12.最期の別れ
数日後——選挙の熱気でざわついていた魔界とは打って変わり、穏やかな朝日が魔王城を静かに照らしていた。
——魔王城七階・集中治療室
「……昨日から、魔力量はどうなっている?」
クロムの声は低く、どこか疲れを帯びていた。侍女はわずかに息を整え、報告を始めた。
「体内から放出されている魔力総量は、0.4mpを下回っております。昨日からさらに低下し……魔力循環も不規則です。心臓の拍動も弱々しく、昼夜を問わず三人体制で回復魔術を重ねがけして、ようやく生命を繋いでいる状態です」
「延命魔術も、ここまでか……」
クロムは静かに目を閉じ、しばらくしてバルザスを見つめた。その視線には、すでに覚悟の色が浮かんでいた。
「……分かった。すまないが、魔王を呼んできてくれないか」
「かしこまりました。すぐに」
侍女は深く一礼し、静かに部屋を後にした。
しばらくして、扉が開き、ガルマイドが入ってきた。
「……クロム卿、お呼びですか?」
クロムは背を向けたまま、窓の外を見つめていた。部屋には三人だけ。回復魔術の駆動音だけが、低く規則正しく響き続けている。
やがて、クロムがその沈黙を破った。
「……ガルマイド君。就任早々、心苦しいところではあるが——魔王である君に、決めてほしいことがある」
ガルマイドは、クロムの横顔を見て悟った。
それでも、その意味を受け入れたくなくて、わざと鈍い声で問い返した。
「……何を、でしょうか」
「……」
数秒の沈黙が、二人の間に落ちる。その数秒が、ひどく長く感じられた。
「……今、バルザスは延命魔術を最大限に展開し、かろうじて命を繋ぎ止めている。だが、それでも虫の息であることに変わりはない」
クロムはゆっくりと振り返り、ガルマイドをまっすぐに見た。
「君に来てもらったのは、この魔術の運転を……止めるか否か、決めてもらうためだ」
つまりは——これ以上の延命をやめ、自然な死を迎えることを、認めるということだ。
「……もし、運転を止めないと言ったら…?」
「…ガルマイド君」
クロムはガルマイドに穏やかな声で諭すように伝える。
「バルザスを……もう休ませてあげないだろうか?」
クロムはそう言うと、それ以上の言葉は発さなかった。
ガルマイドは、しばらく黙っていた。やがて、小さく息を吐き、項垂れた。
「……分かりました」
その声は、静かだった。
「……魔術の運転を、停止してください」
クロムは静かに頷くと、アンダルシアたちに伝えると言い残し、部屋を出ていった。
残されたガルマイドは、ゆっくりとバルザスの傍らへ歩み寄った。
「……バルザス様。見て頂けましたか」
彼は、静かに微笑んだ。
「約束通り、私は……バルザス様の後継者として、魔王になりましたよ。正直、まだこの椅子には慣れません。課題も、山のようにあります」
「ですが——私は、決して諦めません。これからも、どうか見届けてください。私の……いえ、私たちの国造りを」
深く一礼し、ガルマイドは静かに部屋を退出した。
その晩。
ガルマイドの命により、延命魔術は停止された。
永らく魔界を治め、魔族の象徴であり続けた魔王バルザスは、多くの部下に看取られながら、静かに息を引き取った。




