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【勇者×偽物】~離婚は半年後の予定です~  作者: フジイさんち
君との冬が、ほしいのです
26/30

【朝はお静かに願います】

「ぬ……」


――ぴたり、と、ファルメスの動きが止まった。

魔王城は、現在少し遅めの朝食の時間。窓の外からは少々不穏な鳥の鳴き声が聞こえ、朝日は差し込まない。

そんな中での、――”ぴたり”。……ファルメスの姿が、掻き消える。


「えっ、消えたぞ」

「リックに呼ばれたんだね」


不思議がるジノに、明るく返したのはエッダだった。あら、とジャズマンが、指先にフォークをぶら下げ、食卓に肘をつく。


「バレちゃったわぁ~♡」

「アンタは能天気すぎなのよ……」

「だぁって『魔王城に連れてくわ♡』なんて言えないじゃな~い?」


女性二人のやりとりを見つめながら、ジノも食事を進める。

昨夜の晩餐もそうだったが、見たことのない食材に、見たことのない料理ばかり。だが、味はそこまで悪くはない。

もしかして、エッダの陰の努力でもあったのだろうか、なんて考える余裕すら、ある。


ちなみにジャズマンが”女子会”とのたまったのは、夜通しこの三人で喋ることだったようで、大変まことに不服ながら、ジノは反論するのを諦めた。

理由としては、反論をするよりも、見目麗しい女性陣を眺めているほうが何倍も有意義だ、と気づいてしまったため。

……俺も男ですので……、と、どこへ向けたのかわからない言い訳をこなす。


「ジャズマン」


じわ、と霧の輪郭だけをとって、ファルメスが……恐らく意識だけ、帰ってくる。こちらへリックの声は聞こえないが、揺さぶられているのか、魔王の輪郭ががくがくと揺れていた。


「あら、あたし?」

「『早くジノを返さないと二度とメイドに会わせない』そうだ」

「…………」


ひく、とジャズマンが硬直する。ぶふ、と吹き出したのはエッダ。

ジノは”ミルヴァとアキアをダシに使うなよ……!?”と腰を浮かしかけており、ファルメスは……胸ぐらを掴まれているようなシルエットである。


「……あと、何やら『ノーカンだ』と騒いでいる」

「ああ……リックはちゃんと、ジノを連れてくるつもりだったみたいだもんね」


冷静に言い切るエッダに、ジャズマンが椅子の背もたれにばたりともたれかかる。その胸がふよんと揺れたのを、ジノが見てしまったのは事故である。――事故。事故です。


「だってぇ……女同士喋りたいじゃなぁい……」

「女じゃねぇぞ……?」

「ジノ~~♡」


甘えるようなジャズマンの声に、ぐ、とジノが喉を詰める。アッわかりましたもうそれでいいです、と……肯定しそうになる。そうこうしている間に、ぴたりとファルメスの霧が濃くなった。


「戻せ」

「えぇ~っ♡」

「……戻せ。出入り禁止にするぞ」


え、そこまで……?とジノが眉をひそめる横で、ジャズマンはふるふると肩を震わせ――


「……やぁ~~~ん♡ファルメスに怒られちゃったぁ♡」


……なぜか、満面の笑みで立ち上がった。意味が分からない。怖すぎる。

隣では、エッダが大変に真顔でジノにだけ頷いている。……ああ、これが魔王サイドの地獄構図かと、ジノの背筋に汗が流れた。


そして――


「じゃ♡ジノ、またね♡♡」

「えっ、またって――!?」


ちゃり、とジノの手にペンダントを握らせ、ウインクをひとつ。つやつやの唇がぷるん、としていたのを見たのが……ジノの最後の記憶だった。


あ、役得――


――、リックの寝室。


ぽう、と柔らかな光を帯びて転移の魔法陣が発動したその瞬間、リックはほとんど飛びつくように駆け寄っていた。床に描かれた紋が光を放ち、チカっと瞬くような転移痕を残して――


