第3話 分岐点
第3話 分岐点
「マレーの家の道場へ?」
それはマレーが私の家に訪ねてきて3回目の時だった。まだお店の修理工事が終わっておらず、入り口のガラスだけが壊された状態で厨房は生きていた。おかげでお菓子作りはママ1人から再開した。パパもほんの数日入院してすぐに退院し、2人で厨房に並ぶ姿はすぐに復活した。
修理には時間がかかり、すぐには店を開けることが叶わないので暫くはお得意様や限られた人の注文だけを受け、お菓子を作って私が届けるという仕事をしていた。午前中に出来上がったものを直ぐに届けて帰ってくると、マレーが私の家に遊びに来ていて、双子の遊び相手になってくれていた。
汗をかいてしまったので部屋で服を着替えてリビングに戻ってくると、マレーはお昼休憩にキッチンでみんなのお昼を作ってくれているママと話をしていた。
そこで話題に出ていたのが、マレーの家の道場の話だった。
「そう!私のお父さんもアイリスに会いたがってるし、双子も体を動かす習い事として武術をどうかって。」
「俺、"どうじょう"気になる!」
「わ、私にできるかな…。」
双子の兄であるシダヤはやる気で溢れているが、妹のノゼルは消極的だ。そこにマレーが"お姉ちゃんとかパパママを守ることができるよ!"と後押ししている。
「私もマレーちゃんにはお世話になったから、親御さんにはご挨拶に行きたいんだけど…、ここ最近注文が立て込んでるから、先にアイリスだけでもマレーちゃんの親御さんにお菓子持ってお礼を言いに行ってきてもらえないかしら。」
「確かに私もお礼を言いに行きたいと思ってたの!」
キッチンでサラダ用の野菜を切りながらチラリとこちらを見てお願いしてくるママに私も賛同した。マレーのお父さんが関わっていなければ、パパとママを無事に助け出すことは難しかったであろう。
「それじゃあ、決まりね。近い内にシュークリーム作って冷蔵庫に入れておくから、箱に入れて持っていってくれる?」
「シュークリーム!?」
ガタリと椅子を鳴らして立ち上がったマレーにそこにいた人の全部の視線が集まる。目がキラッキラしていたマレーだが、直ぐに周りの視線に気がつくと、僅かに照れながらもじもじと座り直した。
そんなマレーの様子にママが笑いながら、"直ぐにご飯作っちゃうね!"と張り切って料理を続けた。
ママがご飯ができる間、私はこっそりマレーに質問した。
「ねぇ、マレー。私もその道場で体鍛えるっていうか、武術を習うことってできるかな?」
「ん?アイリス、どうしたの、戦いたいの?」
「…自分が少しでも武術の心得があったらな〜って思うことはあるから。」
私の声の大きさに合わせて、少しトーンを落として体を寄せて話してくれるマレーに感謝しつつ、私は正直に話した。
「この間の襲撃で何もできなくて、震えることしかできなかったのが悔しいから…。シダヤとノゼルを守るためにも、パパママを守るためにも、私が少しでも動けたらって…。」
膝の上でぎゅっと手を固く握って過去を振り返ると、自分の無力さに今でも歯痒さを感じる。"また"があるとは思いたくないが、似たような状況が再び来たとしても体の動かし方を知っていれば最悪の状況は免れることができるかもしれない。私が決意のこもった瞳でマレーを見ると、彼女は少しだけ目を見開いたが直ぐにじっと私の目を見た。
「?」
数秒間何も言わずに私の瞳を見ているので、キョトンとして見つめ返すとマレーはニコッと笑って私の肩に手を置いた。
「アイリスの決意は分かったよ。お父さんには話をしてみるけど、正式に道場の弟子入りするよりも、体の動かし方くらいだったら、私がアイリスの先生にさせられる可能性が高いかな。」
「そうなの?」
「うん。女性の護身術程度だったら、厳しい稽古がある弟子入りよりもアイリスのことが分かってる、私に任せるってお父さんなら言いそう。」
自分の父親のことを想像しているのか、マレーが空を見つめながらうんうんと頷いて話している。
「マレーが教えてくれるなら、私も安心かも。」
「それでもビシバシ行くよー!」
「…お、お願いしますっ!」
「お昼ご飯できたわよー!」
双子だけでなく、私も体が動けるようになるための指導に覚悟を決めてマレーとそんなやりとりをしていると、ママが振り返って両手に出来上がった料理を持って来た。
その手にはママ特製のカレーがある。これは双子の好物だ。我が家はお菓子屋ではあるが、カレーは甘口ではなくちょっとピリ辛だ。お菓子で甘さに飽きた双子が辛いのを所望してから、少し辛くするとお気に入りになったらしい。
まだ作業があって1階の厨房に残っていたパパをママが呼んできて、みんなで揃ってカレーを食べた。マレーも辛いものが好きなようだが、ちょっと物足りないと零していた。
——————
