第1話 最悪の始まり
第1話 最悪の始まり
まだ太陽が昇り切っていない早朝。私は実家である、「パティスリーシュガーツ」で両親が作り上げたお菓子たちの最後の仕上げの手伝いをしていた。
「アイリス、ここのクリームもう少し低くした方がいいんじゃない?」
「ママ、この高さの方が形が綺麗だと思うんだけど…?」
「綺麗に見えるのも重要だけど、私たちのお店のモットーは、美味しさと食べやすさが重視されてるの。あんまりクリームが高すぎると、食べるときに大変でしょう?」
「あー…、まぁ、確かに…。」
「ね?だから、次からはもう少しクリームの高さには気を付けてね。」
「分かったよ、ママ。」
私はお菓子作りの師匠としてママとパパから指導を受けつつ、お菓子作りの最後の工程を任せてもらえるようになったり、新作のお菓子のアイディアを採用してもらえるようになったりと、徐々にお店に関わることができていた。
それが嬉しくて、私はまだ16歳だが、所属ギルドは両親と同じ、お店を開く権利を得られる"マリーゴールド"というギルドに入ることを決めている。もうギルドへの参加権は持っているのだが、両親が自分たちに気を遣わずに、店のことは抜きで自分でやりたいことを見つけて欲しいという思いで、ギルドへの加入申請を行っていなかった。
今日も両親の手伝いを終え、店の販売スペースのガラスのショーケースに次々と美味しそうなお菓子たちを並べていった。
最後の一個を並べ終え、顔を上げると店の前のガラスの扉がガシャーンッと一気に砕け散った。
「きゃっ!?」
あまりの突然の出来事に悲鳴をあげてショーケースを盾にして縮こまっていると厨房の方から両親が走ってきた。
「何の音!?」
「アイリス、怪我はないか?」
「う、うん…、私は大丈夫。でもなんでガラスの扉が…。」
ママが扉の方に近づこうとすると、砕けたガラスの向こうから大柄な男の人が3人、店の中にずかずかと入ってきた。
「へぇ~、ここが商業区でも人気のパティスリーねぇ~?」
「おっ、目的の嬢ちゃん発見したぜ!なぁ、嬢ちゃん、お兄さんたちと、ちょっと来てくんないかな?」
お店の床にはガラスが散乱し、異常事態だというのにそれを気にも留めずショーケースの向こう側にいた私を見つけると、柄の悪そうな男性が私を見て、にやりと笑ってから私の手首をぐっと掴んで引っ張った。
「痛ッ…!」
「やめなさい。本人が嫌がっているだろう。それに人の店をこんなにぼろぼろにして謝罪の一言もないのか。」
私が連れていかれそうになったのを見て、パパが私の手首を握っている男性の手を上からガッと力を入れて掴んだ。パパの言葉には怒気が含まれていて、大事なお店を壊しておいて、更には目の前で急に娘を攫おうとしているのだから、パパが怒るのも当然だった。
「俺たちはカーマインの魔法使いなんすよ。ちょっとしたお願いを聞いてもらうために、カーマインのギルド本部に嬢ちゃんを連れていきたいだけなんですよ~。」
「そんなお願いなど、正式にギルドを通して書面で頼めばいいじゃないですか。お店を襲撃するなんて、おかしいと思わないのか!」
へらへらと笑って謝る気配もない、男性3人にパパは私とママを厨房の方へ逃がして、自分が前に出ることで守ろうとしてくれた。最後には語気を強めて、3人を追い返そうとしてくれた。その間、ママは自分も震えているのに私を抱きしめて守ろうとしてくれていた。
「急ぎの用事だから、書面だとか言ってると時間がかかるんで直接頼みに来たんですよー。」
「うちの娘の力は他のギルドに提供する契約はしていない。急ぎの用事だとしても、その頼みは受けられない。」
パパがきっぱりと断っているのに、3人の男たちはにやにやしたまま食い下がる。そのへらへらとした態度に私は恐怖よりも怒りが湧いてきた。でもここで言い返したら何が起こるか分からない。下手に相手を刺激しない方がいいと思って、大人しくママの腕の中で事が鎮まるのを待った。