「……っジノ!!♡」


ぱし、と音を立てて、ジノが勇者の腕に抱き留められる。

服の裾を掴むとか、手を取るとか、そういった段階はなかった。即抱擁。勢いのまま、ぐっと自分の胸に引き寄せる。ぐえ、とジノが潰れるような声がする。なおジノ、転移酔い真っただ中。


「知らない人についてっちゃダメでしょ~!!」

「知、ら、……だってジャズ、……っていうか待って俺ぐるぐる……」

「はぁ~~~ジノジノジノ~~♡♡♡」


……聞こえて、いらっしゃらない。

勇者、愛おしい妻を抱きしめながら、頬をすりすり。ついでに額も、こすり。

耳元で爆速でしゃべっているせいで、勇者の呼気がうるさい。


「ジャズだから♡ひどいことされないとは思ってたけど♡♡すごく心配した♡♡」

「リッ……待っ、酔って、……て、転移酔い?……してる……」

「アッ!?!?よ、横になる!?横になろう!?添い寝しよう!!一緒にベッドに入ろう!?」


――いらねぇ、と言う暇すらない。あと声もデカい。圧もすごい。

勇者はジノの肩と背に回した腕にぐっと力を込め、鼻先で髪をくんかくんか。

今にもおかえりの、いやただいまの……いやおはようの……?キスを強行しそうな勢いだったが、勇者にも学習能力はある。ぎりぎりのところで止まっている。唇の手前で、頬に、こすりつけているだけ……の、はず。


勢いがとどまることを知らないままに、ベッドへ一歩、また一歩。これはまずい、またすったもんだになりそうだ、とジノの眉間にしわが寄る。――が、「あっ」と思い出して、リックの胸倉をゆらりとわし掴んだ。


「……おい」

「アッ♡はい♡」

「……生きてたなぁ、”エッダ”」



――ひょこっ、とリックの足取りが潰えた。っあ~~~ハイハイハイと……緩慢と三度ほど頷く。


「っうん、そう、エッダはね、ファルメスのとこにお嫁さんに行ってね……」

「……死んだことにしてまでか」

「そ、そうそう……」


そうか、と……ぽつり、それだけがジノから返ってくる。リックが顔を覗き込めば、――はた、と顔を上げたジノが、……リックを見てほんのわずかに口角を上げた。


「お前、魔王のことめっちゃ揺すってなかった?」

「えっ!?アッ、だっ、だって僕はジャズみたいに転移できないから……!!」

「魔王の霧、すっげぇぐらぐらになってたぞ」


……じ、ジノが笑ってる――!!……と。リック、ほぼ悶絶寸前だった。耐えたのは、その学習能力によるもの。

転移酔いは治まったようで、もう顔色も悪くない。


「……ね、ねぇ、ジノ……エッダのこと……」

「あ?誰にも言わねぇよ、”死んだ”んだろ」

「そっ、……うん……」

「討伐したはずの魔王は生きてるし、死んだはずの勇者パーティーも生きてるし……俺もう滅多なことで驚かねぇわ」


そう笑う声は、思いのほかあっけらかんとしていた。緩んでいたリックの腕が、もう一度、ジノの背に回る。じわりと抱き寄せ、その肩口に、額を。


「……ありがとねジノ」

「……おう……」

「…………」

「……てめぇどさくさに紛れてケツ触んな!!」

「ああッ♡ごめんなさぁい!♡♡」


……残念ながら、当勇者邸のふたりにおいて、しんみりという言葉は無縁なようだった。

ぶわっと顔を上げたリックが、腕の中のジノを見下ろす。


「ジノ~~~……私……今、世界一幸せ……♡♡♡」

「っせぇ……、……っあ!ちょ、とりあえずエンたちのとこ行かせてくれ、勝手に出てって留守にしたんだ俺!」

「え~~♡奥さんみた~い♡♡」

「ぶん殴るぞお前!!」


どったんばったん、いつも通りである。腕から抜けようとする詐欺師に、でれでれと頬ずりをする勇者。

それでもまだ、この寝室には、リックとジノだけ。

再会の喜びだけが、ふたりのあいだで、むちむちと暴れていた。


……なお、この日を境に、エンはちょっとだけ過保護になった。






――【朝はお静かに願います】

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