それから2日後、両親がマレーのお父さんへのお礼の品としてシュークリームを用意してくれたので、私は双子を連れてマレーの家の道場へ行くことになった。
「おはようございます!」
「マレー、おはよう。今日はよろしくね。」
「こちらこそ!さっ、シダヤ、道場に行くぞー!」
「おー!」
朝に家に顔を出して迎えにきてくれたマレーに挨拶を済ませると、私は厨房にいる両親に"行って来ます!"と声を掛けて、家を出発した。
シダヤの手をマレーが繋ぎ、私は控えめな性格のノゼルの手を握って歩いた。商業エリアは朝から新鮮な食材を売っているお店が開いており、賑わっていた。
そんな道を通りながら、私たちは商業エリアの隣にある武道の鍛錬をする施設が揃う武術エリアへ向かった。
私たちの生活圏内は商業エリア内なので、武術エリアに行くのも初めてだ。双子もそれは同じなのでワクワクしている様子が伝わってきた。
マレーとシダヤはどうやったら強くなれるかについての談義が白熱しているようで、キャッキャと跳ねて喜ぶ声が聞こえる。私とノゼルものんびりお話をしながら武術エリアまでの道のりを歩いた。
30分くらい歩いて到着したマレーの家の道場は一言で言えば、"立派"だった。
「す、すごい…。」
これが玄関先だという門を潜って、みんなで小さな庭を通って正規の玄関に辿り着くと、マレーが元気よく"ただいまー!みんな連れて来たよ!"と引き戸をガラガラとスライドしながら家の奥に声を掛けた。
「あらあら、おかえりなさい、マレー。皆さんもお疲れでしょう。まずはルカ…えっとお父さんのいるところまでご案内させますね。」
家の奥からはお淑やかそうな柔らかな雰囲気の女性が私たちを出迎えた。マレーと同じ燃えるようなオレンジのふわふわの髪を下ろしているが、髪の毛の上半分をまとめてお団子にしている。見たこともない、棒状の髪飾りを留めている。それがより、その女性の品の良さを醸し出していた。
「は、初めまして!アイリス・シュガーツといいます!この度は私たち家族を助けていただき、ありがとうございました!」
私がガバッと勢いよく頭を下げると、その女性はクスクスと小さく笑って、目を細めていた。
「ずいぶん可愛らしいお友達ができたのね、マレー。お父さんが奥の部屋で待ってるわ。アイリスさん、その箱のものは受け取ってもいいかしら?パティスリーシュガーツのお菓子よね?私食べてみたかったのよ!」
私が持っているパティスリーシュガーツのロゴが入った箱に気付いた女性はやはりマレーのお母さんのようで、マレーに指示しながらも私から箱を受け取って別の場所へ行こうとしていた。うちのお菓子にきゃっきゃとはしゃぐお母様にほっこりしつつ、私は案内してくれるマレーの後を付いて行った。
うちのお店兼住宅が縦にあるとすれば、マレーの家は横に広かった。複雑に何度も曲がる長い廊下を進み、奥の部屋にたどり着くと、私の家とは雰囲気の違う戸の前でマレーは部屋の中の主に声を掛けた。
「マレーです。只今戻りました。友人を連れて来ました。」
「入ってくれ。」
「はい。」
中から厳格そうな低い声が返って来てマレーが頷くと、スッと戸を横に引いて部屋に入った。そこは広い板張りの部屋で奥のエリアだけ別の材質の床になっていてそこに低いテーブルがあった。マレーのお父さんと思われる人はその机で何か書き物の作業をしていた。
マレーに続くように部屋の中に入って、男性の目の前まで来ると、マレーは正座をして姿勢を正した。
私と双子はそれを横目に真似して座り、ピシッと背筋を伸ばした。
「おかえり、マレー。隣の方が…。」
「はい、商業エリアで襲撃されたパティスリーシュガーツの娘のアイリスです。」
作業をする手を止めて顔を上げた男性は銀色の髪を短く刈り上げており、私のお父さんが優しさの方に振り切っているならマレーのお父さんはかっこよさと渋さが多くを占めている印象だった。だが、その瞳はマレーと一緒の青緑の綺麗な瞳でその内側には強さと優しさと秘めているようだった。
私がじーっとマレーのお父さんを観察していたため、マレーに脇を小突かれて慌てて頭を下げて自己紹介をした。
「あっ、えと、は、初めまして!この度は娘さんに助けていただき、本当にありがとうございました!アイリス・シュガーツと言います!あの先程奥様に私たちの店のシュークリームをお渡ししましたので、後でお召し上がりください。」
「ふむ、礼儀正しいしっかりした娘さんだ。ご両親の教育の賜物だな。私はマレーの父のルカドゥク・クラウドだ。この通り道場で弟子を取って師範代として武術の指導をしている。さて…パティスリーシュガーツの菓子は武術エリアでも噂になっていてな。弟子たちが話しているのを聞いてはいたが、食べたことがなかったのだ。ありがとう。」
そう微笑んだマレーのお父さんは男性の魅力を詰め込んだような眩しさだった…、"うわぁ!"と手を翳して避けたかったが、なんとか耐えて私はマレーに目配せして頷いた。
