【これは予期せぬ外交です】
「――どこ探したッッ!?!?」
――ッバァン、と勢いよく邸のドアを叩き開け、リックが邸内に駆け込んでくる。
慌てて飛び出してきたセノールとミルヴァが、リックの前に立ちはだかるように両手を差し出した。
「街中は探しました、ジャズマン殿が行かれそうな場所も」
「ジャズマン様はお目立ちになるので、目撃者も探したのですが……」
「ん、ま、まず何!?ミルヴァたちじゃなくてジノに会いに来たの!?」
「っ、はい、私たちには目もくれず……」
ミルヴァの呟きを最後に、は……、とリックが息を整える。奥では、顔を覗かせたアキアが半分涙目になっていた。
「す、すみません、ジャズマン様でしたので、悪い方ではないと……!」
――ひたり、と、リックの視線が皆を巡る。そうだ、あんなんでも一応、元勇者パーティー。人道に反する女ではない、はず。……ぐ、と小さく顎を引く。
「……大丈夫、わかった、……皆、朝食は食べた?」
セノールが、小さく首を振る。――だから勇者は、いつものように笑顔になった。
「じゃ、皆でご飯にしよっか!ジノのことは私が探す!皆はご飯食べて休んでから邸の運営!ね!」
玄関口では、エンが静かに御者服を脱いでいた。
* * * * *
――少々時は遡り、例の路地裏で。
チカ、とジャズマンのペンダントが光ったのを皮切りに、ジノとジャズマンの周囲の景色が一変した。……というよりは、恐らく転移。
がらり、ジノの視界が反転しかける。キャッ、と慌ててジャズマンが、揺れたジノの身体を支えた。
「やっ、やだジノ大丈夫~~!ごめんなさい、貴方あんまり魔力耐性ないのね~!?」
「っ、え、な、なに……?」
ぐらぐらと眩暈がする視界に、けれどもなんとか踏ん張った。あと目の前に、大変豊かなお山がふたつあり……そこに顔を埋めていいものかどうか、ジノの中の紳士が警鐘を鳴らしたのもある。
ゆるりと視線を巡らせれば、見慣れない植生、おかしな色の台地。目の前のジャズマンに視線を戻せば、申し訳なさそうに眉を下げる美女。役得である。
「こ、ここどこ……?」
「魔族領よ~♡」
「魔ぞっ……」
つい、とジャズマンが指さしたほうを振り返れば、ぐわりと見上げるほどの巨大な、し、城……?
「……魔、王城……?」
「そう、魔王城♡ファルメス~~!♡」
――あ、すごい聞いたことある名前です……、とジノが頭を抱えるよりも前に、魔王城の城門が無情にも、重い音を立てて開いていった。
「ファルメス~~♡エッダ~~♡ジノ連れてきたわよ~~~!♡♡」
いくら何でも大声すぎるジャズマンのご報告に、見張り塔の魔族の衛兵がちらりと視線だけを飛ばしてきた。声の主を確かめて、――ああ……、とどこか慣れ切った様子で顔パスである。ジノの膝が、笑う。
(っていうか、え、エッダ……って……)
聞こえた名前に、意識が逸れそうになるがしかし、どこもかしこも慣れ親しんだ景色ではなく、もうそれどころじゃない。
「ジャズマン!ジャズマンさん!俺あいつに何にも言わないで来てんだけど!?」
「あいつってリック?そんなのいいじゃない!女子会よ~♡」
「女子!?誰が!?俺が!?」
その柔らかな雰囲気に似合わず、ジャズマンはずかずかと城の廊下を進んでいく。なおしっかりと、後ろ手にジノをエスコートしている。
――そして、魔王城の……恐らく……サロン的な場所……。
迫りくる甘やかな声に頭を抱えていたファルメスが、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
ぞろりと腰まである黒の髪。床を滑るローブは、やはり霧を携えている。そのまま扉の方へと向かい、これまたゆっくりと開け放つ。……迎え入れるわけではない、被害が他に及ばぬようにである。
「……おい、ここだ」
「いたファルメス~~~♡」
扉の向こう、にこにこと手を振るジャズマンと、大変に混乱しているジノ。この男、本当に、まったくもって、……哀れ。
魔王のため息が、天井の黒水晶に、空しくひとつだけ、響く。
ジノもまた、ジャズマンの後ろから、サロンの中を覗く。ファルメスが、何やら何とも言えない眼差しで自分を見ている。その後ろに、また女性が一人。……魔族、ではなかった。
「ッ……!!」
え、”エッダ”だ……!?ジノが目をひん剥く。……そろそろ目玉が取れる。
勇者パーティーの武闘家で、三年前の激戦で死んだとされていて、国を挙げての葬儀まで執り行われたエッダだ……!!ジノの瞳が、ジャズマン、エッダ、ファルメス、またジャズマン、そしてファルメス、と右往左往すれば――、ため息をぽつりと落としたファルメスが、手のひらでエッダを示した。
「……妻だ」
「つッ……、…………、なるほど……」
ジノ、……考えても無駄だと、悟った。
* * * * *
(じゅ、十中八九、魔王城だと思うんですが――!?)
使用人たちを下がらせて、ひとまずひと段落が着いた朝の私室で、リックは頭を抱えていた。
女好きのジャズマンが、ミルヴァとアキアを差し置いてジノを連れて行く理由なんて……他に思い当たらない。
とはいえ、”魔王が生きている”ことを知っているのは、勇者パーティーとジノ、そしてリックだけ。邸の使用人はもちろん、国や国王にも極秘のこと。
まかり間違っても、表立って「ちょっと魔王城まで見に行ってみるね~!」ができないのである。
(ジャズ、絶対面白がってるよね……!?)
うろ……、と部屋の中をうろつく。ジャズマンは、治療師……もとい魔法が使える。よって、転移のペンダントを使用することができて、それでしょっちゅう魔王城に遊びに行っているようだった。
リックは、魔法は門外漢。使えないのである。
(ど、ど、どうし、ど、ええ、でも、ファ、ファルメスならなんとか)
――あのジャズマンの暴走を止めてはくれないだろうか。なんとかこう、なんか、魔王の力的なもので、ジノを送り返してはくれないだろうか。……っていうか。
「ッッ!!ファ――」
……ルメスに直接お願いすればいいじゃーん!!勇者、寝室の棚へ駆け寄り、引き出しをひっくり返して魔王の心臓を引っ掴む。あまりにテンパりすぎて、こんな簡単なことに気が付かなかった。
紫色に光を放つ心臓は、今もコクコクと脈打っている。ゆらり、濃い紫色の霧。
「ッファ、ファルメスぅ……!」
呼ぶ声は、あくまで邸の使用人たちには聞こえないように、ささやかに。
けれど、どくりと心臓が、呼応した。
――【これは予期せぬ外交です】




