表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【勇者×偽物】~離婚は半年後の予定です~  作者: フジイさんち
君との冬が、ほしいのです
24/30

【勇者様、事件です】

陽が少しずつ長くなり、庭では夏の花が盛りを迎えていた。ジノが邸に来てから、四度目の月が終わろうとしている。


勇者は相変わらず王命で依頼に出かけており、一応の帰還は明日朝の予定。

庭ではつばの広い帽子を被ったジノとエンが、小さな菜園の手入れをしているところ。夏風に香草の香りが乗って、ぷちりと摘むたびに指先に青い匂いが香る。


そんな夏の、ある午後のこと。



「お、奥さま……!」


エプロンドレスをひらめかせながら、アキアが慌てた様子で駆けてくる。

ジノが顔を上げれば、駆けてくるアキアの後ろから、豊かな胸を惜しみなく揺らしながら歩いてくる女性が一人。


「ジノ~~♡」

「は……」



――じゃ、ジャズマンだ……!!


瞬時に、ジノの脳内であらゆる演算が開始される――。

ジャズマン……、元勇者パーティーの一員であり、女神と見紛うほどの美女。

勇者リックは不在。ジャズマン、女性が好き。

リック談……「ジャズはミルヴァとアキアが好き」……現状……、なぜか勇者邸にジャズマン単身突撃。

=ミルヴァ、アキアを狙いに来たか……!?


思わず、駆け寄ってきたアキアを後ろへ押しやる。後ろには、同じく慌てて立ち上がったエンがいる。そのおっきな身体でアキアを庇っていてほしい。


「ジャ、ズマン、さん、お久しぶりです」

「元気~?♡ジノに急用って言ったら通してもらえちゃった♡」

「そ……そうですか」


答えながらもアキアを見れば、”だってぇ……!”という顔で困り果てている。そうだな、怖かったよな、よしよし、とジノがジャズマンに向き直った。


「俺に……何のご用ですか」

「今リックいないんでしょう?♡ジノ、暇してるんじゃないかなぁって……出かけましょ♡♡」

「出か……え……?」


そ、それはデートですか……??思わず、ジノの中の男子が顔を出した。豊かな水色の髪、豊かな胸、大変に魅力的なその笑顔……の女性に一緒にお出かけしよ♡と言われて断れる男なぞこの世にいない。


「お、奥様……!」


後ろではエンが、一所懸命に首を振っている。ああ、わかっている、罠だというんだろう――と、ちらりとジノが、エンを振り返った。だが、だがしかし……!ジノが、こぶしを握る。なお、軍手は土まみれである。

リックとのケッコン期限は半年。それももうすぐ終わる。リコンが成立すれば、この女神とこうして対等に話ができる機会などない。

そう、これは情報収集だ。――あくまで、勇者パーティーの情報収集。許せエン、これはもう詐欺師の職業病……!!なおジノの思考時間、おそらく一秒足らず。


「……行きます……!」

「奥様……!?」

「やったわぁ♡」


ジノ、ひとまず汚れた作業着から着替えるために、邸に駆け込む。

この時の奥様すんごい機敏だったと、エンがしみじみと語ったのは、また別の話とさせてもらう。




(――さ、最高だ……!!)


この世の男どもの願望をすべてぶち込んで体現したかのような美女と並び歩き――、ジノは密かに感動していた。


まさか、あのジャズマンとこうして並び歩くとは。道行く男たちが次々と振り返っていく。

もう最初っから”情報収集”だなんて建前に過ぎない。男なら一生に一度はこんな美女とデートしてみたい。たとえ彼女の恋愛対象が女性だとしても、もう関係ない。鑑賞するにはこれ以上ない美女――


「ねぇ、ジノ♡」

「はっ、えっ」


むに、と腕を組まれ、ジノの肩口にジャズマンの頬が寄る。アアッ――!!とジノが悶絶しかけるが、幸か不幸か元詐欺師、表情筋の操作はわりかし得意な方である。


「……なん、だよ」

「あたし行きたいところあるんだけど、いいかしら♡」


甘やかな声。そのまま身体ごと……ぐ、と押し込まれ、二人は建物と建物の隙間へ。その上で、――イキたいところ……??

ジノ、ああ~~もうどうぞどうぞと目が回る勢いだった。そんな、……そんな頼み方をされて袖にできる男がどこにいようか。

路地裏、ジノの面前にジャズマンが迫る。そろりと、その細い指が、豊かな胸の襟元の中へ。ちゃり、と金属製のペンダントの、チェーンが揺れている。


「……ねぇ、いい……?♡」

「ド、……ドウゾ……」


もはや……ジノの心は子猫ちゃんである。目の前の存在に、もうすべて委ねてしまいたい思い。

形の良いジャズマンの唇が、緩やかに微笑んだ。


「よかった♡」


――ちゃり、と胸元から出てきたペンダントが、薄暗い路地の中でチカッと光ったのが……ジノの最後の記憶だった。



* * * * *



一方、翌朝、王城。


予定通り、任務を終えて帰ってきたリックのもとに、勇者邸の馬車が迎えに来た。

それを見とめたリックが馬車へ駆けよれば、御者席から飛び降りたエンが、なんとも気まずそうに御者帽を握りしめている。


「リ、リック様、あの」

「エン!迎えありがとうね!ジノは家?♡」

「あ、いいえ、あの……」


おろおろと視線を彷徨わせるエンに、リックが不思議そうに馬車に乗り込ん……え、いいえって言った……?


「……え、何?ジノは……?」

「き、昨日、ジャズマン様が、いらっしゃって……」

「……えっ……!?」

「……まだ、お帰りに、なってません……」


ごり、と鳴ったのは、恐らくリックの喉だった。っぴゃーん!!と勇者の鳴き声が王城の石壁に響き渡らなかったのは、エンが必死に抑えたため。

慌ててどこぞにすっ飛んで行こうとするリックを、エンが無理やり馬車へ押し込める。


「エン!!行かせてエン!!探しに行く!!」

「まっ、まず、邸に、帰ってください、あの、みんな、不安でっ……!」

「だっ、でも、じ、ジノ~~~!!」


さめざめと響く勇者の声は、……結局朝の城に響き渡った。






――【勇者様、事件です】

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