「あの、助けて頂いた上にこのようにお願いするのは…烏滸がましいかもしれませんが、ここにいる双子のシダヤとノゼル、そして私に武術を教えていただくことは可能でしょうか。」
私がキリッと覚悟を決めた瞳で真っ直ぐマレーのお父さんに話すと、彼はしばらく私を見つめて黙っていた。それはマレーと同じで私の覚悟を推測っているようだった。
シダヤもノゼルもこの部屋の空気に緊張しているようで一言も発しなかったが、ぎゅっと小さな手を握って固唾を飲んで私とマレーのお父さんを交互に見て様子を窺っていた。
「あの襲撃を受けて、戦えるようになりたいと思ったのかい?」
「はい。何もできなかったことが悔しかったので…。大切な人たちを守るために、動けるようになりたいんです。」
「……将来はカーマインに入りたいと?」
「ッ、あそこは嫌いです…、カーマインに入るつもりはサラサラありません。実家のお店のこともありますし…最低限の護身術…というか…。」
マレーのお父さんからのなんでも見透かすような瞳と貫くような言葉遣いに私は次第に声が小さくなっていった。ただ、カーマインのことを出されたら、取り繕う前に嫌悪感が勝ってしまって一瞬息を飲み込んでしまった。その後もう隠すのも無理だと思って顔を若干顰めながらもキッパリと言い切った。
「…力は無闇矢鱈に振るうべきではない、と私は考えている。今回の襲撃のようなことは断じて許されない。力の振るい所を間違ってはいけない。それは弟子たちにも、マレーにも口酸っぱく言っていることだ。それでも力に固執し、求め、傷付けるために力を振るう者がいる。だから、守る術のために力を学ぶ者もいる。これは切っても切れない関係であるし、昔からその感情と関係値は変わらない。君は後者の守るために力を学ぶ者だ。マレーが見染めた君なら力を正しく使えるだろう。だが、私から教えることはできない。この道場の弟子の大半がアンノーンと戦うことを想定して力を求めている者だ。カーマインや、プラムと言ったギルドのな。そこまで戦えるのを目標としている訳ではないのなら私ではなく、マレーから習いなさい。マレー、できるな。」
「…そう言われると思ってました。大丈夫です。」
マレーのお父さんの真剣な話に私は心を打たれた。だからこそ、その"力"が欲しいと改めて思った。商業エリアで何も知らずぬくぬく生きていただけでは、いつか人を傷つけるために力を振るう人に負けてしまう。それではなんだか悔しいではないか。ただやられるだけではなく、足掻いて家族を守ってこそ、満足して成仏ができそうだとぼんやり思った。
マレーのお父さん、ルカドゥクさんがマレーを見て問いかけていたので、彼女はやれやれと言った感じで肩を竦めて頷いていた。
「と言う訳だ。アイリスさん、双子の2人のこともマレーが体の動かし方から少しずつ教える。私の方から教えることができずに申し訳ないが、マレーは私の教えをしっかりと守っているし、全て叩き込んでいる。君の求める、"守るための力"を教えてくれるだろう。道場へはいつでも来ていい。…お土産にお菓子を持って来てくれると嬉しいがね。」
最後に悪戯っ子のように口角を上げつつ優しく笑ったルカドゥクさんはやはりマレーと血が繋がった親子だと思った。言葉の跳ね具合は少ないが、ちゃめっ気は彼女とそっくりだ。
私がコクリと頷くと、ルカドゥクさんは張り詰めていた緊張の糸をゆっくりと解いた。すると、思いついたように私と双子を見た。
「緊張させてすまなかった。お詫びにうちの庭を見ながら縁側でお茶にでもしようか。」
その優しそうな表情に私と双子が顔を見合わせてふにゃっと頬を緩めた。
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滅多にしない正座をしていたせいか、すぐには立ち上がれなかったが、マレーに手を貸してもらってなんとかみんなで縁側に行って並んで座り、マレーのお母さんが用意してくれた紅茶と私が持ってきたうちのシュークリームを頬張った。
サクサクのシュー生地にバニラビーンズの効いたカスタードクリームは真面目な話をして凝り固まった心をゆっくりほぐしてくれた。
双子の兄のシダヤはうちのシュークリームが好きでいつもがっついて食べてしまう。しかしそれはシダヤだけではないようでマレーとルカドゥクさんもシュークリームが気に入ってほっぺにクリームを付けて夢中で甘いお菓子を堪能していた。そんな様子にマレーのお母さんと私とノゼルでケラケラと笑ってお茶を楽しんだ。
最悪の始まりだったものの、新たな出会いに結びつき私の人生は一つの分岐点に立った。道の先は見えない。でも、少しでもいい方になるように進むしかない。新たな自分の可能性を作るべく私は一歩を歩み出した。




