第2話 帰ろう!
第2話 帰ろう!
カーマインのギルド本部は私たちが住んでいるプルウィルス・アルクス王国の中心部分、神殿やギルド本部などの重要機関が集まる、管理エリアにある。普段管理エリアに行くことは無く、私の家がある商業エリアが活動範囲だった。
高く聳える管理エリアの建物に怖気付いていると、警備隊の制服を着ている人を見つけたので駆け寄った。
「あ、あの!」
「ん?君は…もしかして商業エリアで襲撃があったパティスリーの娘さんかい?」
「はい!アイリス・シュガーツと言います。魔法の飴玉の準備ができたので、カーマインのギルド本部に届けに来ました。」
私が大事に抱えている魔法の飴玉が100個入った籠を見て、警備隊の人はすぐに私が襲撃された店の娘だと分かったようだ。警備隊の人はチラリとギルド本部のある方向を見てから視線を私に戻した。
「まだギルド本部に特段目立った動きはない。何が起こるか分からないから、私たちも周辺で陰から様子を見ているから、心配せずに行ってきなさい。」
「はい、分かりました。お願いします。」
警備隊の人の真剣な目に私もゴクリと喉を鳴らして、頷いた。店での事件があってから私もギルド本部に行ったら、怪我をしてしまうんじゃないかと不安だったが、警備隊の人が見守っているのなら、と少しだけ不安を拭うことができた。
警備隊の人に頭を下げてから、私はカーマインのギルド本部の建物へ向かった。建物は縦に細長く、窓が少ない印象だった。
ギルドのカラーである、赤い壁が特徴的で他に装飾もなく、戦闘を専門にしているだけあって無骨で異様な威圧感があった。
ギルド本部の扉の前で深呼吸をしてから、コンコンコンとノックを3回して、"パティスリーシュガーツの娘です。"と声を上げた。
ギィッと扉の軋む音がして、私は飴玉が入った籠をぎゅっと抱き締めて誰が出てくるのかドキドキしながら待った。
すると、扉の開いた隙間からぬるっと黒い影が見えて私の方に向かって手が伸びてきた。
「ひっ…!」
咄嗟に籠を顔の前に出して防ごうと思ったが、その手前でドシャッと何かが倒れ込む音がした。
「?」
私は一向に襲われないことにそーっと籠の横から覗き込むと私の足元には誰かが倒れ込んでいた。その人はうつ伏せに倒れていたが、服装からして昨日私たち家族の店に襲撃してきたあの男性3人組のうちの1人で、電撃の魔法を使っていた男だった。
「え…?」
何故扉が開いたらこの人が倒れ込んできたのか、訳が分からず、私の頭は混乱していた。
キョロキョロと辺りを見渡して警備隊の人を呼ぼうとしていると、ギルド本部の扉の奥から人の叫び声が聞こえてきた。
「ひ、ひぃ!!!た、たすけ…グハァッ!」
ドシャリとまた建物の中から人が倒れ込む音がした。中で何が起きているのか…不安と恐怖でガタガタと体が震え始めた。
「(で、でも、パパとママがまだ中に…!)」
不安と恐怖も籠を強く抱くことで抑え込み、私はギルド本部への一歩踏み出すと、それと同時に扉の向こうからコツコツとヒールの音と何かをズルズルと引き摺る音が聞こえてきた。
バンッと扉を乱暴に開けて出てきたのは、夕暮れの灯りに照らされて輝く、燃えるようなオレンジ色の髪を持つ女の子だった。
「え…。」
「ん?」
どういう状況か分からなくて、私が動きを止めていると、オレンジの髪色の子はその手に持って引き摺っていた、男をドサッと目の前に投げ捨てた。
「こいつがあなたの店を襲撃した男ね?」
ハスキーな声でそう問いかけられ、私は彼女と倒れ込んだ男の様子を交互に見てから、"はい"と小さな声で何度も頷いた。
彼女の言う通り、目の前で倒れているのは店を襲撃し、私の手を掴んで攫おうとしていた男だ。
「よし、じゃあ、私の任務は完了ってことね。」
「あ、あの!あなた、は…?」
