14.組織改革
——万魔殿三階・廊下
深紅の絨毯が長く続く、静かな廊下を、ガルマイドとアンダルシアは並んで歩いていた。窓から差し込む光は柔らかく、壁に飾られた古い紋章を淡く照らしている。
「……大分、疲れてる顔してるな。ちゃんと眠れてるか?」
アンダルシアが横目で問いかけると、ガルマイドは低い声で答えた。
「……あいにく寝てる暇がなくてな。溜まっていた仕事が多すぎて、短い期間で片づく量じゃない。」
「だろうな……実際、行政運営もバルザス様が倒れた時は魔王城も看護に手一杯で、指示系統が整うまでは先送りにされていたらしい。まぁこれも魔王の指示判断が全ての基準であるが故の弊害だろう。その間、地方でも各領主に任せきりだったからな」
ガルマイドが小さく息を吐く。その声は、どこか疲れた色を帯びていた。
「このままでは、負担が雪だるま式に増えていくだけだ」
「だからその対抗策として、昨日言っていたあの計画を進めるのか?」
アンダルシアが口角を少し上げて、横から覗き込むように聞いた。
「評議会の連中は首を縦に振ると思うか?」
「振ってもらわないと困る。このままでは、過労で命がいくつあっても足りない」
ガルマイドはそう答え、目の前の扉に手をかけた。
——同三階・大会議室
扉が開くと、すでに円卓の周囲には幾人かの大魔族が席についていた。プラムバナード、キースレインの四天王組、クロム・エルニタス、ヴァルテリア・フレイア。彼らの視線が、入室してきた二人に向く。
ガルマイドとアンダルシアが席に着くと、場の空気が少しだけ引き締まった。
「定刻になったので、これより魔族評議会を開こうと思う」
ガルマイドが颯爽と告げた。
『魔族評議会』それは、魔王を議長とする十二名の大魔族で構成された、最高意思決定機関である。魔王就任後、ガルマイドが主導となって作られた組織で、メンバーの大半はかつての魔王選定会議に関わった者たちだが、新たにナイトメア族のハルト・ノワールと、夢魔族のリリス・クラウンが加わっていた。
「本日の議題は、魔界における中枢組織の再編についてだ」
ヴァルテリアが、組んだ腕をほどきながら口を開く。
「公約でおっしゃっていたものですね。具体的には、どのように?」
ガルマイドは円卓をゆっくりと見渡し、静かに言葉を紡いだ。
「この魔界を、新たな国家『魔術連邦國』として再定義する。運営の在り方そのものを、一から作り直していく」
そう言うと評議会のメンバーたちは一瞬、騒ついた。
キースレインが、わずかに身を乗り出した。
「それは、先日の演説で仰っていた、《共に創る国家》……ということの表れでしょうか?」
「ああ、その通りだ」
ガルマイドは小さく頷き、続けた。
「この魔術連邦國、通称『魔連國』の中央組織を《魔王内閣》と呼称する。この内閣では魔王が国家の最終決定権を持ち、その下で運営を分担する。まずは行政の中枢機関として、魔王庁を創設する。国家の運営は原則、魔王庁が受け持ち、細かな部署については随時、提案と協議を重ねていこうと思う。アンダルシアには、その最高責任者である長官を任せたい」
アンダルシアは一瞬だけ目を細め、すぐに頷いた。
「……分かった。引き受けよう」
「次に、魔術に関する法律制定と、教育・研究を目的とした機関として、魔導院の創設をする。今までは魔王主体で法律を制定されていたが、権力の集中を避けるため、魔王庁とは切り離した機関として運営する。院長は、プラムバナードに任せる」
「分かった、任せてくれ」
プラムバナードが、短く答えた。
「そして、国民の暮らしを支援する組織として、魔術師連盟を創設する。魔連國に住む魔族は原則として、連盟の下に魔術登録をする。今後は民間の組織や事業立ち上げも、連盟の合意のもとで行う。キースレイン、その最高責任者である会長を君に任せたい」
キースレインは静かに目を伏せ、それからゆっくりと頷いた。
「……ええ。分かりました」
ガルマイドは一度息を整え、円卓の中央に手をかざした。淡い光が広がり、魔界の地図が大きく浮かび上
がる。
「次は、領地についてだ。現在、魔界には大小さまざまな領地が点在しているが、地域ごとの規則が明文化されておらず、領地間で摩擦が生じやすい。王都を中心に、四つの地方に再編・統合する」
光の地図がゆっくりと回転する。
「北部は、ルピナス領を含む氷河地帯だ。極寒のため長距離移動が困難である。転移魔術に長けたクロム卿に、領主を引き受けていただきたい」
「東部は、火山地帯が広がる地域で、ローゼン領も含まれる。ヴァルテリア卿には、引き続き火山活動の監視を含めた統治をお願いする」
「南部、サイネリア領の中心にある水の都アクアルピアは、魔界最大の漁港として知られ、魔族の交流地でもある。今後も賑わうことが予想される一方、トラブルも増えやすい。人望の厚いハルト・ノワール君に任せたい」
「最後に西部。広大な森が広がり、古来より神樹を守る精霊たちがいる。現在は和睦関係にあるが、慎重な対応が求められる。エルフ族とも交流の深いリリス・クラウン嬢に、管理を任せる」
ガルマイドは地図の光を収めると、改めて二人を見据えた。
「なお、領地間の外交と流通を円滑に進めるため、ハルト・ノワールとリリス・クラウンの両名にも、地方管理の最高職である『卿』の職位を与える。細かな条例や運営については、各卿と定期的に協議しながら決めていく。異論はあるか?」
評議会のメンバーは、多少の懸念点と確認をガルマイドに求めた。
その後、アンダルシアの助力もあり、最終的にはそれぞれが静かに了承の意を示した。
ガルマイドは小さく頷き、次の議題へと移った。
その後、それぞれの任務の引き継ぎや各地な近況報告が続き、会議は滞りなく進んでいく。
「……で、あるからしてこの件については、次回の会議までに解決案をまとめておくように。…では今回の会議はここまでとする」
ガルマイドが告げると、次々と席を立つ者たちが現れた。扉が閉じ、足音が遠ざかっていく。
大会議室に残ったのは、ガルマイドとアンダルシアの二人だけだった。
ガルマイドは椅子に深く腰を下ろし、大きく息を吐いた。机の上には、会議開始前に用意されていた茶が残っている。彼はそれを手に取り、一口含んだ。すっかり冷めた茶だったが、熱を帯びた体にはちょうどよかった。
「……多少の懸念はあったようだが滞りなく進んだな。これで、お前の負担も少しは減るだろ」
アンダルシアが資料を手に、穏やかに言った。
「……だといいんだがな」
ガルマイドは茶を置き、視線を天井に向ける。
「ただ……やはり、あの二人に卿の職位は、少し早すぎではないか?」
アンダルシアが、資料の端を指で叩きながら続けた。
ガルマイドは目を瞑ったまま呟く。
「確かに年齢も経験も、まだ俺たちには及ばない。だが、二人とも実力と人望が高く、皆に影響力のある大魔族であることに違いはない。彼らが活躍すれば、国民も政治に関わりやすい土壌ができるはずだ」
アンダルシアは再び資料に目を落とし、それから小さく笑った。
「……ガルマイド内閣の誕生、か」
彼が席を立つと、ガルマイドが声をかけた。
「私は、今後さらなる繁栄を目指す。その時、魔王庁は、この国のランドマークになるだろう。…頼んだぞ、長官殿」
「……分かってるさ」
アンダルシアは短く答え、大会議室を後にした。扉が閉まる音が、静かに万魔殿に響いていた。