私がグッと唇を嚙みしめているのに、男の一人が気付くとにやりと口角を上げた。私はその笑顔に戦慄し、何をするのか分からなかったが、嫌な予感だけはした。
「何を…ッ!」
「なぁ、お父さんよぉ…、大人しく娘さんの力を差し出してくんなきゃ、痛い目見るぜ?」
「それは、脅しか?」
「いんや?実力行使のお知らせだ。」
パパが疑問に思って目を細めた瞬間、私の表情を見て笑っていた男が横からパパの肩を掴むと、バチバチッと電撃が弾けパパが"うぐっ"と声を漏らして、倒れ込んだ。
「パパ!」
「あなた!」
ショーケースにぶつかってずるずると力無く倒れてしまったパパに私もママも相手のことを気にせず、駆け寄った。パパは苦しそうに呻き、その体は感電しているようで痙攣を起こしていた。一般国民に魔法を行使して攻撃したことは重罪だ。そのことは当たり前なはずなのに、目の前の男たちはなんの躊躇いもなくパパに電撃のような魔法を浴びせた。
「あ、あなたたちカーマインの魔法使いであっても一般国民に攻撃していいと思っているの…ッ!?」
「あぁん?そんな口聞いていいんか?そこに倒れてる旦那のようになりたいのか?」
「う…ぐぅっ…」
「ママ…!」
パパが攻撃されたことにママが声を震わせながらキッと男たちを睨んで叫んだ。その瞬間に最初に私に詰め寄ってきていた男がママの口を手で塞ぐように掴み上げてママの体が持ち上がった。ギリギリと男の手には力が込められていき、ママは苦しそうに呻いていた。
「ママの手を放して!」
「…それなら俺たちのお願いを聞いてもらわなきゃなぁ?」
「くっ…、用件はなんですか…」
私はこんな暴力を振るう人たちの頼みなんて聞く必要はないと思うが、ここで抵抗してもママまで傷つけられてしまう…、悔しさで再び唇を噛みながら男に尋ねた。
「ははッ、聞き分けがいいお嬢ちゃんでよかったぜ。用件は明日の夜までにお前さんが作る魔法の飴玉を100個作ってカーマインのギルド本部に届けに来いって話だ。ああ、もし遅れたらお前の大事なパパとママはどうなるかな?」
「く…、わ、分かりました…。」
「いいか、明日までだ。遅れるなよ!!!」
「おっと…そうだ、そこに倒れてるパパとママも連行していかなきゃな。カーマインの魔法使いに抵抗したってな。」
「そんな…ッ!」
男たちからの"頼み"を聞くととても横暴なものだとすぐに分かった。だが、倒れているパパと掴みあげられているママを人質に取られてしまい、私は頷くしかなかった。ただ、その二人を連れていく理由が理不尽で私は反射的に声を上げてしまった。
「ああ?」
「ひっ…」
私に用件を伝えてきた男がギロリと睨んできて、更にはママを掴み上げている男もその手に力を込めた。ママの苦しそうな声を聞いて私は従うしかないと思った。恐怖で悲鳴混じりの声が漏れたが、口元に手を当ててなんとか頷くと男たちは満足したようだ。3人で頷き合うと電撃を使った男が倒れているパパを担ぎ上げ、ママを掴み上げていた男はその手を放したがすぐに後ろに回り込んでママの両手を縛り上げた。
反抗の声も恐怖の悲鳴も上げることもできずに私は男たちを睨みつけたまま、パパとママが連行されるのを見ていることしかできなかった。
——————
男たちが店から立ち去り、姿が見えなくなると私はその場にずるずると座り込んだ。下半身の力が入らなかった。
「どうしよう…。」
私が小さく言葉を溢すと、かたんと自分の後ろの方から物音がした。ハッとして振り返るとそこにはボロボロと大粒の涙をこぼしている妹のノゼルと必死に泣くのを我慢して妹の手を握っている弟のシダヤがいた。
「シダヤ、ノゼル!!!」
「ね、姉ちゃん…!」
「お姉ちゃん!!!」
二人の姿を見ると、ようやく体に力が入りふらふらとしながらも二人に駆け寄った。私が抱きしめると二人はぎゅうっと強く抱きしめてきて二人が2階にいるときに男たちが入ってきたのでそのまま2階で様子を窺っていたのだろう。襲撃されてからの会話も聞こえていたようで、間近で見ていた私も怖かったが、幼い双子の二人の方がもっと怖かったはず。泣くのを我慢していた双子の兄のシダヤは抱きしめた直後はまだ涙を堪えていたが、私が優しく彼の後頭部を撫でると涙腺は決壊し、大声を上げて泣き出した。そんな兄の姿を見て、妹のノゼルは更に涙を流して一緒にわんわん泣いていた。