「ん?私?私はね…、マレー・クラウド。武術エリアで道場を開いてるとこの娘。ちょーっと事情があってカーマインのギルド本部に用事があってね。ひと暴れしちゃった。」
語尾に星のマークが付きそうなほど、軽く言っているが、彼女は事情があるにしろあの襲撃犯である男性3人を倒したのだろうか。体は細くて筋骨隆々な感じではないのに、彼女からは強さが伝わってくるようだった。
「た、助かりました…。この人たちに魔法の飴玉を100個用意しろって要求されて…あっ、そうだ、パパとママが連行されたんです!どこにいるか分かりませんか!?」
マレー・クラウドと名乗ってくれた彼女に事情を説明していると、両親の安否が心配になり彼女に縋りついた。
「大丈夫だから、落ち着きなって。私が一緒に建物に入ってあげるから。多分連行されたってことなら、地下牢だろうね。付いてきて。」
私の慌てようにマレーさんは苦笑いをすると、私の肩を掴んでから回り込んで背中を摩ってくれて、深呼吸を促してくれた。私が1,2回深呼吸をすると、彼女はその様子を見て頷いた。顎でクイッと建物の方を差してから一緒に並んで建物の中に入った。
——————
ギルド本部の中は薄暗く、入ってすぐの廊下の突き当たりには誰かが壁に凭れるように座り込んでいる。おそらくマレーさんが扉を開けて出てくる前に聞いた悲鳴の主であろう。あまり近寄らないようにしつつ、服装だけでも確認するとやはり店を襲撃した男性3人組の最後の一人だった。
私の確認を終えてマレーさんの後を追うと、一つの部屋の扉の前で待っててくれていた。
「ここが地下牢の入り口がある部屋。」
そう言って彼女がドアノブを回して部屋に入ると、地下への石段がぽっかりと口を開けており、私はごくりと喉を鳴らした。
「…怖い?」
「う…えっと…、ちょっと、」
私が目を泳がせながら答えるとマレーさんは小さく笑って、"任せて!私がご両親を連れてくるから!"と胸を叩いた。だが、石段を降りる途中で何かを思い出したかのように動きを止めてキョトンとした顔で振り返った。
「…そういえばあなたの名前も聞いて無かったね。お名前は…?」
「ふふ、アイリス。アイリス・シュガーツといいます。商業エリアで実家がパティスリーをやっています。」
マレーさんの動きと表情に思わず緊張感がほぐれ笑ってしまったが、ちゃんと自己紹介をするとマレーさんが手を差し出してきた。
「?」
「よろしく、アイリスちゃん。絶対お店に行くね。後で場所教えて。」
「!こちらこそ、よろしくお願いします。マレーさん。」
「そんな、マレー"さん"だなんて、ムズムズするよ。多分同年代ぐらいだよね?"マレー"って呼んでほしいかな。」
「それなら、私のことも"ちゃん"付けではなく、"アイリス"で。」
「ふふっ、わかった。」
マレーが笑って、釣られて私も笑って彼女の手を取って握手をした。その瞬間頭の中でカチと音がした。
「(カチ…?)」
何かが嵌るような音に辺りをキョロキョロと見渡してみても何も変化はない。目の前のマレーを見ても、変わったところはない。私が急にキョロキョロとしていたため、マレーが首を傾げていたが、音のことは気のせいだと思って、"ううん、なんでもない"と言って、彼女との握手を解いた。
それからマレーは地下牢へ入っていき、唯一閉まっている牢屋にいた男女二人を見つけ、私の名前を出して確認を取ったところ、私の両親だった。パパがまだ電撃魔法の影響で体に痺れが残っていたため、マレーがパパをおんぶして地下牢の入り口までやってきた。ママの方は怪我もなく普通に歩けているようだった。
「パパ!ママ!」
「アイリス!!!」
私は痺れて体が動かせないパパとそんなパパに寄り添うママに駆け寄った。ママに抱き着くとぎゅっと強く抱き締め返してもらった。たった1日離れていただけだが、2人にあれ以上怪我が増えてなくて本当に安心した。
