13.残された魔術書
——ガルマイド邸三階・魔王臨時執務室
バルザス崩御後、新魔王としてガルマイドは魔界の再生に勤しんでいた。
ガルマイドの机の上には、バルザスが倒れて以降、滞っていた仕事の山が築かれている。
いざ調べてみると、王都の財源確保、魔術に関する法の制定、領地ごとの生産計画の再編……と様々な問題が浮かび上がっている。
その膨大な書類に一つ一つに目を通し、必要な指示を書き込み、不要なものは脇へ除けていく。ペンを握る指先が、わずかに熱を帯び始めていた。
そんな最中、扉が軽く叩かれ、アレンが入ってきた。
「ガルマイド様。お忙しいところ失礼いたします。クロム卿より『本日、午後に魔王城へ来てほしい』との言伝を預かってまいりました」
ガルマイドは書類から目を離さず、ペンを走らせながら短く答えた。
「分かった。この一山を片付けたら、すぐに向かう」
魔王城は今、バルザスの葬儀準備と遺品整理で侍女たちが慌ただしく行き交っていた。その城に、クロムは臨時の管理者としてしばらく滞在している。
——魔王城七階・書斎
「忙しいところを申し訳ないね」
クロムはガルマイドを部屋へ招き入れ、ソファを勧めた。
「いえ。クロム卿にはいつもお世話になっていますから」
ガルマイドは腰を下ろしながら、つい辺りに目を配った。
「……この階にも、書斎があったのですね」
「ここはもともと、バルザスが魔術の研究をするために使ってた書斎でね。昔はよく、ここで二人して夜通し魔術の研究をしたものだ」
クロムはそう言いながら、本棚から一冊の書を取り出し、ガルマイドの前に置いた。
「……この魔術書は?」
「晩年のバルザスが、書き記していたものだ」
ガルマイドは書を開き、中を確かめた。そこには、いくつもの魔術式が丁寧に記されている。だが、所々に空白があり、式の途中で筆が止まっている箇所もあった。
「……見たところどうやら、まだ書きかけのようでね」
クロムが静かに付け加える。
他人の構築した魔術を理解し、再現するには、深い理論と経験が必要だ。元より複雑な魔術構造は専門外であるガルマイドにとって、それは執務室で目を通していたどの書類よりも、遙かに難解なものに見えた。
「しかし……なぜ、この本を私に?」
クロムは少し寂しげな眼差しで、その書を見つめた。
「生前、バルザスが私に『この魔術書が完成したら、ガルマイドに見せたい』と語っていてね。もっとも、完成することはついになかったが」
「私に、ですか……」
「まぁそういうわけだ。君も魔王に就任して激務に追われているだろうから、完成させるかどうかは、君の自由にしてくれればいい」
「ありがとうございます」
ガルマイドは魔術書を抱え、静かに書斎を後にした。
——ガルマイド邸二階・応接室
「……これは、かなり複雑な構造ですね」
ガルマイドはその後、魔術構造に詳しいプラムバナードを呼び、先ほどの書を見せた。
プラムバナードはしばらくページを繰り、眉を寄せる。
「僕の見るところ、土属性をベースに、他属性の魔術を混合させる形で考えられているようです。ただ……僕もあまり見たことのない構造式で組まれているから、はっきりとは言えないけど」
「クロム卿の話では、まだ完成していないものらしい」
ガルマイドは書を閉じ、プラムバナードに向き直った。
「実はこの魔術書、バルザス様が私宛に書いていたものらしいのだか、私はこの魔術書を、完成させたいと思っている。だが……君も知っている通り、私は魔術理論や構造についての専門的な知識に疎い。そこで、君に助力を仰ぎたい。難しいことを承知で手伝ってもらえないか?」
プラムバナードは椅子の背もたれに体を預け、天井を仰いだ。
「うーん……ひとまず解析してみますけど、これは時間がかかりますよ」
「個人的な願いを聞いてもらってすまない。取り急ぐ必要はないから」
頭を抱えながら帰宅するプラムバナードを見送り、ガルマイドは自身の執務室へと戻った。
机の上には、まだ処理しきれなかった書類が残っている。
ガルマイドはペンを握り直し、再び書類に目を落としたのであった。