二人をぎゅっと抱きしめながら、私は決心した。
「(私が、しっかりしなくちゃ。)」
決心した私は二人からゆっくり離れて、目を見て話した。
「二人とも、よく聞いて。お姉ちゃんはこれからパパとママを助けるために、あの魔法の飴玉をたくさん作らなくちゃいけないの。そうしないとパパとママが…痛い思いをしちゃうかもしれないの。だから、だから…お姉ちゃん頑張る。隣のおじさんおばさんたちに話をしておくからちゃんといい子で待ってるんだよ?」
「お姉ちゃん…、パパとママ…。」
「……分かった。姉ちゃんが頑張るなら、俺も頑張る!ノゼルのことは俺が守る!!」
「シダヤ…」
泣き虫のノゼルはまだぐずっているが、兄であるシダヤは私と同じようにしっかりしなくてはと思ったのか、すぐに涙を拭って力強い瞳で私を見つめ返してきた。そんな兄と姉である私を交互に見たノゼルはぐっと両手を固く握って頷いた。まだ目の端には涙があるのにシダヤと同じ力強い瞳で私のことを見つめ返してくれたので、私は深呼吸をした。
「二人とも、パパとママが帰ってくるまでみんなで頑張ろう。負けちゃだめだよ。お姉ちゃんがいるからね。」
「うん!」
二人が頷くのを見ると私は立ち上がった。隣でお店をやっているおじさんおばさんも私たちの店のことに気付いているだろうと二人の手を取って店の外に出た。すると近所の店の人たちがざわざわとうちの店のことを見ていた。そこにはインディゴの警備隊の人が野次馬の人払いをしていた。店内から出てきた私たちに気付いたのは、警備隊の人に必死に話をしていた隣の店のおじさんとおばさんだった。
「あっ!アイリスちゃん、シダヤちゃん、ノゼルちゃん!」
「おお、無事だったか…!」
私は警備隊の人たちの制止を振り切ってこちらに駆け寄ってきてくれるおじさんたちに涙が出そうになったが、ぐっと耐えて双子の二人の手を引いておじさんたちの元へ向かった。
「おじさん、おばさん。すみません、詳しい話は警備隊の人たちの後になってしまいますが、まずはシダヤとノゼルの二人を預かっていただけますか?」
「あ、ああ…。それはいくらでもいいよ。でも、お父さんとお母さんが…。」
「その二人を助けるために、私の力が必要なんです。時間も迫っているので警備隊の人に話をしたら、すぐに作業に取り掛からないと…。」
「……あなた、話は警備隊の人からまた聞きしましょう。今は双子ちゃんを預かって面倒を見てあげることよ。アイリスちゃん、無理しちゃだめよ。」
狼狽えるおじさんを他所におばさんは私の決心に気付いたのか、すぐに双子の手を取ってくれておじさんを説得し、私に心配の眼差しを向けてくれた。
「本当にすみません。すべて解決したらお礼の品を持っていきます。あの、双子のこともそうなんですが…。」
「ああ、店の修繕の手配はこちらで済ませておくわ。アイリスちゃんは気にせず、作業に集中して頂戴。」
「何から何まですみません…。ご迷惑をおかけします…。二人とも、ちゃんとおじさんおばさんの言うことを聞くのよ?」
「あら、迷惑なんて気にしなくていいのよ!双子ちゃんと生活できるのも嬉しいし、普段からお隣さんとして助け合ってきたんだもの、こういうときこそ私たちを頼って。」
「…はい。」
おばさんの優しさに思わず涙が出そうになって私は俯いた。すると、その視界に入るように私の足に双子が引っ付いてきた。
「シダヤ、ノゼル…?」
「姉ちゃん、頑張れ!」
「お姉ちゃんなら、できる…!」
「ふ、二人とも…。」
突然の可愛い双子の弟と妹からの激励に私の涙腺は崩壊してしまい、我慢していた涙が一粒ぽろっと零れてしまった。そんな私におじさんが肩にぽんっと手を置いた。"頑張れ"と言われたんじゃ、お姉ちゃん、頑張るしかないでしょ!