2人の姿を見て私は今まで頑張って気を張って感情に任せて大泣きしないように我慢していた気持ちが緩んだ。
「ふ、2人とも、よかった…よかったよ〜!!!」
突然襲撃されて怖い思いをしてから2人を無事に助け出すことができるまで、不安で押し潰されないように気を張っていた。お姉ちゃんがいる、と双子に言った手前、泣くのはまだ早いと思っていたのだ。でも、両親の無事な姿を見て私の感情を堰き止めていた詰まりが取れたのだ。
我慢していたが箍が外れるとポロポロと大粒の涙を零しながら泣く姿は、血が繋がっているというべきか、双子の兄妹にそっくりだと思う。
1分くらいうわーんと声を上げて泣いてから、落ち着くとここがまだカーマインのギルド本部であり、パパは体の痺れが残っているため、回復魔法をかけてもらえるカナリアが運営する病院に行かなければいけないことに気付いた。
まだ私がしゃくり上げて涙を止めようと必死になっていると、ママが私の肩を抱いてくれた。
「アイリス、頑張ってくれたのね…。パパの病院には私が一緒に行くからあなたは…」
「私も行く。」
「でも、あなた魔法の飴玉を100個も作ったのよ?フラフラでしょう?」
「行くったら行く。」
ぐすっと鼻水を啜ってから私は断固として首を縦には振らず両親に付いていくのを譲らなかった。
ママが困ったように笑ってからパパをおんぶしてくれているマレーに視線を向けた。
「マレーさんもありがとうございます。病院までもう少し旦那をおぶってくれますか…?私ではちょっと厳しいので…」
「いえいえ!アイリスのママさんも疲労の色が見られますから、病院で休まれた方がいいですよ。アイリスのことは私が責任を持って家に送り届けますから。」
マレーは人懐っこい笑みを浮かべながら力が入らないパパを背負い直すと、カナリアの病院がある商業エリアへ向かって歩き出した。
私とママも連れ立って歩き出すと、近くで様子を窺っていたインディゴの警備隊の人たちが何人かで駆け寄ってきた。
「皆さん、ご無事でしたか!」
「様子を窺っておりましたが、何があったかご説明を頂いても…?」
「まずは怪我をした人がいるので、私たちは病院へ行きます。ギルド本部内にも襲撃犯が伸びているので確保をお願いします。詳しい話は病院までの道すがらでもよろしいでしょうか?」
マレーがおんぶしたパパに視線を送りながら、警備隊の人に確認をすると了承の頷きを得られた。直ぐにそばにいたもう1人の警備隊の人が私から魔法の飴玉100個が入った籠を受け取って、他の警備隊の人に合図を送りギルド本部へ向かって行った。
残った1人の警備隊の人がママを支えながら、5人で病院まで歩いた。
——————
「なるほど、マレーさんはあのルカドゥクさんの道場の娘さんでしたか。」
「元々はギルド本部内から届いたSOSが父宛てだったのですが、私に任せてもらえまして。」
「ギルド本部内から届いたSOSというのは、どなたから…?」
「ギルド本部長のルミリアさんです。父とは昔からの付き合いで私にも秘密の方法で任務を依頼してくる仲です。その彼女からギルド本部内でのゴタゴタがあって、と連絡が入って。父が出向くと大事に成りかねないので、娘の私が犯人たちに警戒されないだろうと任されました。」
「ふむ…。カーマインの本部長のルミリア様には今回の事件の関与は薄そうですね…。あの3人の魔法使いの独断ということでしょうか…。」
警備隊の人が顎に手を当てながら考え込んでいる。そこで私も飴玉を作っている際に疑問に思っていたことを口にした。
「あの…、襲撃犯の3人は私が魔法の飴玉を作れるってことを知っていました。私の魔法の飴玉の力は周りにひけらかしていたものではありません。パレット登録のために事務機関で手続きをしてもらった事務員さんとか近所の人ぐらいしか知りません。なのに、あの人たちは知っていた…。でも私のキャパの個数は分かっていないようでした。」
