理検査結果が含まれた報告資料、そして回復草やポーションなどの備品を、一つひとつ丁寧に仕分けていた。
——魔王城七階・集中治療室
「先輩! この書類はどこに持っていけばいいんですか?」
「ああ、それはこっち。その書類はそっちにまとめておいて。あと、その備品は倉庫行きだから、地下まで運んでちょうだい」
「わかりました!」
ラーナは元気よく返事をすると、備品の入った箱を両腕に抱え、地下へと向かった。
——同地下一階・倉庫第一備品管理室
「んしょ……これでよし、と」
箱を棚に押し込み、肩の力を抜いたところで、後ろから声がかかった。
「あれ? ラーナ! こんなところで何してるの?」
「あ、ガーラット! お疲れ〜。備品の整理で、いらないものをこっちに持ってきたんだ」
ラーナは同期のガーラットに、ポーションの詰まった箱を見せた。
「七階からここまで、こんなに運んだの? 大変だったでしょ」
「ううん。身体強化の魔術をかけてるから、全然平気。ガーラットは、どうしてここに?」
「私は、ここのリストに書いてある魔王様の新居に運ぶ備品を取りに来たんだ」
そう言って彼女にリスト表を渡した。
「そうなんだ。……新居って確か今度、魔王様の公邸を新しく建てるって話だったよね?」
「うん。なんでも、ここの老朽化と他の施設との連携をより円滑に進めるためらしいよ」
ラーナはリスト表を見ながら、ふと顔を曇らせ、小さく尋ねた。
「え、じゃあここは……どうなっちゃうの? まさか、取り壊しとか?」
「いや、心配ないと思うよ。先輩たち曰く、『バルザス様が長く住まわれた場所を、魔王様が壊すはずがない』って言っていたし。むしろ、改修工事をして、魔界遺産に登録する話もあるみたい」
「そっか……ならよかった」
ガーラットの言葉に、ラーナの表情がふっと緩み、リスト表をガーラットに返した。
「ラーナは昔から、ここで働きたいって言ってたもんね」
「そうなの。ここで働いて、バルザス様に仕えるのが、小さい頃からの夢だったんだ」
ラーナがそう話した後、ガーラットは少し間を置いてから、確認するように尋ねた。
「そういえば、あの件は……どうしたの?」
「あ〜募集の件でしょ。うん、断っちゃった」
ラーナがそう答えると、ガーラットは少し目を見開いて声を上げた。
「えー、もったいないような気もするけど……」
昨日、ここ魔王城では、新設された魔王庁の職員を集めるべく、魔王城の侍女を対象に大規模な採用募集があった。
中でもアンダルシアが直接声をかけた者は、魔王庁秘書総局へ配属されることになり、いわばエリートコースと目されていた。
ラーナはそのリストに名前があったのだが、魔王城に残りたいという思いから、アンダルシアに直接申し入れて断っていた。
「アンダルシア様に声を掛けられた時は本当に嬉しかったの。確かに新しい場所で活躍したい気持ちもあるけど…でも、私は私のできることを、ここでやりたいって思ってるから」
「ふうん……まあ、私がその気持ちを止める権利は無いし、ラーナがそれで良いのなら尊重するよ」
「うん、ありがとう」
そうこうしているうちに、正午を迎え、万魔殿からの鐘の音がここまで聞こえてきた。
「もうこんな時間! 私、そろそろ戻るね」
「うん、またね」
ラーナはガーラットに手を振ると、再び七階へと足を向けて走っていった。
そんな彼女を見送った後、ガーラットは再びリスト表にある備品を探すのであった。