私は涙を拭って顔を上げると、既に警備隊の人が近寄ってきていて話を聞きたいようだった。おじさんとおばさんに双子を託して私は警備隊の人の元へ向かい、先程あった出来事をすべて話した。
————————
警備隊の人にすべて話し終えると私は男たちの要求である、魔法の飴玉100個を作るためにぐちゃぐちゃの家に戻った。警備隊の人は私も隣の店のおじさんおばさんの家でお世話になった方がいいと勧められたが、被害に遭ったのは店がある1階だけだし2階は無事だ。それに作業には集中力が必要で100個も作ることになるといつもの自分の部屋でやった方が効率がいい。その話をすると警備隊の人は夜通しで店の前を自分たちが警備することで折れてくれた。
カーマインのギルド本部には警備隊の方から連絡を入れてくれるらしいが、ギルド本部が総出でグルなのだとすれば、大事件になるのでなるべく負傷者をこれ以上出さないために飴玉はしっかり準備して、出来上がったら警備隊に教えて欲しいと言われた。私が頷くと警備隊の人たちは自分たちの仕事に戻って行ったため、私も自分の部屋に上がり椅子に座って魔法の飴玉の作成に取り掛かった。
私の魔法の飴玉は小さい頃にポロッと手から飴玉が出てきたことで明らかになった私だけの魔法だ。パレットの確認をインディゴの鑑定士の元で行ったら、パレットにはオレンジの身体強化とインディゴの魔力強化が現れ、それが私の扱える魔法の属性だった。その力を飴玉という形にしたのは、流石お菓子屋の娘だとパパに頭をぐりぐりと撫でてもらったことを覚えている。
でも、この力は今までに戦闘が専門のカーマインや採取を専門とするビリジアンに買ってもらったことはない。魔法とパレット登録を戸籍に追加する際に事務機関で事務員の人が見たぐらいで、そんな周りに言いふらしていたわけではない。私の魔法の飴玉のことを知っているのは限られた人だったはず。それがなぜカーマインの魔法使いに知られており、自分のキャパ以上の100個という個数を要求されたのか…、それだけが分からなかった。
疑問が浮かびつつ、私は寝る間も惜しんで身体強化と魔力強化の効果がある魔法の飴玉を100個、次の日の夕方には作り上げた。
「はぁ…はぁ…、疲れた…、ギリギリなっちゃった…。眠い…けど寝てたら今日が終わっちゃう…。」
私は長時間椅子に座ってバキバキに固くなってしまった体を伸ばして欠伸を噛み殺すと、まずは何か口に入れなければ…と2階のキッチンへ向かった。
冷蔵庫を漁って、母が作り置きしてくれていたスープとパンを口に詰め込んだ。ママが作ってくれた料理の味に再び涙が出てきそうになったが、ぐっと喉まで上がった悲しみをスープとパンと一緒に飲み込んだ。私は魔法の飴玉100個を籠に入れて、店を出た。その姿に店の前を警備していた人が気付いて声を掛けてくれた。
「こんばんは。おや、例の飴玉が完成したのですか?」
「はい。警備、ありがとうございました!飴玉ができたのでこれからカーマインのギルド本部に届けてきます。」
「分かりました。ギルド本部の近くで待機している警備隊がいるのでそちらに声を掛けてから本部に行ってください。」
「はい。分かりました!」
ペコリと頭を下げて警備隊の人にお礼を言うと警備隊の人は帽子を取って胸に当てて敬礼をした。私はそんな警備隊の人と別れると次に隣のおじさんおばさんに声を掛けた。
「こんばんは。」
「あらっ。アイリスちゃん!もう飴玉は作り終わったの?」
「はい…、初めて100個も作ったので時間がかかっちゃいましたが…。あの、双子の様子は…。」
「二人ともお利口さんにしていたよ。今は二人で旦那と一緒にお絵描きしているけど…呼んでくるかい?」
「いえ…、これからカーマインのギルド本部に行かないといけないので。またみんなで帰ってきたら二人を迎えに来ます。」
「そうかい…、ちゃんとご飯食べたかい?」
「あ…えと…、スープとパンを詰め込んでおきました。」
私が苦笑いで答えるとおばさんも苦笑いをしていたが、今はのんびりご飯を食べているときではないと分かっているのだろう。それ以上は追及してくることもなく、気を付けて行っておいでと声を掛けてくれた。
「(待ってて、パパ、ママ…。助けに行くからね…!)」
魔法の飴玉100個が入った籠をぎゅっと抱き締めて私はカーマインのギルド本部の前に立った。