私の言葉に警備隊の人は眉を寄せた。事が意外にも複雑に絡み合って広がっている気がしているのだろう。
「…分かりました。あの男たちのここ数日の足取りと、事務機関への閲覧履歴や襲撃されてないかの確認…色々と確かめる事がありそうですね。インディゴの警備隊とカーマインのギルド本部で調査をすることになるかと思います。ご協力ください。」
「はい。」
私とマレーが頷くと、ちょうど商業エリアの入り口の直ぐ横にある病院の明かりが見えてきた。
「お話いただき、ありがとうございました。アイリスさんはどうされますか?ご両親のそばにおられますか?」
「私は…」
警備隊の人からこの後のことを聞かれてチラッと両親とマレーのことを見た。私の視線に気付いたママが前に出た。
「まだ家の方には双子の兄妹がいるんです。家族であるアイリスが帰った方があの子達も安心しますので、家に帰らせます。マレーさんが送ってくれるそうなので…。」
「そうですか!マレーさん、ありがとうございます。シュガーツさんは私が運びますから、アイリスさんを送ってあげてください。あなたになら、安心して彼女を任せられます。」
警備隊の人とマレーが動けないパパを運ぶためにやり取りしている間にママが私に近寄った。
「アイリス、パパの入院手続きとかはママがやっておくし、パパの様子は私が診ているから安心して休んでちょうだい。お店の方は…」
「お店の修繕工事は隣のおじさんおばさんが手配してくれてると思う。双子のことも2人に頼んであるし…。」
「そう。じゃあ、お店のことは気にしなくていいから、シダヤとノゼルと一緒に家で待っててくれないかしら。」
「…うん。分かった。」
「ごめんね、お姉ちゃん。でもあなたもしっかり頑張ったんだから、これ以上無理しちゃダメよ。」
納得してないように返事に間が空いた私にママは困ったように眉を下げると、そっと私を抱き締めた。
ママが私のことを"お姉ちゃん"と呼ぶのは珍しいことだ。私の役目がパパとママの娘ってだけでなく、シダヤとノゼルの姉であることも再確認させられた。後少し、もう少しだけ頑張ろうとママの腕の中で小さく頷くと、私はママの背中に腕を回してぎゅっと抱き締め返した。そしてパッと離れると、ママに笑顔を向けた。
「大丈夫、お姉ちゃんだからね!」
と胸に手を当てて"任せて!"と言うと、ママは頷いて警備隊の人とパパと一緒に病院の中へ入って行った。
「じゃあ、家まで送るよ。」
「ありがとう、マレー。」
2人ですっかり陽が落ちて暗くなった商業エリアの道を歩く。所々に街灯はあるものの、すでに道の両脇の店は食事を提供してるところ以外店を閉め、静かになっていた。
「あんまりこの時間の商業エリアって来ないから、新鮮かも!」
「そうだね、買い物する時間にしては少し遅いからね。でも料理屋さんとかは賑わってるし、こうして明かりが灯ってるのを見ると安心するの。昨日の私の家は真っ暗だったから…。」
昨日警備隊の人との話が終わった後に帰宅した時は自分の家の灯りはなく、店はガラスでぐちゃぐちゃ。誰もいないシンと静まり返った、あの空間はちょっと息苦しかった。慣れ親しんだ商業エリアの灯りを見て私はホッと安心した。
そんな私の横顔を見てから、マレーはふと何かを思いついたようだった。
「!よし、今日は私もアイリスの家に泊まる!」
「えっ、ええ!!?」
「同年代の女の子と一緒に泊まるのって夢だったんだよねー!」
とあっという間に彼女の中で決定事項になったようで、私の手を引いて商業エリアの道を歩いた。
「さっ、帰ろう、アイリス!」
私の手を引いてくれた彼女の笑顔は街灯の明かりだけでなく、眩しくて温かかった。安心感を与えてくれるその表情に私も釣られて目を細めて笑った。




